S泊地ではときどき同期会というものが開かれる。
同時期に着任した艦娘たちが艦種や部隊の枠を超えて集まるちょっとしたイベントである。特に開かなければならない決まりはないのだが、いろいろな同期会が開かれているので、なんとなく自分たちも……と開く艦娘たちが後を絶たない。
そんなわけで、今日も間宮の一角を借りて2014年夏組の同期会が開かれていた。
「今回は私が用意してみたの。皆どんどん食べてっ!」
春雨がテーブルに並べたのは鼻孔をくすぐる中華料理の品々だ。
「美味しそう……」
雲龍がうっとりとした声で言った。他の皆も期待に目を輝かせている。
しかしそんな中で一人だけ目を曇らせている艦娘がいた。磯風だ。
「あれ、磯風どうしたの? 中華料理駄目だった?」
「いや、そういうわけではない。とても美味しそうで……それ故に羨望を抱いていた。同じ駆逐艦なのに春雨は料理が上手いのだな」
「磯風は全然料理駄目だもんねー」
悪気のない時津風の一言が磯風にぐさりと突き刺さる。
「姉さん、すまないが本当のことを言わないでくれ。今ちょうどそのことで悩んでいるのだ……」
「どうかしたの?」
早霜が首をかしげながら尋ねた。
「うむ。実は昨日たまたま司令とここで同席してな……。そのとき、今度秘書艦になったときに料理を振る舞うと約束してしまったのだ」
「えっ」
全員の視線が磯風に注がれる。「なぜそんな約束をしたのだ」と言いたげな視線だ。
「司令はご家族と離れて久しく、基本的には自炊で済ませているそうだ。だがここに来てからは秘書艦の手料理に触れる機会があって、とても懐かしい気持ちになったと仰られていた」
最近の秘書艦は先日着任した水無月・アクィラ・伊26・ウォースパイトが日替わりで担当している。確かアクィラ以外は皆料理の心得があったはずだ。
「それで、つい私も言ってしまったのだ。次の秘書艦担当の日には腕によりをかけて美味しいものを御馳走しよう、と――」
「なんでさ」
時津風が冷えた視線でツッコミを入れる。
「多分磯風の負けず嫌いが発動したんじゃないかな。ほら、新しく来た子にできるなら私だって……って」
清霜の分析に、磯風は唸った。確かにそういう負けん気が働いて、つい衝動的に言ってしまったような気がする。
「……私の方から司令にそれとなく言っておきましょうか?」
「大淀。それはもう少し待ってくれないか。それは私の立つ瀬がなくなる」
「ですが、司令に体調を崩されても困りますし」
「ううっ」
何気に酷い言われようだが前科があるだけに言い返せない。
ちなみに大淀は泊地発足当初からの最古参だが、艤装が完全な形になったのは2014年の夏なので、この同期会のメンバー扱いになっている。
「康奈司令には苦い顔をされ、新十郎司令は三日程お腹を壊されていたわね……」
「やめろ早霜、過去を振り返るな! 今大事なのは次の秘書艦担当日についてだ!」
「ちなみに次の磯風の担当日っていつ?」
「……二週間後だ」
「微妙な期間だね」
全員が「うーん」と唸り声をあげる中、春雨が一人手をあげた。
「もし良かったら、私が料理教えようか?」
「い、いいのか!?」
「うん。私も人に教えられるほど上手いかどうか分からないけど」
「なら、私も手伝うわ。フフッ、少しは覚えがあるから」
春雨に続いて早霜も手をあげた。磯風の表情が少しずつ晴れやかになっていく。
「それじゃ、磯風の問題も解決の糸口がつかめたってことで、そろそろ食べようよ。春雨の中華料理冷めちゃうし」
時津風の言葉に全員が頷く。
それから、同期会はいつものような盛り上がりを見せたのだった。
「それで、どんな料理を作るつもりなの?」
同期会から数日後。
磯風の住む寮の厨房に、磯風・春雨・早霜の三人が集まっていた。
