普段は天龍を手玉に取りつつ肝心なところでは天龍いないと駄目になる、そんな関係性であって欲しい。
「どうすれば良いと思う……?」
心底困ったような表情で問いかけたのは、軽巡洋艦の艦娘・龍田だった。
彼女がこんな顔をするのは珍しい。普段は大抵微笑んでいる。
問いかけられたのは、元・軽巡洋艦の木曾だ。今は第二改装を終えて重雷装巡洋艦へと艦種を変えている。
木曾と龍田の付き合いは割と古い。龍田の姉妹艦である天龍を含めた三人は、ほぼ同時期にこの泊地へ着任している。
「どうするって言ったってな」
「そんな面倒臭そうな反応されると傷つくわ……」
「えぇー」
木曾は心底面倒臭そうな声を上げた。
「天龍ちゃん、たまに『俺たちにも第二改装早く来ねーかな』って言ってたもの。楽しみにしてたはずよ」
「まあ、第二改装を嫌がるような艦娘はほとんどいないだろうな」
「でも、結果的に第二改装が来たのは私だけ。これじゃ天龍ちゃんに合わせる顔ないわ……」
憂い顔で溜息をつく龍田。
彼女の艤装は、先日までとは異なっていた。つい先ほど、工廠で第二改装を終えてきたところだという。
「きっと今の私を見たら天龍ちゃん、ショックを受けるか拗ねちゃうと思うの。それで気まずくなるのは嫌なのよ」
「いや、そんな子どもじゃないだろ天龍も」
「……木曾ちゃんの場合はどうだったの?」
「うちか?」
木曾の姉妹――球磨型軽巡洋艦は四人いる。そのうちの二人、北上と大井はかなり早い段階で第二改装を済ませていた。
少し遅れて木曾が第二改装を行い、つい最近次女である多摩が第二改装を行った。まだ長女である球磨は第二改装の研究が完成していない。
「北上姉さんや大井姉さんは最初から第二改装の研究済んでたから、特に気まずくなるようなことはなかったな。羨ましいとは思ったが、それくらいだ。俺のときは――おめでとうと言いながらいろんなプロレス技をかけられた記憶が。あれはどう捉えれば良いのか今でもよく分からん」
「私も天龍ちゃんにプロレス技かけられれば良いのかしら……」
「自分で言うのもなんだが、うちの姉妹はあんま参考にしない方が良いぞ。特殊過ぎる」
球磨型姉妹は、一部を除き適度な距離感を保ちつつ、比較的割り切った付き合いをしている。
意見が割れるようなことがあれば肉体言語で解決するので、尾を引くような姉妹喧嘩はしたことがなかった。
「どちらかというと二人姉妹のとこが参考になるんじゃないか? 多人数だとあんま気にしないとこが多いと思うぞ」
「二人姉妹……」
木曾に言われて、龍田は泊地内にいる様々な艦娘の顔を思い浮かべるのだった。
「それで私のところに相談しに来たと」
航空戦艦・扶桑は、湯呑を手にしながら頷いた。
龍田も隣に座って緑茶を呑んでいる。
扶桑型姉妹は扶桑・山城の二人だ。
現在は二人とも第二改装を終えているものの、扶桑の方が一ヵ月ほど早く改装を済ませていた。
「扶桑さんは、第二改装終えたとき山城さんと気まずくありませんでした?」
「申し訳なさは少し感じたけれど、改装終えてすぐに山城が駆けつけてくれたから、気まずくて顔を合わせられなかった、ということはなかったわね」
「そうですか……」
「案外、会ってみればすぐに解決するかもしれないわよ? 天龍、貴方のことを探しているみたいだったし」
扶桑は先ほど、龍田を探している天龍を見かけたそうだ。
そのとき扶桑は龍田の状況を知らなかったから、特に何も言わずにスルーしてしまったのだが。
「そうかもしれないけど……どうにも怖くて」
「その気持ちも、分からなくはないわ。二人姉妹だと、どうしてもね。喧嘩したりして一人になったときの心細さは……多分他の子にはなかなか分からないものだと思う」
「扶桑さんは、山城さんと喧嘩されたりするんですか?」
「あるわよ。結構細かいことで。大抵、二人揃って後悔するのよねえ」
扶桑は、頬に手を当てながら苦笑した。
「艦娘にとっての縁者は姉妹艦だけだから――そんな相手と喧嘩したりするのって、とても怖いのよね。二人姉妹だと、唯一無二の縁者になるから、尚更」
