S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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種田さん復帰を祝して。
これからも無理のない範囲でご活躍いただきたいですね。


補佐官妙高の夜(妙高・羽黒・五月雨)

 その日、妙高は泊地の司令部室で書類仕事に追われていた。

 提督が直接執務を行う執務室の隣に設けられた部屋で、ここには普段司令部に属するメンバーが集まって仕事をしている。妙高は司令部直属のメンバーではないが、メンバーの補佐を行う補佐官の一人だった。今日は重巡代表として司令部に属している古鷹が休暇で不在のため、代理として妙高が詰めているのである。

 

「ふう、だいたい片付いたわね……」

 

 この泊地も、艦娘・スタッフ合わせて二百名を超える構成員がいる。日々様々な仕事が発生するので、司令部のメンバーに暇はなかなか訪れない。

 仕事が一区切りついたと思ったら、既に日は暮れていた。司令部メンバーも当直の妙高以外は皆帰っている。

 

「……うーん、これからどうしようかしら」

 

 自分で用意してきた夕食を口にしながら、交代時間まで何をして過ごすか考える。

 何かあったときに対応するため待機していること――当直に求められているのはそれくらいで、基本的に何をして過ごしても文句を言われることはない。仮眠する者、趣味に時間を費やす者、明日以降の分の仕事を片付ける者等、この時間の過ごし方は十人十色である。

 隣の執務室を覗いてみたが、そちらにも人影はなかった。

 

「提督がいらしたら将棋でも、と思ったのだけど……。当てが外れたわね」

 

 何か適当に司令部室にある本でも読んで過ごそうか――そう考えた矢先、司令部室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

「失礼します」

 

 控えめな声と共に入ってきたのは、姉妹艦の羽黒だった。その後ろには駆逐艦五月雨もくっついている。

 

「羽黒、それに五月雨も。どうしたの?」

 

 司令部室に誰かが来るということは、大なり小なり何かあったということだ。

 

「妙高姉さん、涼風ちゃんを見かけなかった?」

「一緒に夕食を食べる約束してたんですけど、全然来なくて……。携帯も繋がらないんです」

 

 涼風は五月雨と同じ白露型駆逐艦の艦娘だ。活発な子で、時折妙なトラブルを巻き起こすことがある。

 

「今日は見てないわね。少なくともここには来てないわ」

 

 待ちぼうけを喰らっていた五月雨に羽黒が声をかけて、今は二人で涼風を捜索しているとのことだった。

 泊地あるいは島から離れる場合、ここの艦娘は司令部に届けを出して許可を得る必要がある。そのリストを確認してみたが、涼風からの外出申請は出ていなかった。

 

「涼風はフリーダムなところがあるけど、規則を破るような子ではないし、多分島のどこかにはいると思うわ」

 

 とは言え、泊地があるこの島もそれなりに広い。人一人を探し出すのはなかなか難しいだろう。

 

「五月雨。涼風の今日の予定について何か聞いていることはない?」

「えっと……今日は休暇で、午前中は深雪ちゃんや卯月ちゃんたちと一緒に島の探検に行ってくるって言ってました」

「物凄く不安になる名前が出てきたわね……」

 

 深雪・卯月・涼風、そして朝霜を加えた四人は、この泊地の駆逐艦の中でも特に何かを仕出かすことが多いメンバーだった。悪い子たちではないのだが、頭で考えるよりとりあえず行動してみるというタイプで、結果的にトラブルを引き起こすことが多い。

 

「とは言え手掛かりにはなるわね。ちょっと待ってて」

 

 妙高は自分の携帯を取り出して、深雪に電話をかけた。

 

『はい、もしもし。妙高さん、どうかしたの?』

 

 さほど間を置かず深雪が電話に出た。

 

「深雪。涼風と今一緒だったりする?」

『涼風? いや、夕方までは一緒だったけどその後のことは知らないな。なんか工廠に行くって言ってたけど』

「そう。もし涼風を見かけたら、五月雨が探してるから連絡するようにって伝えておいて」

『りょーかい』

 

 電話を切って事情を羽黒と五月雨にも説明する。

 

「工廠は電波遮断してるから、涼風もそこにいるのかもしれないわね。様子を見に行ってみましょう」

 

 司令部室の扉に『退席中』と書かれた札を貼り付けて、三人は工廠へと足を運ぶことにした。

 

 

 

