S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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呪いの人形は教会で適切に処分しました。


返礼は心を込めて(最上・扶桑・山城)

「このままじゃ最上型存続も危ういんだよ」

 

 沈痛な面持ちでそう呟くのは最上型のネームシップである最上その人だった。

 ここは鳳翔さんが営んでいる小料理屋である。最上の正面に座っているのは扶桑と山城だった。

 

「ええと……何があったの、最上?」

 

 扶桑たちの頭上には、はてなマークが浮かんでいた。最上から相談があると言われてここに来たばかりである。いきなり存続の危機と言われても状況がよく分からない。

 

「実は三隈たちを怒らせちゃったんだよね……」

「何したのよ、あなた」

「結論だけ先に言うと、ホワイトデーのお返しに失敗したんだ」

 

 理由を口にした途端、扶桑たちの眼差しに非難の色が加わった。

 

「それは最上が悪いわ」

「ちょっと待ってよ、少し言い訳もさせて欲しい。実はボク、ホワイトデー当日は護衛任務で泊地を離れてたんだ」

 

 それは扶桑たちも知っていた。食堂に居合わせた鈴谷たちが話しているのを聞いたのである。

 

「で、護衛任務で立ち寄る予定だったところで何か買おうと思ってたんだけど、なかなか良いのが見つからなくて」

「それで何も買わずに手ぶらで帰ってきたと」

「いや……今思えばその方が良かったのかもしれない」

 

 そう言って最上はポケットから何か形容しがたい人形を取り出して見せた。

 

「何か買わなきゃと思って適当に選んだんだけど……」

「これ選んだの?」

「なんか呪われそうなデザインね……」

「実際そういうものだったらしいんだよ」

 

 最上が困ったように頭をかく。

 

「なんか面白い形してるなーと思って買ったんだけど、これどうやら呪いのアイテムらしくてさ。見た目だけでもドン引きされたんだけど、たまたま居合わせた島の人に『それ持ち主に不幸をもたらす道具だから早く捨てなさい』って言われちゃって……」

 

 そんなことがあったのでは誰だって怒る。

 

「最上に悪気があったわけではないとしても、これは何かアフターケアが必要ね」

「そうなんだよ。けど、こういうときどうしたら良いか分からなくてさ……」

「それで相談に乗って欲しい、ということだったのね」

 

 とは言え扶桑たちもそこまでこの手の話に強いというわけではない。

 

「うーん……やっぱり普通に、お返しのリベンジをするしかないんじゃないかしら」

「リベンジか……。そうだよね。なんかもう後がないから怖い気もするけど」

「よっぽど変なものを選ばなければ問題はないと思うけど。最上は何か案持ってるの?」

 

 山城の問いに最上は頭を振った。

 

「キャンディ・クッキー・マシュマロとかそういう定番のしか思い浮かばない」

「別に奇をてらう必要もないしその中から選べばいいんじゃない?」

「そっか。何かプラスアルファを用意した方が良いのかなと思ったけど」

「その手の配慮は余計な失敗を生むだけだと思うの」

 

 少なくとも、一度失敗している現状そんなリスクを抱え込むのは得策ではない。

「分かった。それじゃキャンディを用意しよう!」

 

 

 

「では折角ですし三隈さんたちの顔が描かれたキャンディを作ってみましょうか」

 

 突然の提案に最上たちの動きが止まった。

 ここは教会の側にある台所である。普段はここで教会を訪れる人々や艦娘のためのお菓子や料理を作っているという。

 最上たちはここでシスター・伊東珠子にキャンディの作り方を教えてもらっていたのである。

 

「……えーと。それって簡単にできるの?」

「意外と簡単ですよ。大丈夫です、私がお手本を見せますので」

 

 シスター珠子はとても若々しいが、様々な事柄に詳しい。お菓子作りもお手の物で、てきぱきと手を動かしてあっという間に最上の顔が描かれたキャンディを作ってみせた。

 

「はい、こんな感じです。簡単でしょう?」

「ま、まあなんとかできそう……かな」

 

 出来上がった自分の顔のキャンディを眺めながら最上が頷いた。

 

「綺麗に描けたら三人とも喜びますよ」

「うぐっ……」

 

 無自覚にプレッシャーをかける珠子に最上は胸を押さえた。意外とプレッシャーには弱いのである。

 

「こんなことなら秋雲に絵の勉強教えてもらっておけば良かったかもしれない」

「大丈夫よ最上」

「そうよ、なんとかなるわ」

「完全に他人事モードになってるよね二人とも!?」

 

 扶桑と山城は最上とは別に独自のキャンディを作っていた。

 

「私そこまで器用ではないけど、こんなのが出来たもの」

 

 そう言って扶桑が披露したのは扶桑型の艦橋を模したキャンディだった。妙に精巧な作りをしていて、むしろ食べにくい。

 

「では最上さんもチャレンジしてみましょう」

「が、頑張ります……」

 

 とにかく変な形にならないように――それを徹底的に心掛けながら時間をかけて作業を進めていく。

 やがて日が暮れる頃、どうにか三人分のキャンディが出来上がった。何度も念入りに確認してみたが、描かれた顔に不自然な点は見受けられない。

 

「お疲れさまでした、バッチリですね」

「ありがとうございます……。あとはどうやって渡すかだなあ」

 

 あれ以来、三隈たちとは顔を合わせにくくなってしまっている。直接渡すよりもこっそり置いておく方が良いのではないか、という気もしていた。

 しかしそんな最上の考えは、その場にいた全員に却下された。

 

「駄目よ最上、そこはきちんと真正面から渡さないと」

「姉様の言う通りよ。きちんと謝らないと」

「皆さんも直接渡してくれた方が喜ぶと思いますよ」

 

 退路が完全に塞がれる形になり、最上はお腹を押さえた。どうやら胃が痛くなったらしい。

 

「うう……で、でも確かに三人の言うことはもっともだ。直接渡さないと駄目か……」

 

 うん、と頷いて頬を叩いて気合を入れる。

 

「ありがとう、それじゃ三人に渡してくるよ! 今回のお礼はまた今度ね!」

 

 そう言って最上はキャンディを詰めた袋を持って駆け出していった。

 

「まったく、世話が焼けるわね……」

 

 そう言った山城の表情には、どこか安堵の色が見えた。

 

「青春って感じがしますね」

 

 珠子がニコニコしながら言う。

 

「それじゃ山城、私たちも行きましょうか」

 

 と、扶桑が大きめの袋を掲げる。

「……姉様、それは?」

「扶桑型艦橋キャンディ、とりあえず西村艦隊皆の分を作ってみたの。皆喜んでくれるかしら」

「なにしてるんですか姉様」

 

 

 

 以下、今回の後日談。

 一生懸命作ったキャンディをプレゼントしてもらったことで、最上型分裂の危機はどうにか避けられた。

 一方、なぜか泊地ではしばらくの間、様々な種類の艦橋キャンディが流行ったという。


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