S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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前回龍田を描いたなら天龍も描かねばと思い立って書きました。
個人的に天龍型は古兵として、他の艦娘たちの頼れる先輩役になっていて欲しいと思っています。


とある古兵の一日(天龍・鹿島・夕張・初春・子日)

 午前五時。

 朝の静寂の中、微かに剣を振るう音がする。

 振るっている人影は二人。天龍と鹿島だ。

 二人の型はそれぞれ異なる。鹿島は鹿島新當流の型なのに対し、天龍は完全な自己流だった。

 二人は並んで五十の素振りをすると、その後向き合って十の素振りをする。二人揃って時間が取れるときは、こうするのが日課になっていた。

 回数は少ないが、一回ごとに気を集中させて振り切るようにしていた。その方が効果的なのだと天龍は思っていたし、後から着任してこの稽古に参加するようになった鹿島も反対はしなかった。

 

「今日も天龍さんの剣は気持ちの良い音でしたね」

「そうか? 自分で振ってると音はよく分からないな。ただ手元に残る感触は、良い感じだったと思うぜ」

 

 振り終わった後はスポーツドリンクを一杯飲みながら雑談する。朝の静かな時間帯のこういう時間帯が天龍は好きだった。

 

「香取はこういう稽古はやらないのか?」

「香取姉は森の中でやるのは好きみたいですね。ときどき見かけますよ」

「どういう音を立てるんだろうな、あいつの剣は」

 

 香取と鹿島はその名の影響を受けてか、武術に長じていた。他の拠点の香取や鹿島が皆そういうわけではないようだ。艦娘は提督や拠点の影響を受けて個性が出ることがあるというが、そのせいかもしれない。

 

「天龍さんはなぜ剣をやっているのですか?」

「艦隊戦で役立つものでもないし、艦娘としての力があれば剣をやらなくても荒事でそこまで困ることもない。……だからまあ、意味はない。強いて言えば趣味だな」

「趣味ですか」

「剣を振るうときの感覚が好きなんだ。何のためにというわけもなく、ただ振る。その感覚がいいんだよなあ」

 

 そんなことを話していると、遠くで食堂の前に伊良湖が立っているのが見えた。CLOSEDの看板がOPENになる。いつの間にか七時を回っていたらしい。

 

「朝飯にするか」

「そうしましょうか。今日の日替わりメニューはなんでしょうね」

「確か海老フライとか言ってたような気がする」

 

 二人連れたって食堂に向かう。こちらに気づいた伊良湖が手を振っていた。

 

 

 

 午前中の近海哨戒任務を終えると、天龍はその足で工廠に向かった。

 待っていたのは夕張と初春。この泊地が誇る改造馬鹿二人である。

 今日はその他に子日もいた。どうやら自分と同様呼び出されたらしい。

 

「で、夕張。今日は何の実験なんだ? まあ、伊東のオッサンがいるってことは今日は真っ当な実験なんだろうけど」

 

 夕張と初春の技術部実験コンビはときどき無茶をする。抑え役の明石か扶桑、伊東がいれば安全だと判断できるが、この三人がいないときは注意が必要だ。

 

「今日は潜水艦のステルス性強化実験に付き合って欲しいのよ。天龍と子日ちゃんが対潜哨戒任務をやるって体で」

「対潜? 別にいいけど、五十鈴とかじゃなくていいのか?」

「五十鈴はもうちょっと実験の結果を見てからの最終検証とかじゃないと……。初っ端からラスボスに挑んでボコられたらちょっとへこむっていうか」

「遠回しにオレたちを中ボス扱いしてるぞ子日」

「失礼だよねー」

 

 と言いつつ、対潜に関しては実際中ボスくらいの位置づけだろうな、と天龍は理解していた。それは子日も同じだろう。

 だからと言って不貞腐れるようなこともない。自分が必要とされているなら、その役割を全うするだけだ。

 夕張たちに連れられて、泊地正面の海域に出る。

 

「試作品を装備した潜水艦たちはもうこの海域に潜んでいる。オレがサインを鳴らしたら実験開始だ」

 

 小型船に乗り込んだ伊東が説明する。天龍と子日は少し離れていた。潜水艦相手に固まっているのは得策ではない。

 

「開始だ」

 

 ブザーが鳴る。海の雰囲気が少し変わった。

 

「子日、お前は北の方を張れ。オレは西を張る」

「南と東は?」

「多分いない」

 

