S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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うちの長門は挫折しながらも泥臭く成長している主人公タイプなイメージです。
武蔵はそのライバル役、陸奥や大和はそんな姉妹たちを支える良き理解者役。
ちなみに着任順は陸奥→武蔵→長門→大和でした。


四葉祭(3)―お祭り準備編―(陸奥・第二十二駆逐隊・鬼怒・ウォースパイト)

「あらあら、美味しそうな蕎麦粉の香りがするわね」

 

 祭りに向けて準備を進める水無月たちのところに、陸奥がひょっこりと顔を出した。

 陸奥は長門型戦艦の二番艦だ。柔らかな物腰と聞き上手な性格から多くの艦娘に慕われている。

 

「皆のところはお蕎麦屋さんにするのかしら?」

「ちょっと違うよ。水無月たちのところは早食い競争するんだ」

「へえ。そうするとこのお蕎麦は……わんこそばかしら」

「ご名答! 何で競うかいろいろ考えたんだけど、いっぱい食べるってなるとやっぱりわんこそばかなって」

 

 なるほどなるほど、と陸奥は水無月たちが打っていた蕎麦の生地を覗き込んだ。

 

「でも、お蕎麦だと蕎麦粉アレルギーが少し心配ね」

「……あっ」

 

 陸奥に指摘されて、水無月たちは一斉にしまったという表情を浮かべた。アレルギーの問題については考えていなかった。

 

「そうか、そういう場合どうしよう」

「お蕎麦だってこと前提で予算組んで材料も発注しちゃったし、今から題材変えるのは無理だよ~」

 

 思わぬトラブルに頭を抱える四人に対して、陸奥はぴっと指を立てた。

 

「別に題材を変える必要はないと思うわ。わんこそば、とても良い案よ。でも間違ってアレルギーで倒れる人が出るといけないから、参加要項に注意書き足したり、万一アレルギー起こした人が出たときの対処方法は確認しておいた方が良いわね」

「確かに。なら参加要項は私の方で見直しておこう」

 

 長月が胸を叩く。

 

「じゃあ、水無月は道代先生にでもアレルギーについて話を聞いてくるよ!」

 

 水無月が腕をまくってみせる。任せなさいと言いたげなポーズだ。

 

「ありがとう、陸奥。ボクたちだけじゃ見落とすところだったよ」

 

 皐月に礼を言われて陸奥は「あらあら」と笑みを浮かべた。

 

「ところで当日は私も参加していいのかしら?」

「えっ」

「うーん……」

「陸奥さんも戦艦だからかなり食べるよね……」

 

 新しい難題に、水無月たちは揃って頭を抱えるのだった。

 

 

 

「おっ、陸奥さんだ。やっほー!」

 

 水無月たちのところを辞して歩いていると、向こうから大きな荷物を抱えた鬼怒に声をかけられた。一緒にいるのは磯波、浦波の姉妹だ。

 

「あら鬼怒、磯波ちゃん、浦波ちゃん。三人も四葉祭の準備?」

「はい、黒豹ゲーム用の機材が届いたので」

「……黒豹ゲーム? 皆で綾波ちゃんごっこでもするの?」

 

 黒豹というのは磯波や浦波と駆逐隊を組んでいた綾波の異名だ。今回彼女たちは綾波や敷波と一緒に団体部門に参加する予定だったはずである。

 

「当たらずとも遠からずです。簡単に言ってしまうと真っ暗なフィールドを使ったサバゲーみたいなものですね」

 

 浦波が概要をかいつまんで説明した。まだ着任して日は浅いが、すっかり馴染んでいるようだ。

 

「本当は演習システムを使って本格的な夜戦シミュレーションゲームにしようと思ったんだけど、そういうスキル持ってるメンバーの勧誘に失敗して」

「へえ。でもサバゲーって備品結構お金かかるんじゃない?」

 

 鬼怒の持っていた箱の中を見てみると、何種類ものエアガンや暗視スコープが大量に入っていた。結構な額がしそうである。

 

「普段から司令部のお手伝いとかしてるから予算に多少色つけてもらったんですよ」

 

 鬼怒がふふんと得意気に鼻を鳴らす。確かに鬼怒は司令部からいろいろ仕事を任されている。陸奥は「人が良いわねえ」などと思っていたのだが、案外多少の計算があって手伝いをしていたのかもしれない。

 

「それじゃ、綾波ちゃんたち待たせてるんで。失礼しまーす!」

「失礼しまーす」

 

 三人は元気よく挨拶をして駆け去っていく。普段大人しい磯波も鬼怒と一緒にいると心なしかテンションが上がりやすくなるようだった。

 

