休日、暇潰しがてら散歩をしていると、中庭でテーブルを出してお茶会をしている一団が目に入った。
一瞬金剛姉妹かと思ったが、面子は大分違っている。金剛はいるのだが、他は球磨・千歳・吹雪・アークロイヤル等、艦種も艦型もバラバラの集団だった。
「珍しい組み合わせだな」
「あ、菊月ちゃん」
声をかけると、吹雪がにこやかに手を振って来た。
「これは、どういう集まりなんだ?」
「長女の会だクマ」
湯呑を手にお茶をすすりながら、球磨が答えてくれた。よく見ると各々が持っているものもバラバラだ。金剛は紅茶、球磨はお茶、吹雪は牛乳、千歳は――まだ真昼間だというのに酒である。
しかし、長女の会というのは初めて聞く。私もこの泊地では古株な方だが、そんな集まりがあるのは知らなかった。確かにこの場にいる面子は全員長女だが――。
「会と言っても、泊地できちんと認められてるものじゃないのよ。長女同士で集まって姉妹のことを相談することがあって、それが何回か繰り返されて、たまにこうやって集まるようになっていったってだけで」
千歳が補足してくれた。既にほんのり顔が赤い。
「今日はアークロイヤルの歓迎会ということで、暇そうにしてる長女を集めたんだヨー」
金剛がアークロイヤルの肩に手を置きながらサムズアップした。
「突然金剛に拉致されたときはどうしようかと思ったが……。いや、ここは素直に礼を言うべきなのだろうな」
「ソーダヨー! 人間、素直が一番ネ!」
「金剛は案内の仕方を反省すべきクマ。連れて来られたアークロイヤルの狼狽えっぷりに、こっちまで狼狽えてしまったクマ」
ジト目でツッコミを入れる球磨に、金剛は頬に手を当てながら「ソーリー!」と返す。反省してるんだかしてないんだかよく分からない。
「菊月ちゃんはどこか行くところ?」
「いや、ただの散歩だ。長月はあきつ丸と島の奥地にカメラ持って出かけてしまったし、三日月や望月たちも留守で暇だったんだ」
「睦月ちゃんたちも今は遠征中だしね……。あっ、それならどう?」
と、自分の隣の席を指し示した。
「いいのか? 長女の会なんだろう?」
「別に構わないわよ。さっきも言った通りちゃんとした会じゃないし、入会規則なんてないもの」
「長女という意味では、私も少し微妙なところだ。姉妹艦はいないからな」
千歳の説明に、アークロイヤルが肩を竦めて見せた。そういえば空母アークロイヤル級は同型艦がいないのだったか。
「で、そんなアークロイヤルに『姉妹艦がいるというのはどういう感じなのだ』と聞かれたので、姉妹のエピソードを披露してたところだったクマ」
「今日は睦月が欠席なので、菊月が代わりに睦月型のエピソードを語るデース!」
どうやら完全に参加する流れになっているようだった。
ここで断るというのも感じが悪い。誘いに応じて吹雪の隣に座ることにした。
「しかし睦月型のエピソードと言ってもな……。私たちに限ったことではないと思うが、姉妹の数が多いと逆にあまり姉妹っぽさがなくなってくるというか」
「あ、それなんとなく分かるかも。私たちも姉妹というかクラスメートみたいな感じだし」
吹雪がうんうんと頷いた。
「皆で一緒に何かすることってあんまりないの?」
「ああ、大抵は何人かのグループに分かれて行動することが多いな。もっとも、グループはあまり定まってないが……。そのとき捕まえられそうな面子を捕まえて一緒に何かする、という感じだ。……何かやろうと切り出すのは睦月か皐月、文月辺りが多いかな」
あの三人は睦月型の中でも特にアクティブだ。水無月や卯月なんかも活発ではあるが、周囲を巻き込んで何かしようというタイプとはちょっと違う。
「確かに睦月型全員揃ったら大人数になるネ。あれだけの人数をまとめるのは私でも難しいヨ」
「まあ、全員集合することもたまにあるがな。そういうときは大抵如月が上手くまとめている」
「あ、そこは睦月ちゃんじゃないんだ」
「睦月はまとめるタイプではなく引っ張っていくタイプだからな……。同じ長女でも吹雪や初春とはちょっと違う」
「長女にもいろいろあるのね」
感心したようにアークロイヤルが言った。
「球磨たちのところはどうなんだ? こう言ってはなんだが、全員相当癖があるだろう」
「遠慮ゼロで突っ込んでくるクマねー……。否定しようもないのが悲しいところだクマ。球磨以外揃いも揃って変な奴ばっかクマ」
さり気なく自分を除外したぞこの長女――というツッコミは口に出さないでおく。
「あの面子をまとめるのは土台無理な話クマ。基本姉妹同士で意見が割れたら、何らかの形で勝負して勝った者に従う決まりになってるクマ」
「なんか緊張感漂う姉妹関係ですね……」
「いやいや吹雪。これはこれで後腐れなくなるから案外良いんだクマ。勝負方法も公平なものにするから勝率もそんなに偏らないクマよ」
球磨型姉妹は互いに譲り合うような性格には見えない。さっさと公平な勝負で事を決して、後に尾を引かないようにした方が効率は良さそうだ。
「勝負方法ってどんなのが多いの?」
「んー、時間がないときはじゃんけんとかあっち向いてホイとかクマ。時間かけてやった方が良さそうなときは適当な場所用意して艤装なしで取っ組み合いすることもあるクマね」