 四式水中聴音機を使って音を聞き分けているが、嫌な感じがするのは北と西だけだ。厳密な説明はできない。この辺りは直感としか言いようがない。

 ちなみに子日は三式水中聴音機を持っている。アクティブ・ソナーとパッシブ・ソナー両方を相手にしたテストをしたいという夕張からの要請だ。

 アクティブ・ソナーを相手にする以上じっとしているだけという選択肢はない。動かざるを得ないはずだが、動けばパッシブ・ソナーに引っかかる可能性が増える。そこをどうにかするのが試作品ということなのだろう。

 天龍と子日は、意識を海の音に集中させていった――。

 

 

 

 夜半、天龍は食堂で子日と一緒に親子丼を食べていた。なんでも本土から材料が沢山送られてきたらしく、食堂で割引対象商品になっていたものだ。

 

「お前はなんていうかいつも呑気そうでいいよなあ」

 

 勢い良く親子丼を食べる子日を見て、天龍はからかうように言った。

 子日としてはその評価は心外だったらしい。ぷうっと頬を膨らませた。

 

「子日だっていっつも呑気してるだけじゃないよ~。初春姉とか若葉・初霜のことで悩んだりするんだから」

「そうなのか? 特に悩むほど複雑な仲には見えないけど」

「そういうことじゃないよ。初春姉たちが悩んでたら、それが子日の悩みになるんだよー!」

「ああ、そういうことか」

 

 中の良い姉妹だ。一見すると全然まとまりはなさそうだが、初春型姉妹の結束力には不思議な強さを感じることがある。いつもは皆全然違う場所にいるのに、一旦集まれば以心伝心といったところだ。

 

「あら、天龍さんに子日ちゃん」

 

 トレイに親子丼を乗せた鹿島が側を通りかかった。

 

「あっ、鹿島さんだー」

「隣いいですか?」

「ああ。今日はよく会うな」

「奇遇ですね」

 

 何をしていたのかを聞かれたので、子日と夕張たちの実験に付き合わされていた件について話した。

 

「天龍さんは夕張さんから頼りにされているんですね」

「……そうかあ?」

「初春さんが子日さんを呼んだのと同じ理由で呼ばれたんですよね。きっと信頼されているってことですよ」

「そうだよー! 初春姉は子日を一番頼りにしてるって言ってたんだから!」

「うーん……まあ夕張とは艦歴とか境遇とかも近しいものはあるし、なんだかんだで縁もあったからな。使いやすいってことなんだろうぜ」

「あ、天龍さん照れてますね」

「天龍照れてる?」

「う、うるせえ!」

 

 二人の視線を払うようにしっしと手を振る。

 悪い気はしなかったが、それを殊更に口にされるのはなんだかむず痒い。

 

「何を騒いでおるのじゃ、そなたらは……」

 

 いつのまにか、若干呆れ気味の顔をした初春が立っていた。彼女が持っているのも親子丼だ。

 

「夕張は?」

「伊東の親父殿やイク、ハチと装備の調整中じゃ。わらわは実験のレポートをさっき司令部に提出してきたところでの」

 

 子日の隣りに座りながら初春が説明する。

 夕張が来ていないことに安堵の息を漏らす。今来られたら絶対鹿島たちにからかわれることになる。

 

「そうそう、さっき叢雲から聞いたのじゃが、北方海域に秋刀魚漁へ行っていた船団が戻ってくるそうじゃぞ」

「おっ、そうなのか」

 

 北方海域には龍田や木曾、雲龍三姉妹、日向に睦月型たちが行っていたはずだ。

 

「特に怪我人はおらず皆元気に戻って来れそうだそうじゃ。良かったの」

「ああ、皆無事ならそれでいい」

 

 全員そこらの深海棲艦に後れをとるような練度ではないが、いつなにが起きるか分からないのが海というものだ。

 

「戻ってくるのはいつ頃だって?」

「二、三日のうちには戻ってくると言っておったの」

「分かった。なら何か上手いもんでも用意して出迎えてやるかな。海鮮物ばっかりで野菜が恋しいだろうし、何か山の幸生かしたものでも拵えてやるか」

「うふふっ、それなら私もお手伝いしますよ」

「子日も手伝うー!」

 

 人手が増えればできることも増える。

 どうやって出迎えようか。

 そんなことを考えながら、天龍の一日は暮れていくのだった。


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