一番インパクトあったのはビスマルク狙いで四連続日向が出たときでした。師匠……。
S泊地にも娯楽はある。本土の拠点に比べればいろいろとないものも多いが、それならあるもので遊べばいいだけだ。
本が好きな艦娘は図書館に足しげく通うし、身体を動かすのが好きな子は島のあちこちに出向いてスポーツに励んだりする。
一方で――娯楽としてギャンブルに興じる艦娘も一定数いた。
「おや、若葉さん。こちらに顔を出すのは久々ですね」
間宮食堂と同じ建物の地下にある娯楽室。そこに顔を出した若葉を、髭のマスターが出迎えた。
ちなみにこの娯楽室は司令部公認のもので、決してやましい施設ではない。本土の拠点に比べると娯楽に乏しいことを考慮し、初代提督の頃に司令部からの発案で設立されたのである。『放っておいてもこういうことをやる場所というのはできるものだ。なら最初からこっちで作って管理する方がいい』とは当時の提督の弁だ。
若葉はマスターに会釈すると室内を見渡した。
「……若葉が最初か」
「おや、今日はどなたかと待ち合わせですか?」
「隼鷹、荒潮、霰と花札だ」
「総当たり戦ですか?」
「そうだ。2セットあるか?」
「ありますよ」
マスターはカウンターの奥にある棚から花札を2セット取りだした。この娯楽室で必要なものはマスターが貸し出している。貸し出したもの以外は使ってはいけないというのがここのルールだ。
「あらぁ、若葉ちゃんもう来てたのね。荒潮が二番かしら」
若葉が札をチェックしていると荒潮が姿を見せた。若葉は荒潮に会釈して、すぐに札の確認に戻る。そんな若葉を荒潮はニコニコと笑いながら見ていた。
そのうち隼鷹と霰が連れ立ってやって来た。
「おっ、面子は揃ってるようだね。それじゃ早速始めようか」
「……ん」
四人が席に着いたタイミングでマスターがテーブルに飲み物を差し入れる。
「本日はこいこいの総当たり戦でよろしいですか?」
「いいよー」
「何かお賭けになられます?」
「今日は畑当番権だ」
「負けた方が勝った方の畑当番を代わってやるって話だよ」
若葉の説明を隼鷹が捕捉する。
「どう、マスター」
「問題ないかしら?」
「ええ、問題ありません。では存分にお楽しみください」
言って、マスターはテーブルを離れた。
この娯楽施設で賭博をする場合、賭けるのは現金であってはならない。では何ならOKなのかというと、それは明文化されていない。なるべくトラブルの元にならないようなものが望ましいが、どういうものが妥当かはケースバイケースである。
なので賭博を実施する際は毎回マスターが対象の確認と承認を行う。もしまずそうであればストップがかかるわけだ。
いろいろと決まりごとがあって着任したての艦娘にはとっつきにくいと言われることもあるが、存外規則としては緩めだし賭博絡みでのトラブルが起きたことはほとんどない。万一起きた場合はマスターが調停者として事態の収束を図ることになっている。
「まずは若葉と荒潮、隼鷹と霰でやるか?」
「いいんじゃない?」
反対する者もいなかったのでその組合せでゲームを開始する。
この四人、それぞれカードゲームの類は結構強い。思考の読み合いが巧みなのだ。それぞれちょっとやそっとのことで感情を表には出さないし、相手の狙いを的確に読みぬく洞察力も持っている。
普段はお喋りでころころ表情を変える隼鷹もそうだ。勝負中、彼女は表情をコロコロ変えるがそれはほとんどがブラフだ。ただたまにブラフでないこともある。わざと虚実織り交ぜているそうで、相手としては非常にやり難い。
今若葉の前に座っている荒潮もそうだ。いつもニコニコしているが、それ以外の感情をなかなか覗かせない。
「荒潮」
「なあに?」
「相変わらず狙いを読ませないな」
「あらぁ、そういう若葉ちゃんこそ」
手札と場札の組合せがない。こういうときが一番悩む。場に何を出すのが正解なのか……読み違えると一気に持っていかれることも多い。
荒潮の表情を見る。いつもと同じにこやかな表情だ。
「楽しそうだな」
「そういう若葉ちゃんも、とても楽しそうよ?」
「そうか?」
そんな表情をしていた覚えはない。
首をかしげる若葉に、荒潮は笑みを崩さぬまま言った。
「だって真剣そのものなんだもの。勝負を楽しんでなきゃそんな顔はできないわ」
「……なるほど」
言われて、若葉もくすりと笑った。
「確かに。こういう勝つか負けるかという緊張感は悪くない」
これだ、と思う札を一枚場に出した。
「あらぁ、ありがとう。これで三光よ」
「なにっ……!?」
若葉が出した札によって荒潮が役を完成させてしまう。
「で、こいこいね」
「なんだと……!?」
まだ役を作れる自信があるというのか。
若葉は自分の状況を確認する。一応タネがもうすぐ出来そうではある。一方で花見酒が作れる余地もなくはない。
「ふ、ふふふ……悪くない。まだ勝ったと思うなよ……?」
「なーんか盛り上がってるねえ」
隣の勝負の様子を見ながら隼鷹がケラケラと笑った。
今回彼女は手札にいいものが揃っていた。五光までいけるかもしれない。それくらいの手札である。
もうすぐ三光になろうという状況で、勝負は決まったも同然だった。
「……いいの?」
「ん?」
「よそ見してて」
いつもと変わらぬ様子で霰が場札を取る。それは隼鷹が今まさに取ろうとしていた札だった。
次も、その次も同じようなことが続いた。
「……あれ。もしかして」
「隼鷹、五光狙い」
「うっ!?」
「残りの札もだいたい狙いは分かってる。封じる」
「ちょ、ちょっ――!」
凄まじい勢いで狙った札をカス札で取られていく。やがてその勝負は霰のカスあがりで決着した。
「お、おおう……霰、相変わらずえげつないね、あんた」
「ぶい」
勝ち誇ったようにVサインをする霰。
「久々だからすっかり忘れてたよ……。あんたってなんかこう型にはまると無類の強さを発揮するよね」
「そんなことない。それに勝負はまだまだ」
「ああ、分かってるって。次はもうちょっとバレないようにするよ」
今回の敗北のことはとりあえず忘れることにする。そういう切り替えの良さが隼鷹の武器の一つだった。
「それで見事負けに負けて畑当番ほぼ肩代わりしたってわけね……」
勝負の日から一週間。作業服姿の飛鷹が呆れたような声で言った。
「せめて一対一にしておけば良かったのに。あんたって勝つときはすごい勝つけど負けるときは大負けするんだから」
「今回勝てる気がしたんだよ~。けど駄目だった。あたしには分かる。あの日は幸運の女神にそっぽ向かれてたんだ」
「分かってるのか分かってないのかどっちなのよ、それ」
肩をすくめる飛鷹に向かって、隼鷹はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「確かめたいなら今晩一勝負いってみる?」
それに対し、飛鷹も笑みを返した。
「最近ご無沙汰だったしいいわよ。じゃあ何を賭けようかしらね……。隼鷹がこの前買ってたお酒なんかいいんじゃない?」
勝負の話に花を咲かせながら、二人は畑の手入れを進めていく。
今晩もまた、娯楽室は盛り上がりを見せることになりそうだった。