実際に行われた大抵のコラボは「横須賀or大本営がPR活動としてやってた」で済ませられそうな気も。うちはショートランドなのでほぼ参加不可能ですが。
「株というのは儲かるのだろうか」
急に仕事部屋へやって来た日向が、開口一番そんなことを言ってきた。
「……いきなりなんだ」
「なんだと言われても、言葉通りの意味だ。板部先生は株はやらないのか」
「やってそうに見えるか?」
「見えるから聞きに来たんだ」
ある種純粋な眼差しをこちらに向けてくる。
「期待に沿えず悪いが俺は株もFXも投資信託もやらない。定期預金と国債くらいだ」
「なんだ、意外と堅実なんだな」
「お前が普段どういう目で俺を見ているかよく分かる発言だな」
泊地のシステム全般を担当するエンジニア兼艦娘たちの教師を務めているからか、俺のところにはこうした相談事がよく飛び込んでくる。こういう微妙に失礼な物言いもそろそろ慣れてきた。
「やってないからつまらんことを言わせてもらうが、株で儲けられるのはセンスと情熱と元手を持ってる、一部の限られた人間だけだと思うぞ。ちょっと儲けたいって程度の考えならやめておけ」
「そうか、やはり駄目か。伊勢にも同じことを言われた」
そうだろう。身近な相手がいきなり株やらFXやら言い出したら警告したくなるのは分かる。
別にその手段を否定するわけではないが、向き不向きや勝者敗者がより明確に出てしまう界隈だとは思う。最初は儲けることよりも学習目的で始めた方が良いのではないだろうか。
その旨を日向に伝えると、日向はやや無念そうに頭を振った。
「それでは駄目だ。私はなるべく早いうちに金が欲しい」
「……おい、まさか借金してるとかじゃないだろうな」
この泊地や島に金貸し業者はいないが、今どき手段はいくらでもある。金銭トラブルが起きているなら、状況を正確に把握しておく必要があった。
「いや、借金はしていない。……今はな」
「含みのある言い方やめろ、怖い。なんでそんな急に金が要るようになったんだ」
「……先日、インターネットを見ていたら1/1瑞雲プラモがオークションに出されていたんだ」
「は?」
瑞雲。それは日向たちが使用する航空機の一種だ。
艦娘用の瑞雲は小型化されており、実際に乗り込めるのは妖精さんたちくらいである。だから『原寸大の瑞雲』というのはお目にかかったことがない。
「どうやら今年横須賀鎮守府がPR用に作成した瑞雲12機のうち何機かは民間の好事家の手に渡っていたらしいのだ。噂だけは随分前から聞いていて私も時折ネットで情報を探していたのだが、急に一昨日さる大手サービスのオークションに出されてな。出品者は変わり者だがマニアックなものを取り扱うことにかけて定評のある御仁だから、おそらくその瑞雲プラモは本物だと思う。この機会を逃したらいつチャンスが来るか分からないんだ、そこのところは板部先生も分かってくれるだろう」
「……いや、うん。落ち着け」
日向は、声のトーンはいつもと同じなのに、妙に早口になっている。正直ちょっと怖い。
「どんな感じだ。ページ見せてくれ」
ブラウザを立ち上げて日向にマウスを差し出す。
日向は、無駄のない動きで該当ページまであっという間に移動してみせた。
そこに表示された金額を見て、頭が痛くなる。
「……残念だが諦めろ。この額は俺たち泊地メンバー全員分の月給合わせても足りない」
株やFXでも無理だ。少なくともこの瑞雲プラモの出品期間中にこの額を手に入れるのは――不可能に近い。
「やはり駄目か……」
一目で分かるくらいの落ち込みようだった。若干気の毒に思えてくる。
「金で手に入らないなら、いっそ自分たちで作るってのはどうだ。横須賀鎮守府は作ったんだろう?」
「材料・設計図・職人等はすべて大本営のフォローで揃えたらしい。うちにそういったフォローがあるとは思えないし、自力で全部集めるのは至難の業だろう」
