S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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2016年夏イベントの情報が出始めたようですね。
今回も新艦全員お迎えできるよう頑張りたいと思います。


倉庫増設計画(2)(鬼怒・龍驤・那智・吹雪)

 何事においても最初の段階でしっかりと土台作りをしておかないと、後々痛い目を見ることになる、というのは確か五十鈴姉さんの言葉だ。

 建築において重要なのは縄張りと遣り方の二つ。敷地内でどこに何を配置するのかを示すのが縄張り、それを元に外側へ杭や板を張り巡らせるのが遣り方。

 最初の頃、この二つを適当に済ませたばかりに問題になって作りかけの建物を最初から作り直すはめになったことがある。作業しながら考えを具体化していくタイプの人とか直感で動く人なんかはこの罠にハマりやすい。

 何をすべきかは私や龍驤さんたち古参組が決めて、新しく入った子たちには実作業をしてもらうことにした。とは言え慣れてないからか杭を立てたり板を張るのにも苦戦しているようだった。

 

「神風姉さん、その杭斜めになってます」

「あれ、本当!? うーん、これくらいなら大丈夫じゃない?」

「苦戦しているようだな」

 

 神風ちゃんたちに声をかけたのは作業服姿の那智さんだった。

 

「少し手本を見せよう。いいか、杭というのはこうやって打つものだ」

 

 斜めになっていた杭を一旦抜くと、手慣れた動きで打ち直していく。

 

「慣れないうちはもう少し短い杭で仮打ちしておくと良い。真っ直ぐに通る穴をあらかじめ空けておけば本打ちもしやすくなる。ずれないように杭を抑える役と打つ役、二人一組でやった方が良いだろうな」

 

 おお、と周囲から感嘆の声。那智さんは本人の技量もさることながら、人に教えるのも上手い。きちんと相手によって教え方を変えることもできる。

 

「ありがとうございます、那智さん」

「なに、教えるのは嫌いではないからな。それよりも地盤掘削の方は頼むぞ、重機マスター鬼怒」

「いやあ、マスターなんて言われるとこそばゆいなあ!」

「泊地内なら免許もなく乗れるというのに、わざわざ本土まで免許取りに行ったんだ。堂々とマスターを名乗ると良い」

 

 ちなみに免許を取りに行ったのは私だけじゃないので、那智さん理論だとこの泊地には他にも何人ものマスターがいることになる。夕張ちゃんなんか大量に免許を集めるのが半ば趣味になっているらしい。今度マスターオブマスターと呼んでみようかな。

 

 

 

 建築は一朝一夕で終わるものじゃない。

 何日もかけて地均しを済ませた頃には、新しく参加した子たちも建物づくりに関心が向くようになっていた。

 

「土台作りをするだけでも覚えることが多くて、もう飲むしかありませんねえ~」

 

 そう言いながらグラスを傾けるポーラさんも、日中はあくせくと働いていた。ザラさん曰く「冷蔵倉庫ができれば冷えた酒を保管しておけるようになる」ということでやる気を出させたらしい。もしかして那智さんがノリノリで手伝ってくれてるのもそういう考えがあるのだろうか。

 

「でも実際覚えること多くて大変です……」

 

 沖波ちゃんは食事中もずっとメモを見ていた。

 ちなみに今は本日分の作業が終わった後の間宮での休憩タイムである。

 

「急いで全部を覚える必要はないんじゃないかな」

 

 根を詰めやすい沖波ちゃんをフォローするのは初月ちゃんの役割になっていた。二人は同時期に着任したということもあって、よく一緒にいるのを見かける。

 

「そうだね。鬼怒たちも最初の頃は全然分からなくて、よく失敗してたなー」

「そういえば、鬼怒さんたちは誰に教わったんですか?」

「丹羽さんっていうお爺ちゃんがいてね。棟梁さんやってたんだって。最初の頃は島の人たちにも手伝ってもらって小屋とか建ててたんだけど、仮にも軍事拠点だしもう少し良いものを、ということで本土から丹羽さん呼んで、いろいろ教えてもらったんだ」

「あの御老体も暇を持て余していたようだからな。ぶつくさ言っていたがこっちに来ることが決まって内心喜んでいたに違いない。あれはツンデレ爺という奴だ」

 

 隣でチョコパフェを頬張りながら藤堂さんが補足した。藤堂さんは元々丹羽さんと仕事上の付き合いがあって、その縁で丹羽さんが提督に紹介してからここに来るようになったという経緯がある。

