S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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夏イベ無事完走できました。
艦載機の妖精さんにはいつもお世話になってます。


妖精さんの待遇事情(龍驤・加賀・瑞鳳)

「また新しい作戦が始まるって噂よ」

 

 八月初頭。重苦しい顔つきで流星隊の妖精が言った。

 

「なんだよ、辛気臭い顔つきで」

「工廠妖精のあんたには分からないでしょうね。私たち艦載機妖精の辛さは……」

「悪かったな。言っとくけどこっちはこっちの苦労があるんだぞ」

「そうだったね。悪かったわよ、ほら」

 

 お詫びの印のつもりなのか、焼き鳥の皿をこっちに差し出してくる。

 それを頬張りながら、私はかねてからの疑問をぶつけてみた。

 

「実際のところ、撃墜されてから再生するまでの感覚ってどんな感じなのよ」

 

 艦載機妖精は自らの腕を頼りに深海棲艦と戦う言わば妖精界隈の花形だ。それだけに危険も常に付きまとう。組んでいる艦娘からの霊力供給が断たれなければ本質的に死ぬことはないが、撃墜されればしばらくは消える羽目になる。

 工廠妖精の身からすると、そういうときどんな感じになるのかは想像の外にある。

 

「そりゃ痛いに決まってるでしょ! 無茶苦茶痛いよ! 痛みもなく消えることもあるけどそんなの稀だよ!」

「お、おう。悪かったよ軽い気持ちで聞いて」

 

 お詫びの印に温野菜の皿を差し出す。

 それにかぶりつきながら、流星隊の妖精はビールをあっという間に平らげた。

 

「そもそも私たち妖精はちょっと軽く見られていると思うのよ!」

「そ、そうか……?」

「そう! いくら身体が小さかろうと、人間からするとファンタジックな存在だろうと私たちだってここの従業員なんだから! もうちょっとこう……待遇の改善を求めたいわ!」

「そこまで労働環境劣悪じゃないと思うけど」

 

 有休も艦娘と同じ程度には貰えるし、寝床だって艦娘の寮の中にきちんと用意されている。こうして食事も用意してもらえるわけだし、衣食住には不自由していない。

 しかし流星隊のはそれでは満足できないようだった。

 

「お給金が少ないのよ! こっちは命賭けてるのよ? もう少し多めに貰えても良いと思うの!」

「給料か……。まあ、そうなあ。前線で戦ってるあんたらは、なんかそういう手当あっても良いかもねえ」

「でしょ!?」

 

 目をキラキラさせてこちらに身を乗り出してくる。しまった、ここは同意すべきじゃなかったか。

 

「早速明日陳情をしに行くわ! 勿論ついてきてくれるわよね!」

「えぇー、私もでござるかー?」

「突然キャラ変えて誤魔化そうとしても駄目よ。陳情では数が物言うの! 一人で行ったってどうせ門前払いだわ!」

 

 がしっと腕を掴まれた。

 いやあ、明日は逃げられるかなあ。

 

 

 

「それでなんでウチのところに?」

 

 困惑の表情を浮かべているのは軽空母の龍驤だ。

 

「龍驤ならなんとかしてくれると思いまして」

「頼りにされるのは嫌な気ぃせんけど、ウチ司令部と違うで? 口添えは出来るかもしれんけど」

 

 龍驤はこの泊地の第六艦隊総旗艦を任されているだけあって、実際頼りになる。

 しかし待遇改善の話は司令部に通さないと意味がない。龍驤相手に訴えるのは筋違いというものだろう。

 

「司令部の空母やったら加賀にでも話してみたら?」

「か、加賀ですか……」

 

 流星妖精は僅かながら目を逸らした。

 

「龍驤。こいつは加賀にも話を通そうとしたんだ。けど論戦でさっぱり敵わなくてこっちに逃げ込んできたんだよ」

「あー……加賀はきちんと理由とか説明して納得させんと動いてくれんからなあ。んで説明できるだけの下準備してなかったんやな、自分」

「うっ」

 

 余計なことを……と流星のがこっちを睨んできたが、事実なんだから別に良いじゃないか。

 

「こ、こういうのは理屈で説明しろと言っても難しいのよ! そう思わない、龍驤!」

「まあそうやねえ」

 

 龍驤は「うーん」と顎に手を当てて唸った。

 

「この手の話は瑞鳳通すのがええんと違う?」

 

 瑞鳳は司令部メンバーの軽空母だ。加賀が正規空母代表の司令部メンバーなら、瑞鳳は軽空母代表である。

 

「瑞鳳は、ちょっと頼りない気がしません?」

「さらっと失礼なこと言ったね、流星の」

「あれで瑞鳳は頼りになるでー。伊達に司令部メンバーに選出されてるわけやない。なあ、瑞鳳」

 

 え、と振り返るとそこには今話題に上がっていた瑞鳳その人が立っていた。書類を抱えているということは偶々通りかかったということか。

 表情は笑っている。しかしその笑顔はどこか硬い。

 

「あはは、流星の妖精さん。頼りにならなさそうでゴメンね?」

 

 最後の「?」が怖い。流星のは顔を真っ青にしていた。

 

「い、いえ。あれはその……怖くなくて親しみやすいという意味でして!」

「……ということは最初に相談された頼れる私は、怖い、ということかしら」

「うっ、その声は……」

 

 瑞鳳とはまた別の方向から声が聞こえた。確認するまでもない。声の主は加賀だ。

 加賀の方も書類を抱えていた。

 

「二人揃って大した量の書類やね。例の作戦の件?」

「ええ。これから司令部で会議があるの」

 

 加賀は穏やかな笑みを浮かべて龍驤に応じた。一見すると無愛想で怖い印象を受けがちだが、表情の作り方が下手なだけで、実際は全然そんなことはない。

 

「会議の席上で妖精さんから待遇改善の訴えがあったことを議題にあげようか瑞鳳に相談していたのだけど――」

「これなら取り上げなくても良さそうですね?」

「い、いやいや! ちょっと待ってください! 加賀、瑞鳳! ここは大人のレディ的な対応を要求します!」

 

 慌てて二人の足にしがみついて、流星のが早口でまくしたてる。

 

「お二人さん、そろそろからかうの止めたげてもええんと違う? どっちみち議題に上げるつもりなんやろ」

「あはは、バレましたか」

「妖精さんには普段から助けられてますから。理由としてはそれで十分です」

 

 瑞鳳と加賀が笑いながら流星の頭をわしゃわしゃと撫でる。「ぐわー」と声をあげながら流星のは抵抗するが、本気で嫌がっているという感じでもなさそうだった。

 

「やれやれ。だから面倒だったんだ。私がいなくても同じ結果になったろうに」

「あっはっは、あんたもご苦労さんやな」

「まあ良いよ。良いものも見れたしイーブンというやつだ」

 

 空母二人と戯れる流星のを見て、思わず笑ってしまった。

 妖精家業も楽ではないが、そう悪いものでもない。


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