今年はどんな展開を見せてくれるのか楽しみです。
休憩時間、保健室から出て煙草を吸っていると、カメラを持ったあきつ丸と長月が通りかかった。
「おや、道代先生。休憩時間でありますか」
「そんなとこ。二人は写真撮影?」
「そんなところだ」
長月が心なしか自慢げにピカピカのカメラを掲げてみせた。どうやら給料を貯めて新品のカメラを買ったらしい。コンパクトなデジカメで、小柄な長月が持っているとなんだか可愛らしい印象を受ける。
一方のあきつ丸は使い古された感のある一眼レフカメラを持っていた。かなりの年代物に見える。
二人は何か波長が合うらしく、時折一緒に行動しているのを見かけることがある。
「長月殿が新しいカメラを試したいというので泊地内のあちこちを回っているのであります」
「せっかくだから道代先生も撮っておきたいが、いいだろうか」
「ん、別に構わないわよ」
煙草を灰皿に押し当てて、白衣をぱっと伸ばす。
二人のカメラがそれぞれシャッター音を鳴らす。
「あとで写真ができたらお送りするであります」
「ちなみに青葉とかに提供求められたら渡しても構わないだろうか」
「別に構わないわよ」
青葉は定期的に新聞やSNSの記事を作成している。そういうところで写真を使っていいかどうかということだろう。これまでも何度か使われているし、今更隠すようなものでもない。
「けど、写真か……。懐かしいわね」
「道代先生も写真撮影していたのか?」
「若かりし頃にね。大学の頃とか友達と一緒にあちこち旅行に行って風景とか撮って回ってたわ」
「そういうことなら、せっかくだしご一緒にどうでありますか」
「うーん、そうね。今保健室にいるのは二日酔いの隼鷹くらいだし……放っておいても問題はないか」
一応保健室前に不在であることを示す紙を貼り付けておく。携帯番号も記載しておいたので問題はないだろう。
「それじゃ、泊地撮影隊出発よ!」
「おー!」
「おー、であります!」
何か狙いがあるというわけでもないので、適当に泊地内をぶらぶらと歩いて回る。
広場に足を運ぶと、そこにあるベンチですやすやと寝息を立てているまるゆと呂500の姿があった。当然陸地にいるので水着姿ではなく私服姿だ。
「遊び疲れてそのまま眠ってしまったという感じでありますな」
「なんか子どものこういう姿見ると平和って感じがするわね」
戦いを生業とする艦娘ではあるが、せめて陸地にいるときくらいは平々凡々な生活を送って欲しい。この泊地を最初に作った提督はそんなことを願っていた。
「無許可だけど写真撮っちゃおうか」
「いいのか?」
「だって起こして許可取ったら寝顔は取れないじゃない。それに起こすのも悪いし」
「それはそうでありますが……」
いいのかどうか躊躇う二人からカメラを借りてシャッターを切る。
あきつ丸の方は分からないが、長月のカメラはすぐにどんな風に撮れたか確認できる。我ながら良い写真が撮れた。
「皆さん集まって何をしているんですか?」
そこに重巡姉妹――高雄と愛宕が通りかかった。
「ちょっと平和の象徴を形に残しておこうと」
そういってデジカメの画面を二人にも見せる。
「わあ、可愛いわね」
愛宕には好評のようだったが、高雄は若干苦い顔つきをしている。
「駄目ですよ、寝顔を無断で撮るのは」
「えぇー、ちゃんと二人が起きたら許可は取るわよ。消せって言われたらちゃんと消すつもりだもの」
「二人は嫌とは言わないでしょうけど、寝顔を撮られるのはあまりいい気分ではないと思います」
高雄の顔つきは説教モードのときのものになっていた。こうなると高雄はうるさい。
「分かった分かった、消しておくって」
長月のデジカメからデータを削除する。あきつ丸の方は後で写真を現像する際に処分すればいいだろう。
「んじゃ、せっかくだし二人撮らせてくれない?」
「え?」
まさか自分に矛先が向けられるとは思っていなかったのか、高雄はきょとんとした表情になった。
「あら、いいわね。高雄、せっかくだし撮ってもらいましょうよ」
「わ、私はいいわよ。その、撮ってもらえるほど今お化粧とかしてないし……」
「別にすっぴんでもいいじゃない。そのままでも美人なんだから」
皮肉でも何でもなく本心からそう思う。
が、言われた高雄は急速に顔を赤くしてしまった。
「み、道代先生! そういうことをさらっと言うのはナシです。反則です!」
「なに照れてるのよ、愛宕を見習いなさい。全然動じてないわよ」
愛宕はニコニコとしながら高雄の様子を見守っていた。一応高雄の方が姉のはずだが、たまにどちらが姉か分からなくなる。
「ほらほら高雄、先生の方を見て」
「い、いいわよ。愛宕だけ撮ってもらえばいいじゃない」
「……まどろっこしいなあ。あきつ丸、長月」
「ラジャー」
「ラジャーであります」
二人はさっと高雄の両脇を固めた。更に後ろから愛宕に抱き着かれて、高雄は完全に身動きが取れなくなってしまう。
「あ、ちょっと! やめなさい、離れなさいってば……!」
「おーい、高雄ー」
「な、なんですか!」
高雄が真っ赤な顔をこちらに向けた瞬間、シャッターを切った。
写真を撮られてポカーンとした顔をしているところも、すかさずもう片方のカメラで撮る。
「見せて見せて」
愛宕がせがむのでデジカメを渡してやる。
「わあ、高雄可愛い」
「やめて! 言わないで!」
「ちなみに、この写真は消さなくてもいいかな」
「消してください!」
高雄はブンブンと頭を振る。
しかし写真に入っている他の三人は「消さないでおこう」と言ってきた。
「多数決なら仕方ない。取っておこう」
「う、うぅ……」
高雄が膝をついてしまった。
さすがにちょっと気の毒に思えてきた。自分も少し悪ノリし過ぎたかもしれない。
「……ほ、本当に嫌なら消すけど」
「別にいいです。ただ青葉への譲渡は勘弁してください」
「分かった分かった」
そんなことを言い合っている間に、まるゆと呂500が起きてきた。
「あれ、あきつ丸さんたち……どうしたんですか?」
「道代先生、カメラ持ってるですって!」
カメラが珍しいのか呂500が食いついてきた。まるゆも興味深そうにこちらを眺めてきている。
「長月、ろーちゃんたちに見せてもいいかな?」
「ああ、いいぞ」
長月からデジカメを受け取った呂500は沢山ついているボタンを物珍しそうに見ていた。
考えてみればこの泊地ではカメラを扱う者はほとんどいなかった。珍しがるのも無理はない。
「私たちは今泊地のあちこちを撮影して回ってるのよ。どう、二人も来る?」
「いいんですか?」
「行ってみたい、ですって!」
新たな隊員を加えて、泊地撮影隊が行く。
平々凡々な日常の写真を見て、いつか懐かしむ日が来るのだろうか。
ふと、そんなことを思った。