 

「丹羽の爺様はめっちゃおっかなくてなー。うちも那智もよく泣かされたわ」

「うむ。正直妙高姉さん以外にも怖い人がいるのだと、初めて思い知った……」

「だけど、それだけ厳しい人に鍛えられたんだったらあなたたちの腕前が凄いのも納得ね」

 

 アイオワさんの言葉に他の子たちも頷く。

 

「いや、丹羽さん以外にもいろんな人にいろんなこと教えてもらったんだけどね。土作りとか壁塗りとか、木材・石材の作り方とか。私たちもまだまだ知らないことだらけなんだよ」

 

 謙遜ではない。

 自分たちのことを自分たちでやるというのは相当大変なことだ。最低限の生活を送っていればいいという立場でもないから尚更である。

 

「本当はもっと人増やせればいいんですけどね」

 

 苦笑を浮かべるのは吹雪ちゃん。ちなみに彼女は組立のスペシャリスト。建材を組み合わせてがっしりと安定させることにおいては泊地随一の腕を持つ。

 

「それなら叢雲をどうにか説得するしかないな。頼むぞ吹雪」

「ええ……できるかなあ」

「あと大淀も説得せんと駄目やで。あっちは霞に任せるのがええかな」

 

 話題は泊地司令部のことに移っていく。

 まだ泊地事情に詳しくない子たちも皆興味深そうに聞いていた。

 

 ……こうやって少しずつ皆馴染んでいくんだなあ。

 

 窓から射し込む夏の日差しを浴びながら、そんなことを思う午後の一時なのだった。

 そうして建設開始から早一ヶ月。

 どうにか冷蔵倉庫の完成を迎えることになった。

 

「さすがに感慨深いですね」

 

 工事用ヘルメットに作業服姿の親潮ちゃんが倉庫を見上げながら言った。他の皆もそうだけど、こういう格好が随分と様になってきた気がする。

 

「シェルター、電源設備、気温調整の全テスト完了。問題なしね」

 

 テスト担当の夕張ちゃんがすべての項目表にチェックを入れる。

 これで完全に作業は終了だ。関係者全員が安堵の息を吐く。

 

「今回は一発オーケーでしたか……。運が良かったですね」

 

 吹雪ちゃんが胸を撫で下ろしていた。古くからこの泊地にいる艦娘は大抵がやり直し地獄を味わっている。

 

「はいはーい、皆お疲れ様!」

 

 そこに、お祝い用の飲み物を抱えて村雨ちゃんたちがやって来た。

 

「あの、これは……?」

 

 頭に疑問符を浮かべているザラさんの肩に腕をまわして、那智さんがサムズアップしていた。

 

「当然祝いの酒だ。ひと月頑張った我々に対する司令部からの労いというわけだ。今回ばかりは飲ませてもらうとしよう!」

「あ~、賛成ですポーラは大賛成です。飲みましょう、皆でどんどん飲みましょう。なんと言ってもお祝いですから~」

「ふふ、飲み比べならこのアイオワも負けるつもりはないわ!」

「あ、那智さんは最近飲み過ぎだからアルコール類駄目みたいですよ」

「な、なにぃッ!?」

 

 そういえば那智さんはこの前健康診断受けていた。それで何か良くない結果が出たのだろう。正直ポーラさんも結構危ない気がする。

 

「ふん、騒がしい連中だ」

 

 藤堂さんも悪態をつきながらちゃっかり飲んでいる。

 

「まあまあ、藤堂さんもお疲れ様。おかげで良い倉庫出来ましたよ」

「当たり前だ。この俺が設計してお前たちが建てたのだ。良いものにならんはずがなかろう!」

 

 言ってから、自分の発言に気づいたらしい。少し気恥ずかしそうにしながら、

 

「ふん、今日は無礼講だ! せいぜい浮かれてどんちき騒ぎでもすることだ! フハハハハッ!」

 

 と言ってその場を後にした。

 

「あのおっちゃんも丹羽の爺様に劣らぬツンデレやねえ」

 

 龍驤さんが呆れ顔を浮かべつつ、こちらに杯を差し出してきた。

 

「ほれ鬼怒。お疲れさん。一杯」

「ありがとうございます」

 

 一杯頂戴しながら二人で出来上がった倉庫を見上げる。

 

「泊地の更なる発展に乾杯、ってとこですかね」

 

 チン、と杯の鳴る音が聞こえた。


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