「司令は魚料理が好物だと言っていた。なので秋刀魚の塩焼きをメインにしようと思っている」
ちなみに秋刀魚の塩焼きは昨年浜風たちに教わって完璧にマスターしていた。今も焼き魚は定期的に作っているのでそこは問題ない。
「ただ、それだけだと少し物足りないかと思ってな。他にもう一つか二つ出したい」
「……秘書艦って一日中やるけど、三食全部秋刀魚出すの?」
早霜の指摘を受けて、磯風の表情が僅かに硬くなった。
「――何か作らねばということばかり考えていて、三食ということを忘れていた。ど、どうする。想定の三倍料理を作らなければならないのか……!?」
「品数少なくて済むものでまとめればいいんじゃないかな」
春雨が頭を捻る。
「例えば……朝はカレーにして、昼はその残りものでグラタンにするとか。それで夜に秋刀魚の塩焼きとご飯にお味噌汁、あとは適当なサラダにするとか」
「それなら難易度もそう高くはなさそうね」
「ま、待ってくれ。カレーもグラタンも、私はきちんと作ったことがないぞ」
「大丈夫だよ。少し手間はかかるけど、手順さえ守ればそんなに難しくはないもの」
「私たちが……しっかりと教えてあげる」
二時間後。
想定外の出来になった代物を見て、磯風はがっくりとうなだれていた。
「何が、何がいけないんだ……」
「どうも料理における感覚全般がずれているようね」
「そのうえものすごく感覚に頼って料理してるのが……」
早霜と春雨の言う通り、磯風は細かい点で感覚がずれていた。
火の強弱、煮込む時間の程度、調味料の入れ具合……。いずれの感覚も少しおかしいのだ。それが間違っていないという前提で料理をしているのだから、出来上がるものもおかしくなる。
秋刀魚の塩焼きが上手くできるようになったのは、感覚で覚えるくらい何度も練習を重ねた結果である。
そのとき磯風に料理を教えていた浜風たちも磯風が抱えている問題に気づいてはいたが、早急にどうにかする必要性がなかったので、長期的に改善させていこうということにしていた。
だが、今回は期限がある。あまり悠長なことを言っていられる余裕はなかった。
「必ずしもこのやり方がいいとは限らないけど――こうなったらとにかくマニュアル通りにやる戦法でいくしかないと思う」
春雨の目がぎらりと光る。春雨は実のところ料理には一家言を持つほどのこだわりを持っている。彼女にとって、教え子たる磯風が酷い料理を出して司令官をダウンさせるような事態は耐えられないものだった。
三十分程席を離れた春雨は、びっしりと文字が書かれたレシピノートを磯風に突きつけた。
「いい、磯風。料理に関する詳細を全部このノートに書いておいたから、絶対にこれを守って料理をするの。火の強弱の判断基準はこの脇のところに書いておいたから。計量はきちんとしないと駄目よ。はい、時間計るためのストップウォッチはこれね」
「あ、ああ。春雨、分かった。分かったから少し離れてくれ……目が、目が怖い!」
「……春雨、まるで磯風のお母さんみたいね」
早霜のコメントが聞こえているのかいないのか。
半ば涙目の磯風に、春雨は徹底すべきルールを叩き込み続けるのだった。
「それで、結果はどうだったの?」
保健室でベッドの脇に座る道代先生が若干興味深そうに尋ねてくる。
「ああ。春雨と早霜の猛特訓のおかげもあって、司令にはそれなりのものを提供できたと思う……」
「その代わりあんたは無理して倒れたわけね」
「この磯風がこんな形で不覚を取るとは……」
寝る間も惜しんで特訓したからか、秘書艦としての任を終えてからすぐに体調を崩してしまった。
「ちなみにあんたが寝込んでる間に春雨と早霜が来てたわよ。さすがに無茶をさせ過ぎたって心配してたみたい」
はいおみやげ、と道代先生がクッキー入りの包みを差し出した。
そこには「おつかれさま」と書き添えられたカードが入っていた。