単純に敵艦を倒すのではなく漁をする、というのは世界観に関する妄想が膨らみますね。
ちなみになぜ龍田と木曾なのかというと単純に今年の秋刀魚漁編成に入れていたからです。
日本政府は深海棲艦に対する有効打を持たない――あるいは不足している近隣諸国に艦娘を派遣する役割を担っている。そのとき様々な条約を結んでいるのだが、その中には漁業に関するものもあった。
深海棲艦の出現によって漁業が受けたダメージは深く、漁船だけだと公海はおろか排他的経済水域内での漁も困難になっている。各拠点の尽力で排他的経済水域の安全性は大分ましになってきたが、各国政府は未だ護衛なしでの漁業の制限を解いていない。
漁船の護衛役を務めるのは各拠点の艦娘たちだった。遠征任務の中にはこういった護衛任務も多く含まれており、本国の支援が少ない拠点にとっては重要な資金源にもなっている。
艦娘の護衛をつける場合、その所属拠点に報酬を支払わなければならないが、その代わり日本の排他的経済水域内での漁も条件付きで認められる。他国の排他的経済水域内での漁に護衛をつけた場合、漁で獲得したものを報酬として貰うこともある。艦娘による護衛制度は、各国の漁業交流に一役買っており、単なる護衛以上の意味合いも含まれていたりする。
そんなわけで、S泊地の面々もソロモンの人々の護衛として秋刀魚がよく獲れる北方海域へとやって来ていた。
総勢十八名の護衛部隊、その旗艦を任されたのは龍田だ。漁業関係では他国と揉め事が起きることもある。そういうときに必要な判断力と交渉力を買われての人選である。
「今年もこの季節は秋刀魚狙いの漁船がたくさん来てるわね~」
「獲り過ぎには注意しないとな。乱獲して秋刀魚絶滅なんてことになったら目も当てられない」
応えたのは副官の木曾だ。泊地に三人しかいない重雷装巡洋艦の一人で、他二人よりも戦闘力はやや控えめだが、指揮官適性は上回るという評価を受けている。
二人が今いるのはソロモン政府が用意した大型漁船の甲板上である。周囲を見渡すと無数の漁船が大海原に展開していた。大船団である。
「秋刀魚、美味しいものね。皆が食べたくなるのは分かるけど、先々のことを見据えて節度は守らないといけないわ」
甲板上では漁師たちが忙しなく動いている。その中に混じって駆け回っている艦娘たちもいた。自分たちの分の秋刀魚を確保するというのも龍田たちに与えられた役割の一つだ。護衛だけやっていればいいというわけではない。
秋刀魚は夜間に獲るのが一般的なので、昼のうちに辺りの深海棲艦を追い払い、夜間周囲に気をつけながら棒受け漁をするのが基本スタイルになる。
龍田と木曾も遊んでいるわけではない。手持ちのソナーで秋刀魚が近くに来ていないか探索中だ。秋刀魚が近づいてきたら探照灯で網の方に誘導する役割も担っている。
「どうだいお二人さん、近くにいそうかい?」
声をかけてきたのは、頬に大きな傷跡のある強面の中年だった。一見すると海賊のようにしか見えないこの男は、ショートランドのとある集落の長、リチャードだ。
「なかなか引っかからないな。場所を変えた方がいいかもしれない」
「なるほど。ならもう少し北に行ってみるか」
「大丈夫? たくさん船があるし動きにくそうだけど」
「なあに、どこもテカテカ光らせてるし十分見通しはきく。気をつけながら移動すれば事故にはならんさ」
リチャードは太い腕を叩いてみせると、大声で船員たちに移動の準備をするよう告げた。船員たちは景気良くそれに応えるとてきぱき動きだす。
「俺たちも船の外に出るか。事故りそうだったらフォローしないと」
「そうね。けど、今年はなかなか見つからないのが気がかりだわ」
元々今年は秋刀魚が減少気味だと言われており、提督からも昨年の八割程度獲れればいいと言われている。
実際、漁に来て見た感じだと昨年よりも目に見えて秋刀魚の数は減っている。このままだと目標値である「昨年の八割」すら達成できるか怪しい。
「あら……?」
漁船の右側に立って近くの状況を見ていると、何者かの視線を感じた。
