S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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いつも以上に艦娘がぐだーっと話したり動いたりするだけのお話になった感が。
まあ日常ってそういうものですよね、ということでご容赦を。


地下の秘密基地には浪漫がある?(陽炎・不知火・黒潮・親潮・山城・多摩)

 あまり大っぴらにされてはいないが、S泊地には地下施設があるらしい。

 司令部棟の一階の片隅にある『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の先にはその施設に繋がる階段があるというのだ。施設には強大な秘密兵器が隠されているとも、規格外の力を持った艦娘が隔離されているとも、深海棲艦の捕虜がいるとも言われている。

 

「――なんて噂になってたのよ」

 

 煎餅をかじりながら陽炎が言った。

 先日村の集落へ遊びに行ったときに聞いた話だ。

 

「……一応聞いておくけど、余計なこと言わなかったでしょうね」

 

 やや疑うかのように問いかけたのは山城だ。彼女も陽炎と同じく煎餅をかじっている。

 ここは陽炎たちの寮のロビーだ。ここではよく非番のメンバーが何の気なしに集まって雑談する。

 

「言ってないですよ。というか言おうにもあそこの近況私もよく把握してないですし。山城さん知ってます?」

「私もあまり詳しくは知らないわね……。ちゃんと開発進めているのかしら」

「地下設備自体はあるんですか?」

 

 疑問符を頭に浮かべながら問いかけたのは親潮だ。

 

「そういえば親潮が着任した頃にはもうほとんど話題に出なくなってたっけ」

「ってことはもう結構な期間放置されてる可能性があるわね……。なんか同情するわ」

「地下施設があるっていうのは半分本当で半分嘘や」

 

 回答になってない回答をする陽炎・山城に代わって黒潮が補足した。

 

「以前MI作戦のときにこの泊地も急襲喰らって痛い目見てな。そういうときの備えにって地下を作ろうって話になったんや」

「ただ、着手したって話はあったんだけどしばらくしてから全然話題に出なくなったのよね」

「少なくとも完成したという話は聞いていませんね」

 

 と、不知火が補足する。

 

「なるほど、それで半分本当半分嘘、と」

「実際あのとき以来ここが襲われるようなことってなかったし、優先順位下げられてるのかもね。私たちだって日々の業務とかあるしインフラ部は他で手一杯みたいだから」

 

 この泊地にはインフラ業務を優先的に振られるインフラ部が存在するが、だいたい忙しそうにしている。新しくこれを作ってほしいという要望もあれば、既存のものが壊れかけてるのでメンテして欲しい、といった要望もある。インフラ部だけでは手が回らなくなることもあるため、他の艦娘が駆り出されることも珍しくない。

 

「けど、いざ話題になってみると少し気になってくるわね」

 

 山城がぽつりと言った。

 

「確かに」

「……それなら行ってみるにゃ」

 

 と、それまで黙々とストレッチをしていた多摩が口を開いた。

 

「百聞は一見に如かず」

「けど、勝手に入ったら怒られないかしら。私は嫌よ怒られるの……」

「問題にゃい。木曾に許可もらっておく」

 

 及び腰になる山城に向けて多摩がサムズアップする。木曾はこの泊地の司令部に所属している。彼女の許可を取り付けておけば後々問題になることはないだろう。

 口数は少ないが多摩は割とアクティブである。すぐに携帯で木曾に連絡を取って、許可を取り付けた。

 

「半年くらいは誰も入ってないから気を付けろ、だそうにゃ。あと少し掃除しとけって言われたにゃ。……姉使いの荒い妹にゃ」

「まあまあ。けど地下施設探索ってなんかワクワクしますね!」

「ええ。なんだかドキドキします」

 

 ノリノリの陽炎に同意して頷く親潮。

 こうして、一行は司令部棟に向かうことになった。

 

 

 

 司令部棟の一階には客室や重要な書類をまとめた事務室などがある。

 そうした部屋と部屋の隙間に一つだけ『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉があった。もっとも施錠されているわけではないので、入ろうと思えば誰でも入ることはできる。

 

「そ、それじゃ開けるわよ」

 

 禁止と書かれているものを開けることに抵抗があるのか、山城は少しずつ慎重に扉を開けていった。

 中は薄暗い。ただいかにも整備されていなさそうな階段があるのは分かった。

 

