艦これ一期もいよいよ収束に向かっている感じがしますね。良い形で一期終了・二期開始を迎えることを祈りたいところです。
S泊地の学び舎にある教室で、利根は渋い表情を浮かべていた。
この教室は普段教育担当者が艦娘に勉強を教えるために使われる。
ただ、現在教室には艦娘たちだけでなく島の子どもたちも集まっている。おまけに教壇に立っているのは――利根なのだった。
……筑摩めが急用なぞ入れるからだ。
今日の元々の教育担当者は利根の妹である筑摩だった。だが、急用が入ったとかで急遽利根が代役を務めるはめになったのである。面倒ごとが嫌いな利根としては不本意極まりない事態だった。
艦娘だけが相手なら適当にあしらって済ませる手もあったが、島の子も来ているとなるとそうもいかない。S泊地は島民の協力があって成り立っているため、無下に扱えば問題につながりかねないのである。
「ナノジャー、今日何やるのー?」
小学校低学年くらいの男の子が無邪気に手を挙げて質問してきた。
なぜか島の子どもたちの間で、利根は「ナノジャ」という本人としては謎としか言いようのない渾名をつけられている。
呼んでもいいと許可した覚えはないが、いくら訂正するよう注意しても暖簾に腕押しなので、今はもうスルーしていた。
「まずは算数じゃ。各自の学習内容に合わせて筑摩めが課題を用意してきたから、それを時間内に終わらせよ。分からないことがあれば吾輩に聞きにきて良いが――自分である程度考えてからにせよ。自ら考えずすぐ人に質問するようでは考える力が伸びずろくな大人にならんぞ」
質問攻めにされないようにという打算あっての言葉だが、半分くらいは本音でもあった。
課題が書かれたプリントを配り終えると、教室の中はガヤガヤと一気に騒がしくなった。
講義形式の授業ではないので、私語は禁止されていない。他の人と相談しながらでも良いので、自分の課題を時間内にクリアする。それができれば後は割と自由なのだった。
頭の良い子は他の子のフォローに回ったりすることも多く、そういうところからコミュニケーションの輪を広げる子もいるようだ。艦娘・島民の子どもたちの垣根はこの教室の中には存在しないので、自然と友人関係を築けるというわけだ。
「先生」
授業が始まってから十五分。
適当に教室内を歩き回りつつ子どもたちの様子を見ていた利根に、一人の少年が声をかけてきた。
「できました」
「ほう?」
質問に来たかと思ったが、どうやらもう課題を済ませたらしい。
受け取ったプリントを見ると、確かにいずれも解答が記載されていた。
内容は中学生がやるようなものだが、少年はどう見ても小学校中学年くらいにしか見えない。
……天才児というやつかのう。
ざっと見た感じだと解答はいずれも合っている。十五分でこの内容をすべて解くというのは、利根から見ても大したものだった。
「……ふむ。しっかりとした採点は次回までに済ませておくが、ぱっと見た感じだと問題なさそうじゃ」
「そうですか」
少年は無感動な様子で頷くと、そのままスタスタと教室から出て行ってしまった。
「ちぇっ、相変わらずだなー、グスタフは」
「頭良いんだから教えて欲しいよねー」
そんな少年の様子を見ていた他の子どもたちが不満を口にする。
「なんじゃ、あやつ――グスタフはいつもあんな感じなのか」
「そうだよ。話しかけても『時間の無駄だ』とか言ってどっか行っちゃうんだ」
「大人たちは褒めてるけど、私はちょっと苦手」
どうやら島民の子どもたちにとってグスタフ少年は「凄いけどアウトロー」という扱いらしかった。
「……少し心配ですね」
生徒として授業に参加していた旗風が声をかけてきた。
「お節介でも焼くつもりか? ああいう手合いは下手に構おうとすると余計へそを曲げるぞ」
「そうなんですか?」
「……まあ、そうじゃと思う」
旗風の純粋な眼差しを避けつつ、利根は少し言葉を濁した。
「次の授業は図工じゃったな。なら、少し試してみるとするかの……」
「?」
どことなく含みのある表情で頷く利根に、旗風は首を傾げるのだった。
算数の時間が終わると、利根はいくつかの工作道具を持って子どもたちと共に森の中へと向かっていった。その中には、いつの間にか戻って来ていたグスタフ少年も含まれている。
「利根さん、こんな森の奥で何をやろうというんだい?」
やや不満げに言ってきたのは松風だった。その横には朝風・春風・旗風もいる。彼女たちは他の子どもたちをまとめる班長のような役回りを任されていた。
「面倒が嫌いな利根さんにしては珍しいじゃないか、こんな風に外へ出るなんて」
「言っておくが松風。吾輩は面倒が嫌いなだけで、特別インドア派というわけではない。それに教室内で図工なんぞやったら後片付けが面倒ではないか」