ソナーの反応に変化はない。
「気のせいかしら。けど、こういう勘って無視すると痛い目にあうのよね」
ふと気になって上空を見てみる。すると、かなり遠方だが深海棲艦の艦載機らしきものが飛んでいるのが見えた。
どうもこちらの様子を窺っているようだ。
「こちら龍田。木曾ちゃん、どうもこっちを気にしてる深海棲艦がいるみたいよ」
『昼間追っ払った連中の残党か?』
「艦載機が一つだけ飛んでるのよ。今の時点では何とも言えないけど、放置しておくのは良くないわ」
『分かった。漁船の護衛は日向に任せる。俺とお前で様子を見に行こう』
数分すると対空機銃を手にした木曾がやって来た。艦載機がいたということで空母の存在を警戒してのことだろう。
「お前はそのままでいいのか?」
「艦載機一機だけなら木曾ちゃんの装備でどうにかなるわ。少なくとも視認できる範囲では他に水上艦はいないみたいだし……けど潜水艦はいるかもしれないわね?」
「あー……ならそのままの方がいいか」
龍田は秋刀魚漁用にソナーと探照灯、ついでに爆雷を持っていた。潜水艦の相手をするならむしろ都合がいい。
二人は闇夜に紛れるようにして少しずつ艦載機へと近づいていった。
艦載機はこちらに気づいているのかいないのか、ぐるぐると同じような場所を回り続けていた。
「そろそろ射程距離に入るな。どうする、撃ち落とすか?」
「んー、どうしようかしら。なんだか敵意はなさそうだけど」
そんなやり取りをしていると、不意に艦載機が飛び去ってしまった。
「……なんだったんだ?」
「――あら」
罠の可能性を考慮してソナーを使ったところ、すぐ近くに想定していなかった反応があった。
「木曾ちゃん。ここ魚がたくさんいるわ」
「なにぃ?」
龍田のソナーを借りて確認してみた木曾が驚きの声をあげた。
「マジか……。潜水艦の反応は全然ないな」
「ええ。すぐにこちらへ船を回せば大漁ね」
二人はしばらくこの状況の意味を考えた。
「……深海棲艦にとっても秋刀魚は邪魔だったとか?」
「それなら蹴散らすんじゃないかしら。私は親切心から教えてくれたんだと思うわ」
「深海棲艦がか?」
木曾は怪訝そうな表情を浮かべたが、龍田はにこりと笑ったままだ。
「人間もいろんな人がいるし、艦娘にもいろんな娘がいる。深海棲艦にもいろいろな深海棲艦がいるのかもしれないでしょ?」
「まあ、最近は和平派だか友好派だかってのもいるらしいが……」
木曾は釈然としないようだったが、龍田の言を否定する根拠は見つからない。
「少なくともここは危険じゃなさそうだし、リッチさん呼びに戻らない?」
「ううん……そうだな。それじゃ、一旦戻るか」
二人は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと漁船へと戻っていく。
それを彼方で見届けると、一機の艦載機は今度こそ夜の闇へと消えて行った。
「惜しかった……。嗚呼、これが日本でいうところのモッタイナイというやつか」
リチャードは甲板から海面を眺めつつ溜息をついていた。
龍田たちの報告で秋刀魚が大漁だったのは良かったのだが、獲れ過ぎて漁獲量の上限を越えてしまいリリースせざるを得なくなってしまったのだ。
「ガタイはいいのにリッチのおっさんは女々しいな。最大戦果をあげたってことだろ。満足しようぜ」
「分かっちゃいるんだが……ン、美味そうな匂いが」
船上に香ばしい匂いが漂ってきた。見ると、皿の上に揚げ物を乗せた龍田が歩いて来るところだった。
「いっぱい獲れたから秋刀魚を揚げてみたんだけど、みんな食べる?」
「おぉーっ!」
リチャードをはじめとする船員、艦娘たちが歓声を上げる。
龍田が置いた皿にたくさんの手が殺到する。
「ナイスタイミングだ龍田。辛気臭い雰囲気でソロモンまで戻るはめになるところだった」
「それは困るわね~。せっかく大漁だったんだし、帰るときは意気揚々と帰りたいわ」
天龍ちゃんに心配かけたくないし――という言葉は口にはせず、龍田は木曾と並んで賑わう甲板の様子を見守るのだった。