S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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桃井先生の4コマを見ていたらつい書きたくなったヒゲネタ。
霞は最初ちょっと苦手だったのが、史実とキャラのバックボーン知ってから反動で一気に好きになった子の一人です。


おヒゲ騒動(朝潮型姉妹・日向・足柄)

 その日、とある艦隊寮ではちょっとした映画祭りが行われていた。

 艦隊寮のロビーにある大型テレビで、本土から取り寄せたDVDやブルーレイを流し続けるというものだ。娯楽の少ない泊地では、こうした催しが艦娘たちやスタッフの貴重な楽しみになっている。

 

「やっぱりあの大泥棒さんは格好いいわね~」

 

 映画が一つ終わったところで、荒潮がうっとりとした声をあげた。

 

「そうかしら。私は相棒の人の方が良かったと思うけど」

 

 満潮がそれに対して異を唱える。荒潮は「そっちもいいんだけど」と悩まし気だ。

 

「朝潮姉はどう?」

 

 朝雲に問いかけられた朝潮は不自然なくらいにクールな表情を浮かべた。

 

「サムライっていいですよね。またつまらぬものをきってしまった……」

「なるほど、分かりやすい答えありがとう」

「私はあの女の人みたいになりたいわ~」

 

 山雲がセクシーポーズを取ってみせる。しかし朝雲の反応は淡白だった。

 

「……まあ、そうね」

「朝雲姉ぇ、なんでそんな日向さんみたいな反応するの~!」

「私がどうかしたか」

 

 名前を呼ばれて、近くでお茶を入れていた日向が反応する。

 映画が一つ終わると休憩時間が十五分くらい入る。その間はこんな風に映画にまつわるトークが繰り広げられるのだった。

 

「霞、どうしたんですか? さっきから顎を撫でて」

 

 と、会話に参加していなかった霞に大潮が尋ねた。

 

「え? あ、いや。なんでもないわよ。気にしないで」

「……霞は、ああいう顎鬚もいいかな、なんて思ってる」

 

 霞のすぐ後ろから、ぼそっと霰が呟いた。

 

「ちょ、なに勝手なこと言ってるのよ! そんなわけないじゃない!」

「おお。霞はヒゲ好きですもんね!」

「大潮も納得しないでったら!」

「霞のヒゲ好きは皆知ってる」

「やっぱり相棒の人推しなんですか?」

「だー、もう好き勝手なこと言わないで!」

 

 大潮と霰に挟まれて霞がぎゃー、と悲鳴を上げる。

 他では結構なしっかり者で通っている霞だが、朝潮型の輪の中に入ると案外弄られることが多い。なんだかんだで末妹として可愛がられている。

 

「やっぱりあの人の影響なんですかね、霞のヒゲスキーっぷりは」

「間違いない。この前も神通さんや阿武隈さんとヒゲ談義で盛り上がってた」

 

 霰の報告に周囲を朝潮型一同が「ほう……」と声を上げる。

 霞は顔を真っ赤にして「あーもうっ!」と叫ぶのだった。

 

 

 

「でも実際、ヒゲが素敵なオジサマは不思議な魅力があるわよね~」

 

 荒潮が自分の髪をヒゲのように口元に寄せながら言った。

 

「そうね。無精ヒゲみたいなのは嫌だけど、きちんと整えられてるヒゲなら古風な紳士って感じがしていいんじゃないかしら」

 

 朝雲が同意する。

 

「そういえば……ヒゲといえばアレがあったな」

 

 と、日向がロビーから一旦出ていき、そこそこの大きさの箱を抱えて戻ってきた。

 箱を開けてみると、そこには大小様々な形の付けヒゲが入っていた。

 

「なにこれ……」

「筑摩からもらったんだ。クリスマスのとき利根にサンタをさせようと作ったのだが、興に乗って作り過ぎてしまったらしい」

 

 作る方も作る方だが日向もなぜこれをもらってしまったのか――その場にいるほぼ全員がその疑問を抱いたが、口に出す者は誰もいなかった。筑摩も日向も普段は真面目なのだが、時折俗世の者には分からない考え方を垣間見せることがある。それに対しああだこうだ言っても詮無きことなのだ。

 

「どれ、まず私が試してみるか」

 

 日向が無造作に顎鬚タイプの付けヒゲを選び取ってつけた。

 

「……なんだか妙に威厳ありますね」

「どことは言わないけど、ある国の昔の大統領みたいだわ~」

「瑞雲の瑞雲による瑞雲のための……とか言い出しそうね」

「こらそこ、私をなんだと思っている。言っておくが私は瑞雲を気に入っているがそこまでフリークというわけではないぞ」

 

 べり、と付けヒゲを外しながら日向が呆れ顔で言った。どうやら近頃自分を瑞雲狂いにしようとする風潮にちょっと抵抗を覚えつつあるらしい。

 

「霞もつけてみたらどうですか?」

「う、うーん……。そうね。この流れでつけないっていうのも駄目よね」

 

 ぶつぶつ言いながらも霞は迷わずカイゼルヒゲをつかみ取って口元につけてみた。

 

「ど、どう?」

「……可愛い」

「可愛いわね」

「可愛いけど、なんでかしら。違和感がないというか妙に見慣れた感が……」

「こういう妖精さんどこかで見たことある気がするわ~」

「さっすが霞ね!」

 

 と。そこでこれまでその場にいなかったはずの者の声がした。

 

「げっ、足柄!」

「なによー、げっ、はないでしょ」

「あ、あんた妙高さんたちと買い物行くって言ってなかった!?」

「そうよ。でも天気悪くなりそうだから少し早めに切り上げて来ちゃった」

 

 見ると、足柄の後方には他の妙高型三人も揃っていた。全員コメントに困ったときのような顔をしている。

 

「せっかくだし大淀や朝霜、清霜たちにも見せに行きましょうよ」

「絶対嫌よ! 絶対この先ずっと弄られるじゃない!」

「あ、そう?」

 

 言いながら、足柄はとても自然な動作で懐から携帯を取り出してシャッターボタンを押した。

 

「な――」

「見せに行きたくないっていうなら仕方ないわね。私が代わりにこの写真見せに行くわ! だって三人とも見たいはずだもの!」

「やめなさい、その携帯をよこしなさい!」

 

 霞は足柄から携帯を取り上げようとするものの、ひらりひらりと避けられてしまう。

 

「さて、それじゃまずは司令部室の大淀のところに行ってくるわ。アディオス!」

「ま、待ちなさいってば……!」

 

 駆け足で去っていく足柄とそれを追っていく霞。

 二人が出ていくのを見送りながら大潮が「あっ」と声を上げる。

 

「霞、付けヒゲしたまま出ていきませんでした?」

「あっ……」

 

 残された者たちの間に微妙な空気が漂う。

 

「ま、まあいいんじゃない? 可愛かったし」

「そ、そうですよね」

「まあ、そうだな」

 

 自分たちにできることはない。

 そう割り切って、朝潮たちは妙高たちと一緒に次の映画鑑賞を始めるのだった――。

 

 

 

 後日。

 この騒動の顛末を耳にした一部の艦娘の間でこっそりと付けヒゲをするのがなぜかブームになったというが……それはまた別の話である。


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