 工廠の中はいつもと変わらず機械の音で溢れ返っていた。

 ただ、人の姿はない。いつもなら技術部の誰かか工廠長である伊東というスタッフがいるのだが、今日は誰とも遭遇しなかった。

 工廠の中をしばらく歩き回って見つけたのは、工廠妖精一人だけだった。

 

「伊東なら那智たちと飲みに行った。技術部の奴らは昨日まで米艦載機の改修でアレコレやってて力尽きたみたいで、今日は見てないな」

 

 電子タバコを嗜みながら工廠妖精は淡々と答えた。常にクールな態度を崩さない妖精さんなのである。

 

「あの、涼風はこちらに来ませんでしたか?」

 

 五月雨の問いに、工廠妖精は「うーん?」と首を捻っていた。

 

「……ああ、涼風なら夕方頃、明石の部屋に入っていったな。出てきたところは見てないから、まだ中にいるのかもしれない」

 

 この工廠の中には、明石の許可なく立ち入ることのできない部屋がある。ある程度方法が確立された装備改修を行うための専用の部屋だ。改修する際、その装備の使い手が細かい調整をするために助手として呼ばれることはあるが、それ以外に明石以外が立ち入ることは滅多にない。

 

「でも、涼風ちゃんが装備改修の助手として呼ばれたことってありましたっけ……」

「少なくとも私は聞いたことないわね。五月雨は何か知ってる?」

「すみません、私も……」

「ここで議論するより、行ってみて確認すればいいんじゃないか」

 

 工廠妖精の言う通りだった。三人はその足で明石の改修部屋の前に向かう。部屋の扉には「作業中」という札が掲げられていた。

 ただ、作業中なら何か物音がしそうなものだが、中からは何の音も聞こえない。

 

「明石。ちょっと良いかしら」

「んー、どうぞー。鍵は開いてますよー」

 

 ノックをしたところ、中から明石の声が聞こえてきた。

 扉を開けると、そこには作業着姿の明石と、毛布にくるまれた涼風の姿があった。

 

「ありゃ、皆さんどうしたんですか。あ、涼風ちゃん探しに来たとか?」

 

 五月雨の姿を見てなんとなく状況を察したらしい。明石はすっかり眠りこけている涼風を見て、困ったような笑みを浮かべた。

 待たされた仕返しか、五月雨が涼風の頬を突き始める。「ううーん、やめろぉ」と涼風が寝言を口にした。

 

「明石。涼風はここで何を……?」

 

 そんな微笑ましい光景を見ながら、妙高は明石に疑問をぶつけた。

 

「島で珍しい石を拾ったから姉妹艦に加工してプレゼントしたいーって来たんですよ。作業開始して程なく寝ちゃったんで中断してますけど」

「探検してたから疲れたのかもしれないわね」

 

 遊び盛りの子どもみたいだった。

 

「むう」

 

 と、五月雨が涼風の頬から手を離した。事情を聞いて待たされた不満をどうすれば良いか分からなくなったらしい。

 

「……明石さん、私ここで少し待ってていいですか?」

「いいわよー。退屈かもしれないけど」

「ありがとうございます。涼風が起きたら、一緒にプレゼント作ろうかって思って」

 

 涼風の頭を優しく撫でながら、五月雨は姉の顔を見せるのだった。

 

 

 

「なんにしても、何事もなくて良かったわ」

 

 羽黒と二人工廠から出たところで、妙高が安堵の息をこぼした。

 

「……まあ、眠りこけていたのは良くないと思うけど。待たされた五月雨が許すのなら私たちがとやかく言うことではないわね」

「あ、あはは……。まあ忘れてすっぽかしたってわけではないみたいだし」

 

 羽黒がフォローするように言った。

 

「そうだ、羽黒。この後時間あるかしら」

「時間? うん、空いてるよ」

「だったら少し司令部室に来ない? 一人で退屈していたから、将棋の相手でもしてくれると助かるんだけど」

 

 将棋、というキーワードに対して羽黒が若干表情を曇らせた。

 

「姉さん、勝つまでやめないから将棋はちょっと……」

「大丈夫よ、三戦まででいいから」

「この前足柄姉さんにそう言って挑んで十回やってなかったっけ……」

「あら。大丈夫よ、私だっていつまでも下手の横好きじゃないんだから」

 

 やや渋る妹を必死に説得しながら、妙高は司令部室に戻っていく。

 まだまだ夜は長そうだった。


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