お祭り編はこれにて一旦おしまいとなります。
四葉祭は大きなトラブルもなく終わりを迎えた。
純粋に祭りを楽しんだ者。自分の成果に満足した者、しなかった者。要人の相手で疲れた者。様々な人々がそれぞれの思いを抱きながらその日を終えた。
「ニム、それはこっちに運んで」
翌日、伊26たち潜水艦組は屋台の解体作業を行っていた。普段屋台は使わないので、バラして片付ける必要がある。
伊26は伊58の後を追って倉庫までやって来た。
倉庫には他の後片付け組の姿もあった。その中には伊26の同期である水無月や浦波の姿もあった。
「あ、伊26だ。どうだった、そっちの屋台は」
「大好評だったよ。横須賀とか呉の提督さんも来てくれて絶賛してくれたんだ」
「あ、そっちにも行ったんだ。水無月たちのところにも何人か他の提督さん来てくれたよ。まさか来てくれるとは思わなかったなあ」
「割と司令官たちは拠点間行ったり来たりして情報交換とかしてるみたいだよ。けど横須賀の提督カッコ良かったな」
「私は呉の人の方が良かったな。優しそうだったし」
普段泊地で見かけない人たちの話題で盛り上がる。日頃あまり島民やスタッフ以外と会う機会のない艦娘にとって、四葉祭は他所の人と話したりできる貴重な場なのだ。
「ニム~、お喋りもいいけどまだ片付け残ってるよ~」
「あ、そうだったゴメンゴメン。それじゃ二人とも、またね!」
「またね~」
二人に手を振って伊58の後を追う。
「もー、ニムはすぐあっちこっちに興味移るんだから」
「ゴメンゴメン、まだ知らないことだらけでいろいろ気になっちゃうんだよね」
着任してから約二ヶ月。身の回りのことや自分のことはだいたい理解できたが、まだまだこの泊地には知らないことが沢山あった。
所属している艦娘も知らない子の方が多いし、妖精さんやスタッフの人ともほとんど話したことがなかった。そういう未知のものを前にするとどうにもワクワクしてしまうのである。
「ニムはなんというか怖いもの知らずでちね……」
「そんなことないよ、怖いものは怖いよ。でもほら、ゴーヤもそうだけどこの泊地の人たちは皆いい人だから、怖がる理由なんてないよね?」
「……真顔で恥ずかしい台詞言うのはよすでち!」
「恥ずかしくないよ~」
「絶対恥ずかしいよ!」
顔を真っ赤にした伊58が早足で歩いていく。その後を、伊26はにこやかな表情で追いかけるのだった。
「おっ、浦波じゃん。お疲れ」
倉庫から磯波たちの元に戻る途中、廊下でコーヒー片手に休憩している川内がいた。
「お疲れ様です川内さん。休憩中ですか?」
「そんなとこ。さっきまで哨戒しててね。浦波たちは祭りの片付け中みたいだね」
「はい。そういえば川内さんは……何に参加してたんですか?」
「私は知謀部門だったけど、五位だったよ。霰にしてやられてさ」
知謀部門は毎回特定のルールで騙し合いを行い、目的を早く達した者が勝者となる。
「霰ちゃんは確か二位でしたっけ」
「うん。最後は日向に出し抜かれた形だね。どっちも思考が読み難くて私からするとちょっとやり難い相手だったよ」
川内はどちらかというと真っ当な思考のキレ者を翻弄するタイプだ。日向や霰は常人の想定の斜め上をいく思考の持ち主なので、川内の方が逆に惑わされてしまう。
「浦波たちは黒豹ゲームだっけ。いいなー、やりたかったなー」
「あ、あはは……」
若干恨めしそうな川内に浦波は乾いた笑みを返すしかなかった。
黒豹ゲームは生身で行うサバゲーなので、人間と艦娘が共同でやると不公平になってしまう。艦娘の身体能力は人間のそれよりも遥かに高いからだ。
そういう点を考慮して黒豹ゲームは艦娘の参加を禁止することにしたのだ。
ただ、結局当日他所の拠点からやって来た艦娘からの要望に押し切られる形で一回だけ艦娘オンリーでのゲームを開くことになった。そのとき川内はタイミング悪く哨戒任務中で参加し損ねたため、こうして恨めしげな声をあげているのである。
「結局その艦娘オンリーのゲームも他所の川内が上位を占め尽くしたっていうし、なんかズルイよねー」
「……あのー、もし良かったら片付ける前に一回だけやります?」
「いいの!?」
先程までとは一転、目をキラキラと輝かせながら川内は浦波の手を取った。
「綾波たちとも片付ける前にもう一回やりたいねって話はしてたので……。鬼怒さんとか阿武隈さんも参加されるそうですよ」
「ほほーう、燃えてきたよ! 綾波もいるし相手に不足はないね!」
闘志に火がついたらしい。コーヒーの缶をゴミ箱に捨てると、川内は浦波の手を取った。
「それじゃ行こう、今すぐやろう! なんだったら神通と那珂も呼ぼうか!」
「え、いや、今すぐってわけじゃ……ま、待ってくださーい!」
引き摺られながら悲鳴を上げる浦波。
どうやら彼女たちの祭りの終わりは、もう少し先らしい。
司令室では司令部メンバーが忙しなく動いていた。日々の業務に加えて四葉祭の片付け指示もとりまとめなければならない。祭りの最中も各地の要人の相手をしたりして休む間もなかったから、全員疲労しきっていた。
それでも皆の表情は満足げだった。
大変なだけなら開催しなければいいのだ。司令部メンバーにはそうするだけの権限を持っている。
そうしないのは、この祭りに開くだけの価値を見出しているからだ。その価値についての実感が全員の満足げな表情に繋がっている。
「ありがとう青葉、おかげで機関紙も良いものになったよ」
「いえいえ。この青葉、古鷹の頼みは断りませんよ」
二人の側では加古と衣笠がぐったりと倒れていた。四葉祭の内容をまとめた記事の作成にかかりきりだったのだ。古鷹と青葉もそろそろ限界が近づいている。
「団体部門は潜水艦チーム、陽炎さんたち、皐月さんたちのところが特に盛り上がったみたいですね。親潮さんや水無月さんたち最近着任した方々も大分ここに馴染んできてるようです」
「うん。皆楽しんでくれてるならなによりだよ」
「私は消化不良だ……」
四人にお茶を出しながら長門がぼやいた。
「せっかく叢雲に勝てたのに瑞鶴にいいようにやられた感がしてならない……。おまけに陸奥はちゃっかり選挙部門で一位取っているし」
「最近のあの子は成長著しいから。調子が良ければ私も危ないかもしれないわ」
差し入れの蕎麦をすすりながら加賀がぼそっと言った。
その言葉に司令部の全員が凍りつく。
「……か、加賀さんが褒めた!?」
「明日は雨が降るかもしれないわね」
「どうしよう、明日の出撃編成見直した方が良いかしら……」
「――貴方たち散々な言い草ね」
あまりの言われように加賀が不服そうな声をあげる。
「私だって認めるべき人は認めるし、褒めるべきときは褒めるわ」
「冗談だって、ごめんごめん」
皆を代表して叢雲が謝罪し、自分の分の蕎麦をそっと加賀に差し出した。
「……ま、我々の泊地が皆少しずつ成長している実感を得られたし、今回も上々といったところだな」
長門の言葉に古鷹たちが頷く。
四葉祭は大成功で終わり、明日からはまた新しい日常が始まる。皆が少しずつ成長していく日常が、続いていくのだ。