S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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大鷹は今のところオンリーワンな性質の持ち主なので、夏イベで使うタイミングに迷いそうな予感。姉妹艦も早く実装されないかと期待しております。


善意の運び手(大鷹・龍驤・蒼龍・飛龍)

 その日は、訓練を終えてから初めての護衛任務だった。

 S泊地では近海を行き来する船の護衛任務を請け負っている。制海権は確保しているものの、深海棲艦はいつどこから現れるか予測がつかないので油断できない。そのため余程のことがない限り艦娘による護衛が必要になるのだった。

 

「おや、新しい顔だな」

 

 護衛対象の船に乗っていたお爺さんは、こちらの顔を見るなりそんなことを言ってきた。

 一目見て新顔かどうか分かるということは相当馴染みのある人なのだろうか。

 

「おおー、そういえば大鷹は初めてか。この人は道雄さんって言って、この辺りの各拠点の農業の先生や」

 

 一緒に護衛を請け負っている龍驤さんが説明してくれた。

 

「二瓶道雄だ。農業の先生なんて言われてはいるが、たまたまお前さんたちと縁を持った普通の農家の爺とでも思ってくれ」

「はじめまして、大鷹と申します。護衛空母の艦娘です」

「ご丁寧にどうも。……ふむ、礼儀正しいお嬢さんだ。鳳翔に似た雰囲気がある」

 

 道雄さんはそう言いながらゴソゴソとポケットを探っていた。よく見ると服には大量のポケットがついている。

 

「お、あったあった。こいつは挨拶代わりだ。折を見て育ててみなさい」

 

 渡されたのは小さな袋だった。中には種らしきものが入っている。

 

「えっと……これは?」

「大根の種だ。比較的作りやすいから初心者でも問題ないだろう」

「受け取っとき。道雄さんは初対面の人に何かしら種とか苗とかを進呈する癖があるんや」

「あ、ありがとうございます」

 

 少しビックリしたけど、ありがたく頂戴することにした。

 

「もし不安があるなら赤城にでも助言を聞けばいい。あいつには一通りのことを教えてある」

 

 赤城さんは泊地にある農業部の部長を務めていた。そんな赤城さんの農業の先生だったのだろうか。もしかすると凄い人なのかもしれない。

 

「道雄さんの船の積荷は美味しい食べ物が多いから守り甲斐があるのよね」

「食はすべてのやる気の源だもんねえ」

「蒼龍・飛龍、あんたらはもうちょい公平にやる気出さんかい」

「えー」

 

 龍驤さんに注意されて、蒼龍さんと飛龍さんが頬を膨らませた。

 美味しい食事がないと気力が損なわれてしまう――というのは否定できない。

 実際、今回の護衛任務に空母が四隻も割り当てられているのは、それだけこの積荷を重視しているからなのだろう。

 

「お前さんたちの拠点も、最初の頃は大分食糧難で参ってたらしいからな。食うものに困るというのは辛いもんだ」

 

 道雄さんの言葉はちょっと意外なものだった。

 今のS泊地は結構大きな農園があったりして、ある程度の期間なら自給自足していけそうなくらいの余裕はある。食べるものに困るような状況というのは、ちょっと想像し難かった。

 

「私が着任する少し前までは島全体が飢饉に見舞われてたって聞いたな。深海棲艦のせいで輸送のままならないから、本当にまずい状況だったんだって。それを見かねてどうにかしようとしたのが泊地の起こりだって聞いたような……」

 

 そう言ったのは、この中で一番古株の蒼龍さんだった。

 

「ような……って適当ね」

「仕方ないじゃん、当時のこと皆あんまり話したくないみたいでさ、ちょっと聞き難いんだよ」

 

 それだけ苦労があったということなのだろう。

 

「今はこうして海上輸送が出来とるからええけどな。もしこれが出来なくなったら大変やで。……そういうわけやから、きっちりお仕事しようなー」

 

 龍驤さんが手をパンパンと叩くと、蒼龍さんと飛龍さんは「はいはーい」と船の後方に下がっていった。

 

 

 

 道雄さんの船は結構な大きさで、積荷も相当な量があった。

 あちこちの島に立ち寄っては積荷を降ろし、その土地の人たちと物々交換をしたり配給したりする。

 どの島でも共通しているのは、道雄さんの船を見つけた人々が歓迎ムードになるという点だ。

 

「道雄さん、どの島でも歓迎されていましたね」

 

 休憩時間、甲板の上で道雄さんにそのことを話してみた。

 

「歓迎されているのは俺じゃないよ。積荷さ」

 

 道雄さんはどこか誇らしげに言った。

 

「この積荷は血と汗の結晶だ。それに――作り手の善意が込められている」

「善意、ですか?」

「農家ってのは自分で作るものに愛情を込めて育てるものだ。大きくなってほしい。美味いと言ってもらえるよう成長して欲しい。そういう善意がたっぷり詰まってるのがこの積荷なんだよ」

 

 得意げに積荷の箱を見上げながら道雄さんは言う。

 自分の仕事に誇りを持っている人なのだ、という感じがした。

 

「少し羨ましいです」

「ふむ?」

「私は――かつて最後の任務で失敗をしてしまいました。守るべきものを守れなかった。だからか、そんな風に自分の仕事に自信を持つことができなくて」

 

 夜間に雷撃を受けて沈んでしまった。その後、護衛対象である船団は大損害を被ったと聞く。人も大勢亡くなった。

 

「……お前さんたちの仕事は大勢の命に関わることだから同列には語れんと思うが、俺たち農家も失敗は何度もする。こちらに落ち度がなくとも起きてしまう失敗もある。それでも、生きている限り腹は減るから、食うものはどうにかしないといかん。どうにかしようとまた食うものを作り始める。その繰り返しだよ」

「諦めなければどうにかなる……ということでしょうか」

「どうにかなるという保証はないなあ。それでも、やらないといかんな、というものがある」

 

 道雄さんの言わんとすることは、少し分かり難かった。

 

「私には、まだよく分かりません」

「ゆっくり考えていけばいい。お前さんはまだ若いからな」

 

 話している間に、次の島が見えてきた。

 

「……言っておくがな、大鷹」

「はい?」

「俺の船が歓迎されるのは、作り手たちの善意が込められた積荷があるからってだけじゃない。その善意をお前さんたちが守ってくれとるからだ。運んでくれとるからだ。今はとりあえず――それを覚えておいてくれ」

 

 言われて、改めて船を見上げる。

 船の周囲で守りを固めている龍驤さん、蒼龍さん、飛龍さんたちを見る。

 確かに――このうちの何が欠けても、島の人たちのあの笑顔はなかっただろう。

 

「ありがとうございます。前は上手くいきませんでしたが――艦娘として、もう一度自分の務めを頑張って果たしたいと思います」

「おう。ただ、あまり気負うなよ。蒼龍たちの緩さも少し見習っておくといい」

「あれ。道雄さーん、呼びましたー?」

 

 自分の名前が聞こえたのだろう。蒼龍さんがこちらに手を振ってきた。

 それがなんだかおかしくて――道雄さんと二人、思わず吹き出してしまう。

 

「あれ、なんで二人して笑ってるのよー!」

 

 蒼龍さんが抗議の声を上げる。

 確かにその様子は良い感じに緩そうで、思わずまた笑ってしまいそうになるのだった。


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