S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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今回のイベントで出番のなかったメンバーの裏話というか。
内容とは関係ないですが朧は限定グラがどれも破壊力高くてとても良いと思います。


神社でまったり(扶桑・山城・秋雲・瑞鶴・朧)

 泊地の片隅にある寂れた神社。

 ここは艦の御魂を祀る役割を担っている神社だ。

 艦娘の在り様にも関わる重要な施設なのだが、存在そのものが重要であって普段何かするような場所ではないため、一部の時期を除けば人気はほとんどない。

 ここにいるのは神主の尼子老人と、何人かの物好きな常連くらいである。

 

「なんだかここにいると、日本にいるような気分になるわね……」

 

 そう言いながらお茶をすするのは扶桑だ。あの否応なく目立つ艤装は引っ込めている。私服で縁側に腰を掛けているその姿は、どこかこの神社の巫女のようにも見えた。

 

「これでもう少し涼しければ言うことはないんですけど……」

 

 扶桑の横で団子をかじっているのは山城だった。

 

「そうね……。あ、でも東京の方がむしろ暑いときもあるって言うわよ?」

「東京はコンクリートジャングルだと横鎮の山城が嘆いていました。真夏の軍艦の密集地帯を思い浮かべろって……」

「なんでそんなところに皆集まっているのかしらね」

「そこは順序が逆なんじゃないですか? 人が集まるからそんな風になったんじゃ」

 

 と、二人の会話に入り込んできたのは少し離れたところで絵を描いていた秋雲だ。

 

「そういえば秋雲は東京に行ったことがあるそうね」

「夏と冬は行ってますよー。あれはもうやばいですね、どこに行っても人目がある感じ」

「常に監視の目が光っているのね……。なんだか恐ろしいわ」

 

 そんな他愛もない話をしていると、ふすまが開いて瑞鶴が顔を出した。眉間にしわを寄せて苦々しい顔をしている。

 

「どうだった?」

「勝ったわ。勝ったけど……いろいろと納得がいかないというか、勝たされた感じがするというか」

 

 一方、奥の間では尼子老人が戸棚から煎餅を取り出していた。先ほどまで二人で将棋を指していたのだ。

 

「尼子さん、わざと負けたんですか?」

「そんな酔狂な真似する阿呆はおらん。だがまあ、なんか面白そうな手が思い浮かんだんで、ちと挑戦はしてみたが」

「道理で無茶苦茶な指し方だと思った……」

 

 尼子老人から煎餅をもらって食べながら瑞鶴がぶつぶつと何かつぶやき始めた。先ほどの対局を反芻しているらしい。一勝負の後はいつもこんな感じだ。

 

「瑞鶴はガンガン攻めてくるから受け流し方がいろいろ思いついて飽きんわ」

「この間は翔鶴さん相手に『受け流し方上手いからいろいろ攻め方思いついて面白い』って言ってなかった?」

「受け攻めどちらもそれぞれの面白さがあるものよ」

「……ほう?」

 

 秋雲が何かに反応を示したが、尼子老人はそれに気づかず竹箒を片手に神社の裏手に行ってしまった。

 

「秋雲……今のに反応するのは節操なさ過ぎじゃない?」

「おや? 山城さんは今のが分かったってことかな?」

「――ゴホンゴホン!」

 

 わざとらしく咳をしてごまかす山城をにやにやと眺めながら、秋雲は筆を進めていく。

 

「なに描いてるの?」

 

 ひょっこりと顔を出したのは朧だった。彼女も割とよく神社に来る方である。

 

「今回は風景画だね。今日はなんかいつもよりここが綺麗に見えたからさ」

 

 秋雲の描いている絵は、現実の神社をよく写しつつも、やや淡白な形に仕上がっていた。手抜きではなく、あえて余計なものを排したような感じに見える。

 

「お~、上手い上手い」

「……朧はいつも上手いって言うからあんまり有難味ないなあ」

「そう言われても、具体的にどう上手いか言えるほど詳しくないし」

 

 絵を確認すると朧も縁側に腰を下ろしてゆっくりと横になった。

 

「ここは陽当たりもちょうどいいから昼寝するには最適の場所……」

「それは同感ね……」

 

 扶桑が相槌を打つ。既に彼女の瞼は半ば閉ざされていた。

 

「あ、でも寝る前に伝言」

 

 と、朧が起き上がって瑞鶴の腰を突いた。

 

「わっ……あれ、朧じゃない。いつの間に来たのよ」

「さっき。それより伝言。寮の掃除当番だろって」

「……あ、忘れてた」

 

 瑞鶴の表情が若干青くなった。

 

「ちなみに言ってたの誰だった?」

「龍驤さん」

「……伝言ありがとう。すぐ帰るわ」

 

 冷や汗を浮かべた瑞鶴が駆け足で去っていく。

 龍驤はあれで怒るとかなり怖い。後輩空母たちからすると、あまり怒ることのない他の一航戦組より怖い先輩なのだ。

 ちなみに鳳翔さんは滅多に怒らないが怒らすと一番怖い。赤城や加賀は龍驤ほどではないがそれなりに怒ることもある。ただし割と甘い。

 

「あれはこってり絞られるねえ」

「秋雲も他人事じゃないかもよ。伝言は頼まれてないけど、なんか矢矧さんが探してた」

「え? 特に予定は入ってなかったと思うけど……。最近は特に何もやらかしてないはずだし」

「緊急の出撃か遠征が入ったのかも」

「あー、今はいくつかの隊が本土に出向いてるからね。そういうこともありそうだ」

 

 仕方ない、と秋雲は腰を上げててきぱきと画材を片付けた。

 

「んじゃ、秋雲はこれで退散しますよ。早めに戻った方が風雲に小言を言われずに済みそうだからね」

「気を付けてね」

 

 駆け足で去っていく秋雲に手を振る扶桑。そんな彼女にぽつりと山城が呟いた。

 

「私たちは今回出番ないんでしょうか」

「今回は伊勢と日向が選ばれたし、輸送作戦がメインだというから……おそらく出番はないわね」

「……まあ、のんびりできるからそれも悪くないですね」

「ええ。物事は捉えようよ山城。一時期は忙しかったものね……」

 

 鳥の鳴き声が聞こえる。何事もなく時間が過ぎていく。今もどこかで深海棲艦との戦いが起きている、ということを忘れそうになるくらいののどかさだ。

 

「……また面子が入れ替わっとるな」

 

 裏庭の掃除を終えた尼子老人は、戻ってくるなりそうぼやいた。

 

「朧、何か食うか?」

「お煎餅食べたい」

「はいはい」

 

 まるで孫と祖父のようなやり取りに扶桑と山城が口元を綻ばせた。

 よっこらせ、と尼子老人は竹箒を立てかけて部屋の中に入っていく。

 この神社は決して賑やかな場所ではない。人気もあまりしない。だが、大抵の場合誰かしらがのんびりとしている。


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