S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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ビスマルクはなんとなく平時と戦時ですごくギャップがありそうなイメージがあります。グラーフは常時マイペースなイメージ。


グラーフと豆の木(グラーフ・ビスマルク・レーベ・マックス)

「うむ……。十分に実がなっているな。改めて思うが、大したものだ」

 

 泊地の一角にある艦隊寮。

 その側面にある農園で、グラーフ・ツェッペリンが感嘆の声をあげた。

 彼女が見上げているのはコーヒーノキだ。三年前ビスマルクたちがこの泊地に着任した頃からコツコツと育ててきたのである。

 コーヒーノキはコーヒーチェリーと呼ばれる果実をつける。その果実の中に含まれているのがコーヒー豆だ。

 

「ここまで毎日手入れ大変だったね」

「そうね。でもこうして無事実って良かったわ」

 

 レーベとマックスも嬉しそうだった。コーヒー豆の栽培をしようと思い立ち、一番面倒を見てきたのがこの二人である。

 

「それじゃ収穫始めましょうか」

 

 ビスマルクの号令でドイツ艦娘たちが農園に散っていく。各自の担当エリアは決まっているので、それぞれの動きはスムーズだ。

 コーヒーノキは寒い地域だと育たない。日本でも育てられる地域は限られているという。そういう意味で、南方の泊地に着任できたのは運が良かったと言えるかもしれない。

 

「おや、収穫時期ですか」

 

 果実を手作業で取っているグラーフに、泊地の娯楽室のマスターが声をかけた。

 髭がトレードマークの温和な男で、娯楽室では様々な飲み物を提供している。料理も嗜んでいるようで、マスターの出すもの目当てで娯楽室に行く者もそれなりにいる。グラーフもその一人だった。

 

「ちょうどいいところに来た、マスター。もし手が空いているなら少し手伝ってくれないか。今日はユーとオイゲンが不在でな。手伝ってくれるとありがたい」

「よろしいですよ。その代わり取れたコーヒー豆でコーヒーを淹れさせていただけますかな。どういう出来になるのか興味がありますので」

「勿論。マスターに淹れてもらえるならこちらとしても嬉しい」

 

 グラーフやビスマルクたちも自分でコーヒーを淹れることはあるが、本職のマスターが淹れたものと比べるとやはり味が違うような感じがする。

 ビスマルクが淹れたコーヒーには苦い顔をしていた金剛も、マスターのコーヒーについては美味いと言っていた。

 

「ではちゃっちゃとやってしまいましょう」

 

 マスターはウェイター服のまま袖をまくって実を掴み始める。動きに迷いが全くなかった。

 

「もしかしてマスターは以前コーヒー農園でもやっていたのか?」

「育てるのはやったことないですね。一つの場所に長く留まることがあまりなかったもので。ただ収穫のお手伝いは何度かしたことがありますよ」

 

 穏やかな物腰だからか普段意識されることはないが、このマスターはいろいろと経歴不詳なところがある。

 新たに発覚したマスターの経歴に、グラーフは「ううむ」と唸るのだった。

 

 

 

 一通り収穫を終えた一行は、グラーフたちが所属する艦隊の寮へと戻ってきていた。

 台所ではマスターが慣れた手つきでコーヒーを淹れている。その様子をビスマルクたちが感心しながら見ていた。

 コーヒー特有の香りが漂い始める。鼻腔をくすぐる良い匂いだった。

 

「マスターから見てこの豆はどうかしら」

 

 マックスが少し不安そうに尋ねる。育てたのは初めてなのでどういう出来かは気になるところだった。

 マスターはしばし無言で香りを確かめると、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「私もその道の専門家ではないので偉そうなことは言えませんが……とても良い香りだと思います。私は好きですよ」

「おおー、やったねマックス!」

「そうね、レーベ」

 

