昨年ほど致命的な問題も起きず、難易度もちょうどいい塩梅で個人的には満足でした。
新艦も皆良い感じですが、特に神威さんが良いですね。あんなお姉さん近所にいてくれたらな……。
「寒いわね……」
そうぼやいたのは祥鳳だった。普段と異なりコート姿で身を固めている。
彼女がそんな恰好をしているのには理由があった。ここは彼女にとって住み慣れたソロモン諸島ではなく、北海道の北端にある前線基地なのである。
冬ではないので想像を絶する程の寒さというわけではないのだが、南方から来た身としてはどうしても寒く感じてしまう。
「私たちは艦艇時代含めて南方が主な活動場所だったもんね」
白い息を吐きながら同意したのは祥鳳の妹・瑞鳳だった。彼女も普段より厚着である。
「北方にある拠点の子たちと話すと『これくらいでだらしない』って言われるのよねえ」
「南方に来ても同じこと言えるのかしらね……」
二人が今いるのは野営用のテントだ。前線基地と言っても緊急事態に対応すべく急造したものなので、ほとんどの艦娘はテントで寝泊まりしている。
姉妹揃って寒さに耐えていると、そこにひょっこりと多摩が顔を出した。
「その様子だと大分寒さに参ってるようにゃ」
「寒いよぅ」
「昼間はともかく夜間は結構冷えるもの」
「同じようなことを他のテントで既に何回も聞いてるにゃ」
そういう多摩は割と平気そうだった。彼女は艦艇時代方作戦に参加していたこともあるし、そういう縁もあって艦娘になってからも頻繁に北方へ派遣されていた。寒さには慣れているのかもしれない。
「寒いときはこいつをやると良いにゃ」
多摩は持っていた徳利を掲げてみせた。
「もしかしてその中身は熱燗?」
「ご明察にゃ」
日本酒好きな祥鳳と瑞鳳はゴクリと喉を鳴らした。同じ軽空母の隼鷹や千歳の飲みっぷりのせいであまり目立たないが、この二人もお酒はそれなりに飲む。
三人それぞれ器に注いでグイと一杯飲み干す。この寒さの中で身に染み入る暖かさだ。
「ま、身体冷やさない程度に抑えておくのが大事にゃ。まだこの作戦が完全に終わったわけじゃにゃいし、酔っ払ったままだと大変なことになるにゃ」
「さすがにそんな艦娘は――」
否定しかけて瑞鳳は言葉を止めた。何人か思い当たる節がある。
「でも、お酒の飲み過ぎはともかくこういう場には何か美味しいお肉が欲しくなるわね」
「あー、それは分かる。なんというかお肉たっぷりの鍋を食べたくなるね」
「さすがに鍋は持参してないにゃ……」
多摩が肩をすくめてみせた。
そこにコートを羽織った木曾が顔を出した。
「なんだ、多摩姉ここにいたのか」
「どうかしたにゃ?」
「大湊の提督から鍋の材料もらったんだよ。せっかくだからウチから出向してきてるメンバー集めて鍋パーティでもやろうぜ」
噂をすればなんとやら。
木曾の提案を断る理由はどこにもなかった。
幸い天気は問題なかったので、S泊地のメンバーは互いのテントの中心部で鍋をすることにした。
今回北方に派遣されてきた人数は五十名を超える。鍋パーティもそれなりの規模になっていた。
「あ、祥鳳さん。瑞鳳さん。お疲れ様です」
丁寧な挨拶をしてきたのは綾波型のネームシップである綾波だ。今日の日中、作戦行動をともにしたばかりである。
綾波の周囲には他にも伊勢、ウォースパイトや最上・三隈といった今日の作戦の参加メンバーがほとんど揃っている。
「叢雲ちゃんや利根さんたちもさっきまでいたんですよ。入れ違いになっちゃいましたね」
皆鍋の誘惑には勝てなかったということらしい。
「いつもと違うメンバーでお鍋を囲むというのも悪くありませんね」
そう言いながら美味しそうに肉を頬張っているのはウォースパイトだった。ただもっきゅもっきゅ食べているだけのはずなのだが、よく分からない気品を感じる。作戦行動中は凛々しく頼りになるのだが、こういう姿を見ていると戦艦の艦娘であることを忘れてしまいそうだ。
「お、祥鳳たちも来たんだね。どう、もうちょっと飲まない?」
伊勢の顔はかなり赤らんでいた。既にそこそこ飲んでいるらしい。
その横では阿武隈がぐったりと横になっていた。伊勢にしこたま飲まされたようである。
「もう、駄目ですよ伊勢さん。ほら、少し酔い覚ましにお野菜どうぞ」
綾波が白菜山盛りの器を伊勢に差し出す。
「いやあ、食も酒も進む。こういうのもいいよね」
「同感ね。私としてはウイスキーがあればより嬉しかったけれど……」
「そこまで贅沢言うな。大湊の提督の財布が大破する」
木曾が窘めるように言う。
「けど、ウチの泊地じゃこうやって鍋囲む機会はあまりないから寒いのも悪くないって気はするわね」
早速取り分けてもらった肉を食べながら祥鳳が言った。
S泊地は南方にあり、一年を通してあまり気候が変化しない。基本的に高温多湿なのであまり鍋を食べることはなかった。
「さっきまで寒いの辛いって言ってたのに。結構ちゃっかりしてるんだから」
そう言いつつ瑞鳳も綾波からもらった肉や野菜を食べる。たっぷりと沁み込んだ鍋の味。先ほどの熱燗と相まって身体がポカポカと暖まる。
「ん~、最高。働いた後のご馳走は格別ね」
「ある意味艦娘になって一番良かったことかもしれないわね。艦艇時代じゃ味わえなかったし」
「そう言っていただけると嬉しいですね」
「あら、大湊の提督さん」
ひょっこりと現れた大湊の提督に、慌てて祥鳳たちは敬礼した。既に酔いが回っている伊勢と潰れている阿武隈は例外である。
「楽になさってください。今回私は皆さんに助けていただいている身ですから」
大湊の提督は物腰柔らかな壮年の男性だった。妻子持ちで、ときどき娘さんがお弁当を警備府に持ってくる様が微笑ましい、というのが大湊の艦娘たちの評である。
現在大湊以北に大規模な深海棲艦の群れが集まっており、事態を重く見た大湊提督の要請でS泊地の面々も助っ人として呼ばれたのだ。現在も作戦は継続中で、単冠湾にある泊地の面々とは合流できたものの、幌筵とは断片的にしか連絡が取れていないという状況である。
「私は直接深海棲艦と戦う術を持ちません。ただ、皆さんのコンディションをベストな状態に持っていく努力はできます。この食事もその一環ですので、遠慮なさらず」
「そういうことなら」
祥鳳は手にした徳利から熱燗を注いで、大湊の提督に杯を渡した。
「お互い、明日からも頑張っていきましょう」
「そうですね。よろしくお願いします」
共に戦う仲間として短い乾杯を済ませる。
戦いがどう転ぶかは分からない。ただ、この場にいる者たちに不安そうな表情を浮かべる者はいなかった。