S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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艦娘になってからの期間の方が長い子もいる……という話を見かけてなんとなく書きたくなった小話です。


艦としてのこれまでと(長波・高波)

 教室に来てだらだらと過ごす。

 今日は授業日ではないので、特に教壇に立つわけでもなく、適当に空いた席で技術誌を読んでいるだけだ。仕事部屋は最近サーバーがすぐに熱くなるので読書できる環境ではない。その点ここはオープンで風通しもいい。

 

「板部先生、暇そうだな」

 

 教室の入り口からひょっこりと長波が顔を出してきた。夕雲型の一員で、妙に男気溢れる子だ。

 

「まあな、暇してるぞ」

「だったらちょっと来てくれよ。力を貸して欲しいんだ」

「別に構わんが」

 

 雑誌を閉じて腰を上げる。

 

「珍しいな、長波でも手に余る事態か?」

「ちょっとな。どうしたらいいか分からないんだよ」

 

 長波に引っ張られていくと、浜辺の岩に腰を下ろしてぼーっと彼方を見ている高波がいた。

 

「……どうかしたのか?」

「それが分からないんだよ。あたしが何言っても生返事っていうか」

「ほう」

 

 長波と高波は同じ夕雲型の中でも取り分け仲の良い印象があった。特に高波の長波への懐きようは凄い。

 そんな高波が長波にほとんど反応しないというのは奇妙な話だった。

 高波の隣に腰を下ろし、一緒になって空を見上げてみる。今日は快晴で陽射しが強い。インドア派には少々暑かった。

 

「暑くないか」

「……大丈夫かもです」

「かもってことは、大丈夫じゃないかもしれないのか」

「かもです」

「……」

「……」

 

 まいった。会話が流されている。

 

「高波、なんか悩みでもあるのか? おじさんで良ければ相談に乗るが」

 

 そういうと、高波はゆっくりとこちらを見た。

 

「板部先生は……何歳ですか?」

「俺か。俺は三十三歳だな」

「何歳くらいのときに、将来のことって考えましたか」

 

 将来のことというのは進路とかそういう話だろうか。

 改めて自分の人生を振り返ると、そのときそのときで適当にやってきた記憶しかない。きちんと将来のことを考えたことなど一度もなかったのではあるまいか。

 

「う、うーん……。十四とか十五の頃かな。あの頃はIT業界が盛り上がってるように見えたから、俺もいつか社長になってやる、とか思ってたかもしれない」

 

 記憶を必死に掘り起こしながら答えを無理矢理捻り出した。さすがに一切考えてなかったとは言えない。

 高波はコクコクと頷いて「十四とか、ですか」と呟いた。

 

「……もしかして将来のことで悩んでるのか?」

 

 反対側に腰を下ろした長波が尋ねると、高波は遠慮がちに首肯した。

 

「少し前の遠征で、他の駆逐艦の子たちと話をしたんです。皆、この戦いが終わったらどうしたいかしっかり考えてて……でも、わたしは何も考えてなくて、高波は何かやりたいことあるのって聞かれても、上手く答えられなかった、です」

 

 それで将来のことを考えていたというわけか。

 なんというか、真面目で誠実な高波らしい。

 

「そんなに焦らなくてもいいと思うぜ。だってあたしたちまだ数年しか生きてないし。艦艇だった頃含めても十に満たないだろ。将来のことを考えるのも大事だけど、考えられるようにするためにはまだまだ学ばないといけないことが多いんじゃないか?」

 

 長波の言葉に、少しはっとさせられた。

 艦娘としての姿をしているから普段は意識していないが――この子たちが生きてきた期間というのはとても短い。

 人間とまったく同じように考えるのは少し違うかもしれないが、そんな彼女たちが人間を守るために命を賭して戦っているというのが痛ましく思えてしまった。そして同時に、戦いが終わった後、この子たちがどうなるのかということに不安を抱いてしまう。

 

「……まあ、そうだな。長波の言う通りだと思う」

 

 内心の動揺を悟られないよう意識しながら話す。

 

「高波なんて三歳にもなってないんだろ。だったら将来のことなんか気にするよりも、今は目についたものに何でも飛び込んでいくくらいでいいのさ。将来のことを考える時間はまだまだある」

「でも、何も決められないままこの戦いが終わるかもです。戦いが終わるのは嬉しいけど……そのとき、わたしはどうなってるんだろうって思うと」

「子どもがそんなこと不安に思うもんじゃない。皆が将来を決めるための時間は、俺たち大人が作ってやる」

「へえ」

 

 長波がニヤリと笑った。

 

「な、なんだよ」

「いやー、板部先生が珍しくちょっと格好つけてんなーと思って」

「うっさい」

 

 しっしと手を振る。実際格好つけたので気恥ずかしかった。

 

「ま、先生もこう言ってるし、泊地の他の人たちもそういう風に考えてくれてる人は多いと思うし、あんま気にするなよ。なーに、決められなかったらこの長波様が養ってやるって」

 

 なぜだろう。

 頼もしさで長波に完敗したような気がした。

 

「……二人とも、ありがとうです。そうですね。悩むより今はいろいろやってみる、です」

 

 高波は小さな拳を握り締めて気合を入れる。

 先ほどまでのぼんやりとした様子は、もう見受けられなかった。

 

 

 

 それから数日後。

 サーバーの熱気が漂う仕事部屋に、長波がやって来た。

 

「この前の御礼言ってなかったと思ってさ」

 

 そう言って長波は扇子を持ってきた。なかなか洒落た意匠だ。

 

「遠征先で面白そうだから買ってきたんだよ。先生いつも部屋暑いって言ってたろ。……うん、これは実際暑いな」

 

 ぐへえ、と言った顔つきの長波を、もらった扇子で扇いでやる。

 

「そういえば高波にはああ言ってたが、長波には何か将来の目標とか夢ってあるのか?」

「ん? ああ、あんまり具体的なビジョンはないけど、なってみたい職業はあるぞ」

「へえ、どんなんだ?」

「教師!」

 

 びしっとこちらを指差して高らかに宣言する。

 確かに長波は面倒見も良さそうだし、子どもたちからは好かれそうな教師になりそうだ。

 

「言っておくけど、俺みたいにはなるなよ。俺は専業じゃないしあんまり参考にならんぞ」

「分かってるよ、板部先生は反面教師にするから」

「うまいこと言ったつもりか」

 

 お後が良いのかどうなのか、判断に苦しむところだった。

 

「……早くそんな日が来るといいな」

「来るさ。時間は良くも悪くも止まってないんだぜ?」

「時間はな。戦いはいつ終わるか分からんだろう」

「そこはあたしたちの頑張りどころだな」

 

 じゃーな、と手を振って去っていく。

 高波も長波も、将来の夢をきちんと考えている時点で十四の頃の自分よりずっと立派だ。

 

「夢。夢ねえ」

 

 将来の夢――というには年を取ってしまった気もするが、今はあの子たちの将来を見守りたい、というのが夢かもしれない。

 そういう夢も悪くはない。そんな気がした。


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