普段艦娘が使用する瑞雲はあくまで艦娘用に作られたカスタマイズ版だ。オリジナルの瑞雲をベースにしてはいるが、サイズ以外にも細かい違いは沢山ある。そのため、艦娘用の瑞雲を作れるならオリジナルの瑞雲も作れるだろう――という理屈は通らない。
「……すまんな、板部先生。邪魔をした」
すっかり意気消沈して出ていく日向の背中は、まるで大切な家族を失ったかのような寂しさを感じさせるものだった。
「まー日向、横須賀がやってたPR――瑞雲の公開展示とかにも無茶苦茶行きたそうにしてたしね」
夕食を取りに間宮食堂に出向いたところ、偶々伊勢と遭遇した。昼間の日向の件を話すと、伊勢は「やっぱりね」という感じで頷いたのだった。
「モデラ―の心情は俺にはさっぱり分からん」
「日向の場合、モデラ―ともまた違うと思うんだけどね。あの子は多分、瑞雲に乗ってみたいんだよ」
「……乗る?」
「そう。飛ばなくてもね」
飛行機の操縦士になりたい。その感覚なら――分からないでもない。
「私たち艦娘は海上を移動することはできるけど、自分たちで空を飛ぶことはできないでしょ。偵察機や艦載機を扱えても、自ら空を駆け回る感覚は味わえないからね。だから――空に憧れるんだ」
「伊勢もそうなのか?」
「まあね。加えて艦娘は、自分たちに縁が深いものを通して空を感じてみたいと思うものなんだ。我儘と言えば我儘だね」
困ったものだ、と伊勢は笑う。
「……空への憧れね。けど、ありゃプラモだ。飛ばんよ」
「そこは日向も分かってるよ。ただ、かつて誰かが空に向かうとき見たであろう何かが、そこからなら見えるんじゃないか――なんて思ってるんじゃないかな」
「――ふむ」
確かに、モデラ―の心情とはまた少し違うものみたいだ。
言ってしまえば、それはある種の憧憬だろう。
かつて自分たちと縁のあった誰かが旅立った空に、思いを馳せているのだ。
ロマンチックなものである。
「伊勢」
「んー?」
「そういう感覚ってのは、お前や日向特有のものなのか?」
伊勢は「いいや、多分皆が持ってる」と答えて、面白そうに笑った。
「板部先生、何か思いついた?」
「ああ。楽して儲ける手段だ。上手くいくかは――まだ分からんけどな」
それから一ヵ月後。
泊地の片隅に、1/1の瑞雲プラモが設置されることになった。あのときオークションに出されていた例のプラモである。
「……やれやれ。板部先生も人が悪い。無理だと言っておいて、しっかり落札するとは」
瑞雲を前にして、日向はいつもより興奮気味のようだった。柄にもなくこちらの脇を肘でつついてくる。
「伊勢の話を聞くまでは無理だと思ってたんだよ。……ま、礼を言うなら泊地の皆に言うんだな」
「分かっているさ。……ちょ、ちょっと乗って見てもいいだろうか」
「いいんじゃないか。ただ他にも乗りたがってる子はいるだろうから、程々に切り上げろよ」
「無論だ」
日向が落ち着かない様子で瑞雲プラモ目掛けて駆けていく。
「けど、よく足りたね。……出資者を募っても駄目だと思ってたけど」
横にいた伊勢が感心したように言った。
そう。今回採った手段は別段真新しいものではない。落札するための資金をあちこち駆け回って集めただけだ。
「俺も最初は駄目で元々だと思ってたけど、意外と乗り気な奴も多かったぞ。ま、この泊地の出資者の分だけじゃ足りなかったから、ブイン基地の方にも声かけることになったけどな。……お前が言った通り、空に憧れる艦娘が結構いたってことだろう」
憧れを持ってるのが日向だけだったら、到底無理だったろう。
皆が同じような夢を持っていたから出来た話だ。
「ま、おかげであの瑞雲はブインとの共有財産だ。半年ごとに行ったり来たりってわけだな」
「ブインなら近いし、まあ大丈夫でしょ」
操縦席では、日向が笑みを浮かべながら遠い空を見上げていた。
今日も泊地は平和である。