そんなことを言っているうちに、利根たち一行は川までたどり着いた。
「よし、それではここで魚獲りをするぞ」
「……魚獲りですか? なんだか変わった言い方ですね」
「旗風の疑問はもっともじゃが、漁とか釣りと言って良いかちと微妙な気がしたのでな。……ルールは簡単。班ごとに持ってきた工作道具とこの辺の素材を使って何か一つ道具を作り、それを使って魚を獲れ。図工の時間じゃから道具なしで獲るのは反則じゃ。また、複数の道具を使うのも禁止とする。班ごとに一つじゃ」
利根の言ったことを理解したのか、子どもたちは班ごとに分かれた。
各班ごとに、それぞれまずは何を作るか作戦会議を開いている。
……グスタフめは旗風の班か。
見たところ、あからさまに距離を取ったりはしていないようだった。ただ、積極的に話し合いに参加しているようにも見えない。
やがて、各班は道具作りに着手し始めた。松風班は釣り竿、朝風班は銛、春風班は投網にしたらしい。
ただ、旗風班のみ何にするか決めかねているようだった。
「苦戦しておるようじゃな」
声をかけると、旗風は困ったような表情を浮かべた。
「なかなか案が出なくて」
「ふむ。グスタフよ、お主からは何かないのか」
話を振られて、グスタフは眉をピクリと動かした。
「僕は川の中に仕掛ける罠を作るのが良いと思う。ただ、それを言ったら皆が『作り方を知らない』と言ったので諦めた」
「諦める理由が分からんのう。お主が皆に教えてやれば良いではないか。お主は知っておるのだろう」
「それは、そうだけど……」
グスタフと他の子どもたちの間に微妙な空気が流れていることは、利根も気づいていた。
普段偉そうにしているグスタフに教えを乞いたくないという反発心が子どもたちの中にあるのだろう。グスタフの方も、普段相手にしていなかった子たちにどうやってものを教えれば良いのかという戸惑いを持っているようだった。
「……言っておくが、時間は有限じゃぞ。時間内に何も出来ませんでしたというのは、何よりも情けないことだと吾輩は思うがな」
それだけ言って、利根は旗風班のところから離れた。
旗風班はそれからもしばらくは話し合いを続けていたようだったが――やがて、観念したかのように手を動かし始めるのだった。
その日、学び舎まで戻って来て子どもたちを帰らせると――旗風たちは一斉に机へと突っ伏した。
「つ、疲れました……。島の子どもたち、皆元気ですね……」
「そういえば旗風は今回が初めてだったわね。あいつら皆スタミナお化けだから、ペース配分間違えると身が持たないわよ」
朝風がげんなりとした様子で妹にアドバイスを贈る。
そんな中、一人けろっとしていた春風が利根に「お疲れさまでした」とお茶を差し出す。
「図工の時間のアレは、狙ってやったのですか?」
「グスタフめのことか。まあ、何から何まで計算し尽くしたというわけではないがな。そこまでするのは面倒じゃし」
結局――旗風班は他の班と比べて、ほとんど魚を獲ることができなかった。
川に仕掛ける罠を作り始めたのが遅かったせいだ。十分に罠を作り切れず、中途半端な結果しか残せなかったのである。
ただ、図工の時間が終わったとき、グスタフ少年はかなり悔しそうな表情を浮かべていた。帰る時間になっても罠を完成させようとしていたくらいだ。
意外なことに、そんな彼のことを旗風班の子どもたちが手伝っていた。一緒に作業をしていて思うところがあったのだろうか。
「ああいう奴はどこかしら負けず嫌いなところがある。できない奴だと言われるのが一番我慢ならんのよ。そういう奴は必要なことに対してきちんと努力する。コミュニケーションとて『必要だ』と判断したなら、きちんとするようになる。吾輩はその土台を用意したに過ぎん」
実際、これからグスタフ少年を取り巻く状況がどうなっていくのかは分からない。そこまでは利根の与り知らぬところだ。
「ふふ、利根さんはあの子の心情をよく理解されているのですね」
春風の意味深な笑みに、利根は嫌そうな顔を浮かべた。
「……春風。おぬし、さては誰ぞに何か要らぬことを吹き込まれたな?」
「さて、なんのことでしょう。それでは私はこれで」
利根の追及をさらりとかわして、春風はそそくさと去っていった。
他の三人は不思議そうにそのやり取りを見ていたが――やがて松風がポンと手を叩いた。
「もしかして、利根さんも昔はグスタフみたいなはぐれ者だったのかな?」
「何それ。興味ある。ねえねえ、昔の話聞かせてよ」
「じゃかあしい! 吾輩は面倒が嫌いなのじゃ! さっさと解散せい、解散!」
興味津々な様子の三人の追及から逃れるように、利根は「解散!」と再三叫ぶのであった――。