S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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休日何もしないで夕方迎えたことに気づくと無性にモッタイナイと思うあの心情に名前をつけたい。


急募・休日の過ごし方(阿武隈・鬼怒・初雪)

 久しぶりの連休。

 阿武隈と鬼怒は、揃って部屋の中でぼーっとしていた。

 

「ねえ阿武隈」

「んー?」

「呼んだだけ」

 

 何十分かに一度、そんなやり取りをする。

 それを何度か繰り返していくうちに、鬼怒がわなわなと震えだした。

 

「ぬわーっ!」

「な、なに!? どうしたの、鬼怒お姉ちゃん!」

「こ、このまま休日が終わってしまう! 無為に! 何もすることなく! それで良いのか我が人生!」

 

 何かに耐えかねたようにくねくねとベッドで奇怪な動きをしながら、鬼怒は頭を抱えていた。

 

「最近忙し過ぎたせいだ! 仕事ばっかりで日常を楽しむ心を失いつつあるぅ!」

「お、落ち着いてよ。こういう休日の過ごし方も良いじゃん……」

「阿武隈! あれを見なさい!」

 

 と、いきなり鬼怒は阿武隈の頭を掴んで窓の方を向かせた。

 窓から見えるのは沈みゆく夕陽。一日の終わりを感じさせる、少しばかり物悲しい空模様。

 

「……いやーっ! なんか切なくなる! あの茜色の空見て休日終わるんだって思ったら、今日ただ寝っ転がってただけってことを思い返したら、なんかいろいろ損した気分になるぅ!」

「ははは、阿武隈も私の気持ちが分かったかー!」

 

 そうして二人揃って苦悶すること数十秒。

 やがて阿武隈たちは、電池が切れた家電が如く動かなくなったのだった――。

 

 

 

「疲れた状態でもできるような充実した休日の過ごし方……?」

 

 心底面倒くさそうに言われたことを復唱したのは、駆逐艦・初雪だった。

 この泊地において快適なインドアライフ追及勢として、トップクラスの逸材である。

 

「そんなのただ寝てれば良いのでは」

「それだと夕方とか夜に一日振り返って凄く悶々としない?」

「私は振り返らない主義なので」

 

 初雪は、きっぱりと手を振って否定した。

 

 ここは初雪の部屋。

 連休二日目を有意義に過ごすため、阿武隈と鬼怒はその道のエキスパートに相談しに来たのだった。

 

「望月辺りはゲームとかで時間潰すみたいだけど、ああいうのはある程度継続してやらないと十分楽しめないものが多い」

「そういうのはあたしたち駄目そうだね」

「たまに時間できたらやるけど、夕張とか川内には遠く及ばないよ」

 

 夕張はゲームはなんでもござれのオールマイティプレイヤー。

 川内は一時期ホラーゲームにハマり、そこからFPSにハマり、更にそこから派生してアクションゲーム全般を嗜むようになった。

 阿武隈と鬼怒はイージーモードで大衆向けのゲームをどうにかこうにかクリアできるくらいだ。

 

「対戦ものじゃなくてソロプレイ用のをやるって手もあるけど、そういうのは大抵かなりの時間を取られる」

「うーん、それじゃちょっと厳しいかも」

「個人用のテレビとハード持ってないとね」

 

 泊地で個人用のテレビやゲームハードを持っているのは一部だけだ。

 持っていない者は、それぞれの寮の共用スペースにあるものを使う。必然的にソロプレイ用のゲームはやりにくい。

 

「それじゃ読書とか」

「泊地にある漫画はもう全部読んじゃったし……」

「活字は読んでると眠くなる」

「……」

 

 いやあ、と照れ臭そうに言う軽巡二人に、初雪は改めて心底嫌そうな顔を向けた。

 

 ……充実した休日過ごしたいなら、まず自分を変えないと駄目なのでは。

 

 そう思ったが、口にはしない。

 するのは本当にどうしようもなくなったときだけにしておく。それが初雪なりの処世術である。

 

「良いアイディアが浮かばない場合は、とにかく気づいたことをやってみる」

「気づいたこと?」

「その行動に意味があるかどうか考えるんじゃなくて、とにかくやってみる。意味があるか考えだすと、意味ないって答えに行き着いて結局やらなくなるだけだから」

「おお、なんか初雪ちゃん哲学的……」

 

 感心する阿武隈に内心いろいろと不安を覚えつつも、初雪は部屋の中を適当に見回した。

 何か使えるものはないかと視線を巡らす。そこで、あるものが目に留まった。

 