扶桑の言葉に龍田は頷いた。
もし天龍に嫌われでもしたら、自分は一人ぼっちになってしまうのではないか――そんな不安がある。
泊地の人々や島の人々との付き合いもあるが、やはり姉妹艦というのは別格の存在なのだ。
そんな相手と気まずくなるかもしれない、というのはどうにも怖い。
「でも、そんな相手からいつまでも逃げ続けるのも、それはそれで辛いと思わない?」
「……そうねえ」
このままずっと天龍から逃げ続けるわけにもいかない。
できれば気まずくならない方法を見つけてから会いたかったが、木曾や扶桑と話しているうちに、そんな方法などありはしないのだということが分かって来た。
「ごめんね、扶桑さん。変なことを相談しちゃったわ」
「良いのよ。また何かあったら気軽に相談してね」
湯呑を膝に乗せて手を振る扶桑に別れを告げて、龍田は一人、天龍を探しに行くのだった。
探し始めたのは良いが、天龍はなかなか捕まらなかった。
泊地の皆に尋ねると、返ってくるのは「少し前に会った」「龍田を探していた」という答えばかり。
結局、見つけられないまま日が暮れようとしていた。
泊地の片隅にあるベンチに腰を下ろしながら、龍田は憂鬱そうな眼差しを夕陽に向けていた。
「私が天龍ちゃんを避けていたから、罰が当たったのかしら……」
このままずっと会えなかったらどうしよう――そんな埒もない想像をしてしまいそうになる。
少し前までは会うことに不安を覚えていたはずなのに、今はまったく逆の心境だった。
「あれ、龍田なのね」
「本当だ。こんなところにいたんだ」
そんな風に声をかけてきたのは、潜水艦の伊19と伊168だった。
特に彼女たち自体に思うところはないが、龍田は艦艇だった頃の名残りか、潜水艦という艦種に苦手意識を持っていた。
嫌いというわけではないが、どうしても身構えてしまうところはある。そんな風では相手にも悪いと思い、これまではあまり親しく話をするようなことはなかった。
「あ、あらぁ。……二人とも、どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃないのね」
「龍田が全然捕まらないって、天龍がさっき間宮でやけ食いしてたよ」
「えぇー……」
全然見つからないと思っていたのに、あっさりと見つけられてしまった。
「あれは早く行って止めないと、天龍がプロレスラーになっちゃうのね」
「それはそれで格好良さそうだけど……いやいや。とりあえず、止めに行った方が良いと思うよ」
そうまま二人は立ち去ろうとする。
「……二人とも」
「ん?」
「なのね?」
龍田は思わず二人を呼び止めた。
ただ、なぜ呼び止めたのかは自分でもよく分かっていなかった。
「……その、ありがとうね」
よく分からないまま、とりあえずお礼を口にする。
そんな龍田を前にして、伊19と伊168はきょとんとした表情を浮かべていた。
「龍田が……あの潜水艦にトラウマを持ってることで有名な龍田が、お礼を言った!?」
「これは大事件なのね! 何かが起こる前兆なの!」
「……そ、そんな風に言われてたの、私?」
伊19と伊168は何度も頷く。
「前に天龍から聞いてたのね。龍田は潜水艦についていろいろトラウマ持ってるって」
「潜水艦に対して距離を取るかもしれないけど、それは別に悪気があってやってるわけじゃないから勘弁してやってくれって」
「……」
そんなことがあったと初めて聞いて、龍田はしばし呆然とした後、「ぷっ」と吹き出し、お腹を抱えて笑い出す。
「だ、大丈夫……?」
「ご、ごめんねえ。ただ、天龍ちゃんには敵わないなあって」
ひとしきり笑いきり、龍田の表情は清々しいものになった。
迷いや不安は、もうどこかへと晴れてしまったようだった。
「二人とも、本当にありがとうね。今度、私の奢りで何かご馳走するわ」
「わ、マジ?」
「イクは遠慮しないから、覚悟しておいた方が良いの!」
約束を交わして二人と別れた後、龍田は間宮へと足を運ぶ。
今は、早くこの姿を見て欲しかった。