 

 

 演習場から砲声が聞こえてきたので何気なく覗き込んで見ると、ウォースパイトが砲撃訓練をしていた。

 遥か彼方に設置された的に対してかなりの割合でヒットさせていた。彼女も着任してからそう長くはないが、艦娘としての練度はかなり高くなっている。

 ウォースパイトが砲撃を終えると、海上に待機していたアクィラが新しく的を設置し直す。その繰り返しだ。

 しばらくその様子を眺めていると、ウォースパイトが偶然こちらを向いた。

 

「あら、ムツじゃない。いたのなら声をかけてくれれば良いのに」

「集中しているようだったから、邪魔をしたら悪いと思って」

「始めると止め時が分からなくなるの。自分でもよくないと分かっているのだけど」

 

 ウォースパイトはアクィラに向けて手を振った。訓練はこれで終わりということなのだろう。

 

「そういえばムツは今回何に出るのかしら」

「私? 私は選挙部門よ。だからこうしていろいろ歩きまわって、準備で困っている人を見つけてはアドバイスをしているの」

「随分と正直なのね、貴方は」

 

 選挙部門は言ってしまえば艦娘同士で行う人気投票だ。普通の選挙と違うのは、もっとも指揮艦として相応しいと思う人に対して投票する、という点である。

 この四葉祭には娯楽イベントとしての側面もあるが、それ以外の狙いもいくつか散りばめられている。選挙部門に関して言えば、より優れた指揮艦を見出すための評価材料という側面がある。

 

「ウォースパイトは武勇部門にエントリーしたのよね。アクィラも」

「ええ。……この泊地が単純な強さ以外のことを大切にしているというのは分かっているつもりなのだけど、それでも私は戦艦だから。自分がどこまでやれるのか確かめてみたい――その欲求は抑えられないのよ」

「同じ戦艦として気持ちは分かるわ。こういうお祭りでなら、そういう欲求を無理に抑える必要もないと思う」

 

 有事の際は別だけどね、と付け加える。

 

「けど、貴方を見ているとここに着任したばかりの頃の長門を思い出すわね。あっちは貴方よりずっと問題児だったけど」

「……ナガトが?」

 

 ウォースパイトがびっくりしていた。現在の長門は優等生そのもので、問題児たちを叱り飛ばす側だ。そんな彼女がかつては問題児だったと言われてもピンと来ないのだろう。

 

「長門は着任がちょっと遅くてね。長門が着任した頃にはもう金剛たちが戦艦組の主力として活躍していたし、私も十分な練度になっていた。加えて武蔵も着任済みで、相当な練度を誇っていたの。だから自分の居場所がないって感じたのかもしれないわね」

 

 当時の長門はやたらと武に固執し、何度も武蔵に挑んでは返り討ちにあっていた。他にも実力者と見られる艦娘には一通り勝負を挑んでいたように思う。

 

「でもその後大きな作戦があって、こっちの戦力を凌駕する凄い相手と共闘したり戦ったりすることになったの。その中で長門もいろいろ思うところがあって、誰かれ構わず勝負を吹っ掛けるようなことはなくなったわ」

「……ナガトにそんな過去があったのね」

「それに比べればウォースパイトはしっかりしてるわ。多少の焦りはあるかもしれないけど、それを自覚して今できることをやっているんだもの」

 

 面と向かって褒められたからか、ウォースパイトは少し顔を赤らめた。

 

「ムツ。そういうことは面と向かって言うものではないわ」

「そうかしら?」

「そうよ」

 

 コホンと咳をしながら視線を逸らす。

 

 ……照れ方もなんだか長門にそっくりね。

 

 陸奥は微笑ましい気持ちになった。

 彼女が今回武勇部門に参加することで何を失い何を得るのかは分からない。だが、長門のときと同様、おそらく悪い結果にはならないだろう。

 そんな予感を抱きながら、陸奥はウォースパイトとアクィラに手を振ってその場を去ったのだった。

 

 

 

「へっくし!」

 

 司令部室に突如くしゃみが響き渡る。

 長門だった。

 

「なんだ長門、風邪か?」

「そんなわけないだろう、武蔵。久々にお前と一戦交えられそうなんだ。風邪など引いていられるか」

「やれやれ。大人しくはなったが、勝負に情熱をかける性質は変わらないな」

「何事にも全力であたるのは私の性分だ、これは変えられんさ」

「お二人とも、お喋りもいいですが手は止めないでください」

 

 パソコンで書類を淡々と片付けていた大淀に注意されて、長門と武蔵は揃って首をすくめ、仕事に戻るのだった。


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