ちなみにうちの大和は真面目で一生懸命だけどちょっととぼけてるイメージです。なんでだろう。
ああ、よく来てくれた二人とも。
こうしてきちんと話すのは着任の挨拶のとき以来か。ここにはもう慣れたか?
今度ゆっくりと話がしたいな。食事なんてどうだろう。
おっと、話題が逸れてしまったな。この集まりについての説明をしようか。
既に概要は陸奥から聞いていると思うが、まあ要するにクリスマスの恒例行事だ。我々大人がサンタクロースになって、駆逐艦の子たちにプレゼントを配る。シンプルだろう。
プレゼントの費用は提督からどうにかもぎとったから問題ない。本土への手配も済んでいる。後はプレゼントが届いたら当日までそれを隠して、当日配る。それだけだ。
駆逐艦の子も増えてきてるから配るのもなかなか大変でな。悪いとは思ったが二人にも協力を仰ぎたいというわけだ。
ん……毎年やってるのかだって?
いや、そうだな。確かあれは……ああ、うん。一年目のときはプレゼント配布はしなかったな。計画は練っていたのだが、いろいろゴタゴタがあってそれどころではなくなってしまった。
おまけにその後隠していたプレゼントが見つかってしまってな。提督が……ああ、当時の提督が必死にごまかしていたな。私はその頃まだ司令部つきではなかったし計画にも関わっていなかったから、詳細は大淀か古鷹にでも聞くといい。
ともあれ、そういう経緯もあってこの計画が実行されたのは二年目――つまり二年前からだ。
私もそのときは司令部つきになっていたから参加していたぞ。
ああ、あれはあれで大変だったな……。
うん? 当時のことを聞きたい?
そうだな……参考になるかどうかは分からないが、聞きたいというなら話そうか。
秋に行われた渾作戦も終わり、泊地はすっかり普段通りの日常を取り戻していた。
暦の上では冬になるが、この辺りは相変わらずの気候である。ただ、キリスト教徒が多い国柄のため、クリスマスが近づいてくるとどことなく空気感が変わる。
泊地でも、食事を少し豪勢にしたり、司令部から各寮に特大のケーキが贈られたりするなどのサプライズがあって、いつもよりも楽しげな雰囲気が漂っている。
明石を筆頭とする技術部が総力を挙げて用意したクリスマスツリーは、日が落ちた今も泊地を明るく照らしていた。
時刻はフタサンマルマル。良い子ならそろそろサンタの到来を夢見ながら眠りについている頃合いだ。
「……ううむ。まだ灯りが」
クリスマスツリーの照明から隠れるように潜み、武蔵は唸った。
視線の先には灯りの見える窓。まだ起きている駆逐艦娘がいるということだ。
「仕事柄夜更かしに抵抗がない子も多いだろうし、ある程度は仕方ないと思っていたけれど……」
隣の大和が若干困惑した様子で寮を見ている。
ある程度なら仕方ないとは思っていたが、さすがに灯りのついた窓が多過ぎた。
ほとんどの駆逐艦娘が、寝ていない。
「これというのもあいつがサンタについてあることないこと言ったせいだ。ごまかすのに必死だったのは分かるが、おかげで駆逐艦たちがサンタに凄まじい興味を示すようになってしまった。皆が起きてるのはそのせいだろう」
「武蔵、それは……ごめん、なんでもない」
愚痴る武蔵を窘めようとした大和も途中で言葉を濁した。
今日の夕食で聞いた駆逐艦たちの会話を聞いていると否定しきれないのだ。
曰く、サンタは空を飛ぶ。
曰く、サンタは分裂できる。
曰く、サンタは島風よりも速い。
曰く、サンタの装備スロットは無限大。
曰く、サンタは――。
いったいサンタについてどういう説明をすればそんな話が出てくるのか。
「愚痴を言ったところで始まらんだろう。どうする、待つのか?」
そう声をかけたのは藤堂政虎。建築や土木関係でこの泊地を支えるスタッフの一人なのだが――今は完全にサンタに扮していた。
