そんなわけでレースです。一回じゃ終わりませんでした。
「……艦娘対抗レース?」
掲示板に貼り出されたチラシを見て、思わず足を止めた。
主催者のところを見ると当泊地の司令部になっている。つまり提督および司令部の面々公認のイベントということだ。
「板部先生、そのチラシが気になるかな?」
いつの間にか長門が横に立っていた。司令部の代表格の一人だ。
普段は凛々しい感じの顔つきなのだが、今はこのレースについて話したい様子がありありと見て取れる表情である。
「ここ最近艤装の改修が進んで速度調整が可能になっただろう。それを活かして皆でレースをしてみようという話が持ち上がってな」
「ふうん、発起人は島風か?」
「いや、私だ」
道理でやたら楽しげなはずだ。
「けど、速度調整ができるからって有利不利はあるだろうし参加者集まるかねえ」
「単純な速さだけを競うというわけでもないからな。なるべく速度の有利不利が解消できるようなルールにはしてある」
チラシをよく見ると、確かに「実戦形式なので妨害行動あり」「装備の使用は自由」「他の参加者と協力行動も可」と書いてある。物騒過ぎやしないだろうか。
レースとしての勝敗は至極単純で、指定のポイントを通過しつつ最終的にゴールへ最初に突入したものが勝者という扱いらしい。コースはこのショートランド島一周とのことだ。
「長門は参加するのか」
「当然だ。今の私は島風の如し、と言ってもいいだろう!」
「言葉の意味は分からんが凄い自信だ」
楽しそうで何より。
少なくとも今回俺は巻き込まれずに済みそうなので、高みの見物と洒落込むかな。
当日、泊地の空き地に設置された中継会場にはそこそこ人が集まっていた。
リチャードを初めとする島の人もいるし、ウィリアム爺さんのような他所の島の人もいる。挙句の果てにはなぜか他所の提督までいる始末だ。暇なのだろうか。
「あ、板部先生」
頭に猫を乗せた望月がこちらを見つけて手を振って来た。隣には初雪もいる。
二人の後ろの席が空いていたのでそこにお邪魔することにした。
「やっぱり二人は参加しないのか」
「するわけないじゃん、こんな疲れそうなの」
「私もやだ……」
長門が聞いたら泣いてしまいそうなくらい酷い評価だった。
『さァーッ、いよいよレーススタート間近ですよう!』
実況席ではマイク片手にノリノリな青葉が全身を動かしていた。こういうイベントごとになると妙に生き生きするのが何人かいる。青葉もその一人だった。
『実況は私青葉が務めさせていただきます。そして解説にはこの御方、当泊地古参の一人、何言ってもこの人ならまあいいかって感じになって後腐れが残らなさそうな人徳の持ち主! SAZANAMIさんです!』
『えー、今日はですね。皆さんの頑張りを見せてもらえることを、えー、期待しております』
相変わらず漣はキャラがよく分からない。今のは誰かのモノマネなのだろうか。
中継所の真ん中に設置された大型モニターには、スタート地点で待機する選手たちの姿が映し出されていた。
優勝候補筆頭、速いといえばこいつしかいない、最速の駆逐艦――島風!
二式大艇を活かして空中戦を挑むのか、戦闘以外じゃ割と有能――秋津洲!
タービンマシマシで最速を手に入れた負けず嫌い、日本が誇る戦艦――長門!
高速戦艦の名を背負い、気合十分元気の子――比叡!
その特性を生かせるのか、予想外の展開を見せて欲しい――伊19!
大量に搭載された魚雷を何に使う気だ、笑顔が怖いぞ――大井!
早い駆逐艦は島風だけじゃない、特型改二の意地を見せるか――吹雪!
軽空母になって優雅なレディっぷりに磨きがかかったか――熊野!
その策謀をもってレースの流れを支配するのか――鳥海!
空の覇者としての力をどう振るうのか、その馬力は伊達ではないぞ――翔鶴!
青葉の熱のこもった参加者紹介が続く。
思ったより参加人数は多めだった。皆意外とイベント好きなのかもしれない。
「二人は誰が優勝すると思う?」
「ん……特型としては吹雪に勝って欲しいけど、やっぱり島風かな……」
「あたしは長門さんだと思うねえ。あの顔、負けることを微塵も考えてない顔だよね」
「長門はいつもそんな感じじゃないか」
二人とそんなことを話しているうちに、レースの開始時間になった。
レース開始のときに流れるような壮大な曲が聞こえてくる。
『それでは――スタートです!』
青葉の掛け声と共に、スタート地点に並んだ艦娘たちが一斉に主機を稼働させた。
スタート直後に集団から飛び出た影は二つ。
島風と秋津洲だった。
「ふっふー、おっそーいー! スロウリィー!」
島風は元々艦娘随一の速力を誇っている上に、タービンを積んで更に速力を増しているようだった。いつも以上に速い。艦隊行動を取る際はこれだけ速いと突出してしまい逆に問題になるが、レースならそんなことを気にする必要はなかった。
「二式大艇ちゃんの速さは泊地一ィィィ、かもっ!」
一方、秋津洲は二式大艇にしがみついて空を駆けるという荒業に出ていた。これは二式大艇の大きさを生かした奇策である。
『島風さん、秋津洲さんが他の参加者を大きく引き離したァー!』
『秋津洲さんはコレもう母艦ってなんだろうなって感じですね』
とは言え秋津洲の作戦は功を奏している。ただ、その快進撃をそのまま許すほど優しい連中はいなかった。
「させません……!」
「落ちてくださいっ!」
「か、かもっ!?」
吹雪の対空射撃と翔鶴の艦戦が秋津洲を乗せた二式大艇を襲う。蜂の巣とはこのことか、哀れ二式大艇は秋津洲を乗せたまま高度を下げて明後日の方向へと落ちていく。
「こ、これで勝ったと思うなかもー! 絶対修理してまた追いつくんだからー!」
断末魔の叫びを響かせながら秋津洲がモニターから姿を消していく。
更に、そんなことをしている間に後続のメンバーたちも少しずつ速度を上げてきた。
「待っていろ島風、重量級はスタートダッシュこそ劣るが最高速度はなかなかのものだぞ……!」
「それゲームの話じゃないの!?」
徐々に追いつきつつある長門に若干怯えながら島風が叫ぶ。
まだまだレースは始まったばかりだった。