睦月型は平和なのだろう。そういうのは、やりそうでやったことがない。
「ちなみに艤装なしだと誰が一番勝率高いデース?」
「そりゃもちろん球磨に決まってるクマ……と言いたいところだけど、実際は多摩と大井のツートップだクマ。多摩はなんか動きがズルイクマ。あんなん読めないクマ。大井は勝ちへの執念が強くてやりにくいクマ……」
なんとなく勝負している光景が想像ついた。案外、球磨の勝率はあまり高くないのかもしれない。
「ふっふっふ、アークロイヤル。こういう姉妹のことを表現するのにピッタリの言葉があるデース。分かりマスカー?」
「……喧嘩するほど仲がいい、か?」
「ノンノン。互いに割り切ってやる勝負は喧嘩とは違いマース。……ここで相応しい言葉は『所詮この世は弱肉強食!』デース!」
どこかで聞いたことのあるフレーズだった。そういえば金剛、最近電子書籍端末を買っていたような……。
「まあ確かに喧嘩とは少し違う感じするクマ。いろいろ割り切ってるところ多いし、ある意味うちはドライな関係クマね」
仲が悪いわけではないが、必要以上にべたべたしない関係性ということか。確かに約二名除いてそんな印象を受ける。
もっとも、連帯感はありそうな気がする。もし共通の敵が現れたら凄まじいコンビネーションを発揮して迎撃しそうな、そういう感じだ。
「仲が良いって意味だと千歳のところは凄く仲良さそうクマ。喧嘩とかしたことないクマ?」
「普段はあんまりしないかな。……ああ、でも私が一人で軽空母に改装して千代田が機嫌悪くしちゃったことはあるわね」
千歳はこの泊地の軽空母の中では一番の古株だ。
最初は水上機母艦だったが、改装を重ねていくことで軽空母に艦種変更している。今は予備で水上機母艦としての艤装も持っているから、必要に応じて切り替えているようだが。
「千歳さんが軽空母に改装したのって、もう大分前じゃありません?」
「そうね、アイアンボトムサウンドの作戦前くらいかしら。私も提督もあまり深く考えず、改装できるようになったから改装しようってやっちゃったんだけど……千代田にとっては、置いていかれたような感じがしたんでしょうね」
その気持ちは分からなくもない。睦月や如月、皐月に文月と、睦月型も第二改装を終えた者たちが増えてきている。姉妹艦が改装する度に、置き去りにされたような気分になるのだ。
「……それで、千代田とはどうなったの?」
「その後でね――」
アークロイヤルの問いに千歳が答えようとしたとき、ちょうどその千代田がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「千歳お姉! やっと見つけた!」
「あれ、千代田。どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃないわよ! 今日はこの後島の北側にある水上基地の点検に行く予定だったじゃない……って酒臭っ」
息を切らしながら説明する千代田に、千歳は「あっ」と声を上げた。どうやら今の今まで忘れてたらしい。
「もう、急いで準備してよね。あとお酒臭いから歯磨いて口の中綺麗にしておくこと!」
「はーい」
こちらに「ごめん」のポーズを取りながら、千代田に引きずられる形で千歳は去っていった。
結構飲んでいたが大丈夫なのだろうか。
「……千歳が提督に頼んで、千代田の練度が上がりやすくなるよう演習や遠征のメニューを組み直したのデス。千代田本人がそのことに気づかないよう調整しながらやってたネー」
「千代田、軽空母になったら真っ先に千歳のところへ行ってたな。一番最初に見せたかったんだろう」
「千代田さんが機嫌悪くしちゃってたのは――千歳さんと一緒が良かったから、なのかもしれませんね」
常に一緒にいたい。並び立ちたい。そう思い合うのも、姉妹艦の一つの在り方なのかもしれない。
「……姉妹艦の関係性も、いろいろタイプがあるのね」
アークロイヤルは感心したような声を上げて、紅茶を口にした。
「ふっふっふ、アークロイヤルも姉妹艦欲しくなったデスカー? もし良かったら私の妹分になりマス?」
金剛の突然の提案に、アークロイヤルはしばし黙考して頭を振った。
「……すまんが遠慮しておこう」
「振られマシター! これでもお姉ちゃん力高いと自負しているのに!」
「実際高いのかもしれないが、自分で言ったら胡散臭く思われるだけだと思うぞ……」
「ノォー!」
こちらのツッコミに金剛が頭を抱えて悲鳴を上げる。
「だったら菊月、貴方の理想のお姉ちゃん像はどんなものデスカ! 参考にさせてもらいマース!」
「え、そういう流れに持っていくのか?」
「あ、でも私も気になるな。ここにいるのって皆長女だから、妹視点の意見も聞いてみたい」
吹雪まで金剛サイドについた。球磨は何も言ってこないが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
アークロイヤルも「私も興味があるぞ」と言いたげな視線をこちらに送って来ていた。
どうやら――まだまだこのお茶会は終わりそうにないようである。