「例えば、これはいろいろ使える」

 

 初雪が手にしたのはペンと紙だった。

 

「折り紙するも良し、お絵かき伝言ゲームするも良し、単純に絵を描くのも良し、弾き合いするも良し。紙とペンは文明の基盤。これを発明した人は素晴らしい」

「な、なんか初雪ちゃんが生き生きと語りだした……っ!?」

「謎の拘りを感じる……」

「――ゴホン」

 

 阿武隈たちに言われて恥ずかしくなったのか、初雪はわざとらしく咳払いをして紙を置いた。

 

「とりあえず、試しに似顔絵当てゲームからやろ」

「似顔絵当て?」

「そう。この泊地の誰かの似顔絵を描いて、それが誰か他二人が当てられたら勝ち」

 

 初雪の説明に、阿武隈たちはそれぞれゴクリと息を呑んだ。

 

「似顔絵……鬼怒さん正直ちょっと自信ないなあ」

「あたしは割と自信あるよ。前秋雲ちゃんにも感心されたし」

「私は可もなく不可もなし。……とにかく、考えず行動すべし!」

 

 初雪から紙とペンを押し付けられ、阿武隈と鬼怒はそれぞれ筆を走らせるのであった。

 

 

 

 五分後。

 三人はそれぞれ似顔絵を描き終えて、裏面にした状態で持っていた。

 

「それじゃ、言い出しっぺだし私から」

 

 初雪が絵を見せた。

 本人は可もなく不可もなしと言っていたが、実際は結構上手い。

 

 少し外にハネた髪型、凹凸のはっきりしたボディライン、少し色気のある表情。

 

「これ、陸奥さんだね」

「特徴出てるなー」

 

 二人に褒められて、心なしか初雪は「むふー」と得意げな表情になっていた。

 

「秋雲と違って暇潰しに嗜むくらいだけど、たまに絵は描くから」

「それでこれだけ描けるなら十分凄い凄い。……んじゃ、次は鬼怒お姉ちゃんね」

「……これの後に出すの怖いなあ」

 

 そう言って鬼怒が差し出した絵を見て、阿武隈と初雪は硬直した。

 

 まず、全体のバランスがおかしい。

 顔に対して身体が小さすぎる。デフォルメされているという感じにも見えないのは、身体は身体でバランスがおかしいからだ。

 加えて言うと、髪や目といった特徴を表しやすいパーツが、どうにも異様な形をしていた。

 

「……これは、下手だねえ……!」

「凄く感心した風に言わないでよっ! だから言ったじゃん、あんまり得意じゃないって!」

「正直ここまでとは思ってなかった……。ごめん」

「謝らないでよ! かえって傷つくよ!」

 

 頭を下げる初雪に、鬼怒は涙目でツッコミを入れた。

 

「く、くそう。それじゃ阿武隈はどうなのさ。えらく自信あったみたいだけど!」

「あたしは凄いよー」

 

 ふふん、と阿武隈は自分の描いた似顔絵を二人の前に出した。

 

 それは――個人の特徴をよく捉えている絵だった。

 かなりデフォルメされているが、全体のバランスは良い。何かのマスコットキャラのようにも見える。

 

「……不思議な愛嬌があるね」

「でも……なんか微妙に見続けてると不安になるような」

「確かに」

「ふ、不安!?」

 

 二人の評価が想定外だったのか、阿武隈はショックを受けたようだった。

 

「な、なんで!? 可愛いでしょ!?」

「うん。可愛い。可愛いんだけど、なんかこう……味のある可愛さというか」

「上手く説明できないけど、なんだろう……。当代では評価されず後世になって評価されそうな感じというか」

「えぇー」

 

 不服そうに頬を膨らます阿武隈。

 彼女としてはかなり自信があったらしい。

 

「ちなみに、これ私は翔鶴だと思う」

「あ、鬼怒も。それは分かるんだよね」

「むー。分かるってことは上手いってことじゃないのー?」

 

 阿武隈の言葉に、鬼怒と初雪が視線を逸らす。

 

「むー。それじゃもう一回! 今度はもっと時間かけて、ちゃんと描くから!」

 

 むきになった阿武隈の提案で、三人は再びペンを手に取る。

 

 そんなことを繰り返すうちに、いつの間にか日は暮れていく。

 三人がそのことに気づいたのは、泊地の半分以上の似顔絵を描き終えた頃のことだった。


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