「灯りをつけながら進みましょう」

 

 不知火が懐中電灯をつける。ようやく周囲の状況が分かるようになった。

 階段に見えたのは、階段というか、掘った土を階段らしき形にしただけの代物だった。

 

「……なんかこれだけで『未完成です』って感じが滲み出てるわね」

 

 陽炎が素直な感想を口にした。

 

「立ち入り禁止ってなっとったのは、迂闊に入ると危ないから入るなーって意味みたいやね」

 

 足元に気を付けながら一行は地下に降りていく。慎重に降りているからか、やけに長く感じた。

 

「あ、終わった」

 

 降り終えた陽炎が不知火から懐中電灯を借りて周囲を見渡す。

 中は割と広い。床板や壁板も割と張り付けが済んでいる。ただ埃っぽい。しばらく手入れされていないというのは本当のようだ。

 

「随分と埃っぽいわね。それにいろいろ中途半端じゃない」

 

 一部板が張り付けられていない部分もある。もしかするとあの辺りはまだ掘り進める予定だったのかもしれない。

 

「なんにもないですね」

 

 やや落胆した様子の親潮。確かにここはなにもなかった。ものを配備する前に工事を中断してしまったのだろう。

 

「……にゃ。なんかあるにゃ」

 

 暗がりの中にある何かを多摩が見つけたらしい。彼女が指し示した方向に全員で向かうと、そこにはやけに古い木箱があった。

 

「多分違うんだろうけどなんかお宝に見えるわね」

「期待しないほうがいいわ……。どうせ開けたところで期待外れのものが出ってきて『不幸だわ』っていうオチになるのよ」

「山城はん、そういうのは先んじて言っちゃ駄目や」

「とりあえず開けてみましょうか」

 

 親潮が木箱を開ける。中に入っていたのは――図面だった。

 

「これ、この地下の図面かしら」

「そのようですね。地下設備計画図とあります。……ただ、誰かがいろいろと落書きしているようですが」

 

 きちんと書かれたであろう図面の上に、別の誰かが書いたと思しき落書きが複数あった。

 外部から水路を引いて銭湯を作ろうだのゲームセンターを作ろうだのといった奇抜なアイディアもあれば、どこかで見たような人型兵器の絵もある。

 

「ここに人型兵器を格納するつもりだったのかしら」

「というかそんなもの作れないわよ……。技術的には頑張ればいけるのかもしれないけど、うちにそんなお金ないし」

「世知辛いにゃ」

「というかこれただの落書きやと思うし、そんな真面目に考えんでも」

 

 この場に明石や夕張でもいればまた違った意見も出たのかもしれないが、あいにく陽炎たちはそうした技術的浪漫を持っていなかった。

 

「……これなんかはいいかもしれないにゃ」

 

 と、多摩が図面の端の方を指さした。

 そこには『泊地の建物同士を繋ぐ地下通路作らない?』というメモがあった。

 この地域は雨が多い。建物の間を移動するたびに雨具を使わねばならないことを面倒に思っている艦娘は結構多かった。

 

「……地下設備の工事再開しようって上申してみます?」

 

 陽炎がぽつりと言う。

 

「やめておきなさい。叢雲が嬉々として『こういうのは言い出しっぺがやる法則よね?』とか言ってくるのが目に見えるようだわ」

「おお……容易に想像がつく」

 

 その様子を頭に浮かべて陽炎は頭を抱えた。地下通路は欲しいが自分でやるのは面倒くさい。

 

「ここをどうするかは置いておいて、とりあえず掃除に専念するとしましょうか」

 

 一同は不知火の言葉に頷き、各々理想の地下設備を思い描きながら掃除を始めるのだった――。

 

 

 

 その頃、司令部室では叢雲が木曾から電話で地下設備の件について連絡を受けていた。

 

「そう。ええ、分かった。問題ないわ。むしろなかなか余力がないから助かった」

 

 木曾からの電話を切った後、叢雲はふと各艦娘の予定表を確認した。

 

「……ここも結構人増えたし、そろそろあの地下設備の件再開してもいいかもしれないわね。せっかく興味持ってくれてるみたいだし陽炎たちに頼んでみようかしら」

 

 後日――叢雲からの無茶ぶりを受けた陽炎は持ち前の人脈と不屈の精神によってこの地下設備を完成させることになるのだが、それはまた別の話。


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