司令部は各寮ごとにプレゼント配布チームを分けた。チームのメンバーは司令部つきの艦娘やその協力者である。泊地のスタッフである藤堂も協力者の一人だ。
偏屈者で知られる男だが、意外にも話を振ると協力を快諾してくれた。どうも小さい頃はいろいろと苦労することが多かったらしく、子どもが楽しむために大人は力を尽くさねばならんという持論を持つようになったらしい。
この三人が任されているのは第二艦隊寮だ。ここには睦月型の駆逐艦たちがいる。
「あの子らは意外と夜更かしするから持久戦は難しいかもしれんぞ。この時間帯で確実に寝ているとしたら弥生と文月くらいだろう」
昼間教師役も務めているだけあって、藤堂は駆逐艦娘の特徴を意外と掴んでいる。
「望月ちゃんとか、寝てたりしませんかね……」
「あいつは起きてるか寝てるか予測がつかん。生活が不規則だからな。徹夜もすれば早々に寝ることもある。三日月は基本規則正しいがイベントがあると緊張して寝付けないタイプだから、こちらも要注意だな」
他のメンバーも今日は皆まだ起きているだろうし、なかなか寝てくれないだろう、というのが藤堂の見解だった。
「私にいい考えがあります」
大和がここで一計を案じた。
「きっと皆はサンタの到来を心待ちにしていると思うんです。この時間、任務もないのに起きているのはその証拠。なら、その好奇心を刺激しましょう!」
「……大和君。もしかして君は私に囮になれとか言い出すつもりではあるまいか?」
嫌な予感がしたのか、藤堂が釘を刺した。
大和はきょとんとした様子で彼を見る。
「言い出してはいけませんか?」
「私は島風より速く走れないし分裂もできんぞ。一応言っておくが空も飛べん。装備スロット? そんなもんないわ!」
「でも格好はサンタですし」
「君たちがサンタの格好をして囮になれば良いだろう! その方がまだ無茶もできるではないか」
「……藤堂さん」
抗議する藤堂の両肩に手を置いて、大和は言った。
「サンタさんは男性です。そして、この場にいる男性はあなただけです」
「……」
「……」
「……ああ、うん。それは、そうなのだが」
「お分かりいただけたようで良かったです。それではよろしくお願いしますね」
そのまま藤堂の身体をぐるりと反対に向けさせて、思い切り寮の真正面に突きだす。
ツリーの照明に照らし出された藤堂サンタの姿が、第二艦隊寮から丸見えになった。
硬直する藤堂。
少し遅れて騒がしくなり始める第二艦隊寮。
状況を察した藤堂は、ええいままよと逃げ始めた。
その後を、部屋着姿の駆逐艦娘たちが追いかけていく。
「うん。うまくいったわね!」
「……大和。私はときどきお前が怖いよ」
「え? なんで?」
不思議そうに武蔵を見る大和。
そんな姉の様子に溜息をつきながら、武蔵は持っていたプレゼント袋を肩にかけた。
「それじゃ藤堂のおっさんが尊い犠牲になっている間に、素早く片付けておこうか」
逃げ切れよおっさん。
そう祈る武蔵であった――。
こんな話が他の艦隊寮でも頻繁に発生してな。翌朝プレゼント配布チームの面々は半壊状態になっていた。
ああ、そんな心配そうな顔をせずとも今は問題ない。今は本物のサンタから委託されて我々がプレゼントを配っている、という体でやっているからな。別に駆逐艦たちが寝静まるのを待つ必要はない。サンタっぽい格好をして配るだけだ。
私はサンタの格好をしないのか、だと?
いや、私はそういうのは――ほら、古鷹たちと一緒にとりまとめる役割だしな。
ん、待て陸奥。なんだそれは。なんでそんなものを――。
いらん。私はいらんぞ、そういうのは。ちょっと待て大和、おい。武蔵、見てないで助けろ!
ま、待て。待てと言っているだろう……!
この年もS泊地のクリスマスは盛り上がった。
それは、盛り上げるために一生懸命な大人たちの頑張りあってのものなのだが――子どもたちは、自分たちが大人になるまでそれを知らない。