 レーベとマックスは互いの手を取って嬉しそうにピョンピョンと跳ねていた。レーベはともかくマックスのこういう姿は珍しい。

 ビスマルクやグラーフは微笑ましげにその様子を眺めていた。

 

「結構な量が取れましたし、せっかくですからこの豆を使ってお菓子でも作ってみましょうか」

「お菓子? コーヒー豆でお菓子を作るの?」

 

 ビスマルクの問いにマスターは「ええ」と頷いた。

 

「挽いた豆をちょっと加えるといつもと違う風味に仕上がるのですよ。クッキー、ゼリー、ケーキ、いろいろなものに合います」

「ふむ」

 

 グラーフが視線を向けると、ビスマルクは黙って頷いた。

 

「……レーベとマックスは何が食べたい?」

「僕はケーキが食べたいな」

「私も」

「ならそれで決まりね。マスター、最高の出来のものを頼むわ!」

「ビスマルクさん、なかなか難しい注文を仰いますね」

 

 そう言いながらもマスターは台所からボウルや薄力粉、ベーキングパウダー等を取り出す。どうやらお菓子作りにも長じているらしい。

 

「たまに思うが、この泊地のスタッフの選考基準はお菓子作りの腕前にあるのではないか……?」

「そういえば皆なんだかんだである程度作れてるわよね……。なんで三人とも私を見るのかしら」

 

 グラーフ、レーベ、マックスの視線を受けてビスマルクがたじろいだ。

 ちなみにこの面子の中で唯一料理が駄目なのがビスマルクである。この場にいないオイゲンやユーこと呂500もある程度は嗜んでいるが、ビスマルクはその点さっぱりだった。

 

「べ、別にいいでしょ。比叡とかアクィラだって駄目じゃない。私だけじゃないもの!」

 

 普段ならオイゲンがフォローに入るところだが今はいない。ビスマルクはムキになって頬を膨らませることしかできなかった。

 

「まあビスマルクが料理できないのはどちらかというとオイゲンのせいな気もするがな」

「それは言えてる」

 

 グラーフの意見にマックスも同意する。

 ビスマルクも過去何度か料理に挑もうとしたことはあるのだが、その度にオイゲンがあれこれと世話を焼いて、結局ほとんどオイゲンがやってしまうことが多い。

 

「ま、まあビスマルクはその分戦闘で大活躍してるし」

「いいのよレーベ。今フォローしてもらうのは逆に辛いわ」

「そういえば新しくやって来たガングートは料理もお手の物らしいな」

「……」

 

 ビスマルクが無言でグラーフの頬を左右に引っ張り始めた。

 グラーフもそれに対抗してビスマルクの頬を引っ張り始める。大型艦二人の大人げない応酬である。

 

「あれは止めなくていいのでしょうか」

「いいんだよ、マスター。あの二人はあれで仲が良いんだ」

 

 レーベがひらひらと手を振りながら言った。

 そんなやり取りをしているうちに、コーヒー豆を混ぜ込んだカップケーキが出来上がった。

 コーヒーよりも控えめではあるが、ケーキの甘い香りにほんのりとコーヒー豆らしき匂いも含まれている。

 

「少し多めに作ったので寮の皆さんにも配りたいのですが良いでしょうか? もし評判が良ければ娯楽室のメニューに追加したいのですが」

「いいわよ。マスターのレパートリーが増えるのはこちらとしても願ったりだわ」

「それじゃ、僕たち皆を呼んでくるよ。行こう、マックス」

 

 レーベがマックスの手を取って寮の二階へと向かっていく。他の皆を呼びに行ったのだろう。

 

「では我々は皆の分のコーヒーとケーキを並べるとしようか」

「そうね。ケーキはオイゲンとユーの分も取っておいてあげましょう」

「あの二人もコーヒーノキを一生懸命育てていたからな」

 

 二人の分のカップケーキを容器にしまうグラーフたちを、マスターは穏やかな表情で見守るのだった。


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