ここのところ、S泊地ではある噂が流れていた。
司令部が何人かの艦娘を集めて芸能界に乗り込もうとしている、というものだ。
突拍子のない話――というわけでもない。深海棲艦と戦う艦娘は、その超常的な力のせいで恐れられたり忌避されたりすることもある。そのため、艦娘を支持してもらおうとこれまでも様々なアプローチが行われていた。
各拠点の那珂ちゃんを集めてNKC20というアイドルグループを結成したり、大手企業やテーマパーク等と共同でイベントを開催したりしたこともある。そのため芸能界入りというのもあり得ない話ではないのだった。
「……芸能界かあ。良いなー」
枝豆を摘まみながら、阿賀野は遠い都会のスタジオを思い浮かべていた。
ここは鳳翔が営んでいる店。周りにいるのは能代や武蔵、伊8に伊19である。この五人は同時期に泊地に着任した同期組で、時折飲み会を開いているのだった。
「阿賀野は夢見過ぎなの。芸能界は伏魔殿に違いないのね」
「えー、イクこそゴシップとかに毒され過ぎだよ。本当にそんな酷いなら皆辞めていくと思うんだけどな」
「那珂ちゃんに聞いてみたら何か分かるかしら」
「それは前やってみたけど駄目だったわよ、能代。それは禁足事項だから口外できないんだ……って」
「なんだそれ。ハチ、あいつそんなキャラだったか?」
そんな風にとりとめのない会話をしていると、店の扉をガラガラと開けて長門と加賀が現れた。
二人は盛り上がっている五人に軽く会釈をすると、近くのカウンター席に腰を下ろして注文を頼んだ。
「テレビとかに出てる人たち楽しそうだし、阿賀野も出てみたいなー。きらりーんってやって、歌って踊って、クイズ大会とか出て豪華景品貰って世界旅行行ったりとか!」
酔いが回ってきたのか、阿賀野は饒舌になってきていた。他の四人はその様子を生暖かく見守っている。いつものことだからだ。
ただ、阿賀野の言葉に反応を示す者たちがいた。近くに座っていた長門と加賀である。
「……阿賀野。貴方、芸能界に興味があるのかしら」
会話へ加わってきた加賀に、阿賀野は「もっちろん!」と答えてピースをした。
「私が目指すのはトップスターだよ! 那珂ちゃんにだって負けないんだから!」
「ほう。なかなかの気概だな」
「何を感心しているんだ長門。阿賀野のこれを本気にしているのか?」
半ば呆れ気味に尋ねる武蔵に対して、長門は真面目な顔で首肯した。
「酔った勢いというのはあるだろうが、思ってもいないことを口にすることはあるまい。阿賀野の心意気、確かに感じたぞ」
「そうね。決してこれを口実に貴方たちを芸能界入りチームに仕立て上げようだなどと考えてはいないわ」
「なんか加賀さんから本音出てるのね」
伊19の指摘に動じた様子も見せず、加賀は淡々と告げた。
「もし芸能界入りを目指す気があるなら、明日のヒトヨンマルマルに司令部棟の会議室まで来るといいわ。いいえ、来なさい」
「拒否権なし?」
伊8の問いに、大真面目な顔をした長門が頷いた。
「結局来てしまったけど……」
翌日、指定された場所にやって来た五人を出迎えたのは、「審査員」と書かれた紙をたらした机に陣取る長門と加賀――そして那珂ちゃんだった。
「一応聞いておきたいんだけど、何やるの?」
「愚問ね、能代。貴方たちが芸能界に挑戦するに足る器か、私たちで審査させてもらうわ」
「帰っていい?」
「それは困るわ。人員確保してと大淀に泣きつかれているのよ。ああなると彼女は怖いわよ」
どう怖いのか能代たちにはさっぱり分からなかった。ただ、加賀たちにも退くに退けない事情があることだけは理解できた。
「さーて、それじゃ那珂ちゃんが皆のことをしっかりと見極めちゃうよ!」
「見極めるって言っても、具体的に何をすれば……?」
「皆には五人組の歌って踊れるユニットとしてのデビューを目指してもらうことになる。即ち――歌と踊りだ!」
伊8の問いかけに対し、くわっと目を見開いて謎の決めポーズをする長門。
「こんな風に、びしっと決めてみせろ!」
「なるほど……つまり格好いいポーズを取ればいいということだな!」
対抗するように珍妙なポーズを取る武蔵。長門も武蔵も表情は大真面目だった。
「……うーん、二人とも三十点かな。ださい」
「ぐふっ……」
容赦ない採点を下す那珂ちゃんだった。
「踊りは自分が悦に入るだけじゃ駄目だよ。皆に楽しんでもらうことを念頭に置いて、その上で全身全霊をぶつけなきゃ」
そう言って那珂ちゃんはカセットを流しながら、これが見本だと言わんばかりに一曲歌いながら踊りきってみせた。
実際に芸能活動の経験があるので、那珂ちゃんは一挙一動が様になっている。その場にいた全員が思わず見惚れてしまうレベルだった。
「むむむ……阿賀野だって負けないんだから!」
「阿賀野姉、無理しない方が……」
「私だってやればできるよ!」
那珂ちゃんの歌舞を見終えた阿賀野が、対抗心を燃やして舞い始める。
最初はたどたどしい動きだったが、意外にも少しずつキレが良くなっていく。
「なんか阿賀野が輝いて見えるのね!」
「審査員たちの反応も、意外と悪くない!」
伊8の言う通り、長門や加賀はじっと阿賀野の動きを注視していた。
「……ふむ」
那珂ちゃんもやや感心したかのように、じっと阿賀野の動きを見つめ続けていた。
やがて阿賀野が一曲舞い終えると、那珂ちゃんはその肩をがっしりと掴んだ。
「阿賀野ちゃん、やるね。磨けば光るタイプだよ……!」
「ほ、本当?」
「この那珂ちゃん、歌と踊りに関して無責任なことは言わないよ。その気があるなら、みっちりレクチャーしてあげるけど……どうする?」
「もちろん、お願いするよ!」
阿賀野は、那珂ちゃんをまっすぐ見据えながらその手を掴んだ。
「任せて! 那珂ちゃんが皆をきっちり磨き上げてみせるから!」
那珂ちゃんと阿賀野が握手を交わすのを見て、能代たちは「もしかして私たちもやる流れ?」と嫌な予感を募らせるのだった。
それから数ヵ月後。
『さて、今日はここ最近少しずつ注目を集め始めているソロモンの艦娘たちによるグループユニット・SHLOMOのところにお邪魔していまーす!』
元気のいいレポーターが、緑深き森を訪れている。
レポーターの側には阿賀野たち五人が並んで立っていた。
『土木系ユニットという異色の集まりですが、皆さんとても生き生きとされてますね! 地元の人からの人気も凄いとか!』
『そうなんですよー。今、村の人に頼まれて家を建ててるんです。設計はハチが、縄張りは能代やイクが、力仕事は武蔵がやってくれてるんです』
にこやかに受け答えする作業着姿の阿賀野。
そんな様子をテレビで見ながら、加賀がぽつりと呟いた。
「これは、成功と言っていいのかしら……」
「分からん……!」
大真面目な顔で応える長門。
その後もSHLOMOはコアなファンを少しずつ増やし続けていき、泊地の収入をちょっとだけ潤すことになったという。