「また三越と組んでのPRね……」
泊地内に貼り出されたポスターを見て五十鈴が溜息をついた。
そこに映し出されているのは榛名である。もっともここの榛名ではなく、横須賀の榛名だ。同じ艦の艦娘ではあるが、顔つき等細かいところに違いがある。
「私もたまには東京行ってお洒落な買い物でもしてみたいわ……」
「相当長い有休もらうか飛行機手配するかしないと駄目だね」
名取が残念そうに言った。
飛行機なら乗り継ぎの待ち時間にもよるが、片道数日程度で東京まで行ける。夏冬それぞれ東京に行っている秋雲が使っているルートがこれだ。ただし深海棲艦の存在によって空の旅も安全とは言えなくなっており、その影響で料金が深海棲艦出現前と比べてもべらぼうに高い。
安上がりで済ませるなら自力で海路を行く方法だ。しかしパプアニューギニアや台湾を経由して日本に行こうとすると片道だけで十日以上かかってしまう。往復することを考えると一ヵ月近く休みを取らないといけない。私用でそこまで休みを取って東京まで行く艦娘は今のところ皆無である。
「ここも悪くないんだけど、なんかずっとこう大自然の中にいると、たまに都会の喧騒が恋しくなるのよね」
「逆に横須賀の子たちはこっちの自然に憧れてるみたいだけどね」
「ないものねだりってことは分かってるのよ。でも憧れるのよ!」
五十鈴が拳をわなわなと震わせる。
「基本うちは『ないものは自分たちで作れ』がモットーだけど……さすがに三越は持ってこれないかな」
「無理無理。海外出店してるって聞いたことはあるけど、こんな人の往来が少ないところに誘致するなんて無茶だわ」
泊地ができる前に比べれば格段に人の往来は増えたらしいが、それでも店を構えてやっていけるほどではない。
「そもそも人ってどうやったら来てくれるようになるのかな?」
「そりゃ、それこそPRいっぱいしてこの泊地がいかに良いところかを宣伝していくしかないんじゃない?」
「良いところ……」
名取が首を傾げる。外部の人にお勧めできるようなポイントが思い浮かばないらしい。
「住むには良いし会社としても悪くはないと思うけど……第三者にアピールできるところってあるかなあ」
「強いて言えば間宮食堂と居酒屋鳳翔だけど……あんまり客増やして負担かけさせたら悪い気もするのよね」
どちらも外部の客まで想定した規模ではない。あくまで泊地内の人々をサポートすることを想定した施設だ。
「PR活動、面白い試みだと思います」
と、そこに突如大淀が顔を出した。
「びっくりした。いつから聞いてたのよアンタ」
「割と最初から。ところで五十鈴さん、名取さん。実は私もこの泊地は常々アピールが欠けていると考えていたのです」
「は、はあ」
二人は眼鏡をきらりと光らせる大淀に圧された。
彼女は提督や叢雲と並んでこの泊地の運営の中心人物で、特に資金管理・運営を主な担当としている。決して潤沢とは言えない資金のやり繰りには常々苦労しているようで、時折飲み仲間と深酒をしている姿が目撃されていた。
「そもそも横須賀がPR活動に勤しんでいるのは、艦娘という存在を人々に受け入れてもらおうという表向きの狙いの他に、企業とのコラボレーションで収入を得ようという裏の目的もあるのです」
「そ、そうなの?」
「そうに違いありません。でなければあんな贅沢な施設が、設備が揃えられましょうか!」
大淀は肩を震わせた。
「そんなわけで私も何かとコラボしたいと考えていたのです。なぜか歴代の提督や叢雲さんには毎度却下されていましたが」
「え、なんで?」
「他にもっとやることがあるから、だそうで」
確かにこの泊地は常にやることが山積みだった。深海棲艦との戦い、近海の防衛、日頃の訓練は当然として、泊地の設備拡張、島の人々の支援、ソロモン政府からの依頼遂行等。なかなか広報活動までしている暇はなかったのだろう。
「しかし最近は泊地の設備も十分なものになってきてますし、ソロモン政府からの急ぎの依頼なんかもありません。艦隊の練度も大分高水準になってきましたし、そろそろ資金面の安定化を狙って本格的に動いていくべきだと思うのです!」
「わ、分かった。分かったから!」
落ち着けどうどうと五十鈴が興奮気味の大淀を宥める。
日頃よほどストレスが溜まっているのだろう。今度久々に飲みに付き合ってやった方が良いだろうかと考えてしまう。
「でも企業と組んでのコラボって、大分お金とかかかるんじゃないですか……?」
「大々的なものは無理ですね。うちの予算じゃそんな大それた企画は展開できません」
大淀がずばっと言い切った。定期的に予算状況は泊地内の艦娘に知らされるが、確かに赤字になるかならないかというケースが多かったような印象がある。
「まずはお金をほとんどかけずに工夫でどうにかなりそうなところから攻めていくのが良いですね」
「それが簡単にできれば苦労はしないわよ……って言ったら話が進まないか。そうねえ」
五十鈴も唸りながらいろいろと思索してみるが、これといった案は出てこない。
「あっ、珠子さんにお願いしてみるのはどうかな?」
名取がポンと手を打った。
珠子というのはこの泊地内の教会のシスターだ。
「珠子さん、ときどきお菓子作って島の人たちに配ってたりするでしょ? ホニアラに行くときはそっちでも配ってるって言うし。それをもう少し本格的にやってみる、とか」
「なるほどお菓子ですか。この泊地オリジナルのお菓子とか作れば知名度向上にも繋がりますし、そこまで予算もかからないので良いかもしれませんね」
「その代わり経験は必要だけどね」
本格的にやっていくなら相応の人数でお菓子作りに挑まねばならないはずだ。
お菓子作りの経験がある者をある程度揃えなければならない。
「ちなみにお二人は? あ、私はさっぱりです」
「私もあんまりできないわよ」
「わ、私は少しなら……」
「おお!」
控えめに言った名取の手を、大淀ががっしりと掴んだ。
「では早速他のメンバー探しといきましょうか、名取さん。あ、今お時間空いてますか?」
「え? あ、はい」
そこで空いてないと言えない辺りが名取の性格を表していた。
「では五十鈴さん、妹さんを少しお借りしますね」
「あー、はいはい。あんまりこき使っちゃ駄目よ」
「善処します!」
すっかり乗り気になってしまった大淀に引きずられていく名取を見送りながら、五十鈴はぽつりと呟いた。
「名取一人だけじゃ潰れそうだし、後で由良と阿武隈も派遣しておくべきかしら……」
以下、今回の後日談。
大淀プロデュースで作られた泊地煎餅は物珍しさもあってソロモン諸島内でそれなりに高評価を得た。
ただ、見た目は完全に普通の煎餅だったためPR効果は薄く、泊地を訪れる人の数はさして変わらなかったという。