なにかが窓に当たる音で目が覚めた。
ぼんやりした頭で外を見ると、物凄い量の雨が降っている。
雨がフィルターになって、外の景色がはっきり見えなくなるような有様だった。
「瑞鶴――はまだ寝ているのね」
相部屋で生活する妹は、まだ深い眠りの中にいるようだった。
時計を見ると、今は午前五時。もう一度寝直すには少々微妙な時間帯である。
部屋の中はムシムシするので、着替えてロビーに出ることにした。
そこでのんびり読書でもしながら、朝食時になるまで過ごせば良い。
そう思っていたのだが、いざロビーに行くと、そこには先客がいた。
雨ばかりが見える窓の外を、ぼんやりと眺めている。
「大鳳?」
声をかけると、大鳳はこちらに振り返った。
「ああ、翔鶴。おはよう、早いのね」
「ええ、雨の音で起きてしまって」
「私も。天気予報を見てみたけど、今日一日止む様子はないみたいね」
そう言って大鳳はスマホの天気予報アプリの画面を見せた。
翔鶴が今日の天気を見ると、スマホが小さく震える。どうやらメールが着たらしい。
翔鶴のポケットにあるスマホも同じタイミングで反応を見せた。
「司令部からね。今日は雨風が酷くて危険だから、不要不急の外出は禁止だって」
「この調子なら仕方ないわね」
となると、今日の予定は軒並みキャンセルということになる。
改めて部屋に戻って寝直しても良いかもしれないが、大鳳と話したことで目が冴えて来てしまった。
「……畑の様子でも見に行った方が良いかしら」
「大鳳。それは危険なフラグだから駄目よ。不要不急の外出は禁止でしょう?」
「うぅ、なにか気になってしまうのよね……」
この泊地は僻地ということもあってか、できるだけ自給自足をすることを基本方針にしている。
そのため艦娘たちは非番のとき農業や土木作業をよく行っていた。
だからだろうか、こういうとき畑の様子がどうしても気になってしまう。
大鳳の気を紛らわすため、翔鶴はロビーにあるテレビをつけた。
以前はDVD等を見るくらいの使い道しかなかったが、最近はインターネットを介してオンデマンドサービスで各種映像番組を見られるようになっている。かつては速度問題で泣かされる者も多かったが、度重なる嘆願が功を奏したのか、最近はほぼ問題なく利用できるくらいには改善されていた。
大鳳が好きそうなスパイアクションものを選んで流し始めると、大鳳の視線はそちらに向かうようになった。
「普段から世の中から半ば隔絶されているようなところがあるけど、こうして寮から出られなくなると、より一層そういうのを強く感じるわね」
「そうね。こうやってインターネットが繋がってるだけ、大分良くはなったけど」
「世の中のトレンドも分からないし、深海棲艦との戦いが終わったとして、きちんと生活していけるか不安なところはあるわ」
早朝だからか雨だからか、大鳳のテンションは下降気味のようだった。
無理もないと思う。翔鶴自身、今日はいつもより気分が揚がらない。
だらだらとテレビを見ながら、ときどき窓の外の様子を窺うが、雨足はますます強くなるばかりだった。
それどころか、徐々に雷まで鳴り始める。
「ピッツァ……」
と、そこに寝ぼけまなこのアクィラが姿を現した。
部屋着に着替えてはいるが、髪の毛は寝ぐせだらけで、正直寮の外には出せないような状態である。
「アクィラ、おはよう。どうしたの?」
「……ピッツァ?」
「私はピッツァじゃないわ翔鶴よ」
ぺちぺちと頬を叩くと、アクィラはようやく意識を覚醒させたらしい。
「おはよう。あら、私なんでロビーに着たのかしら」
「多分お腹でも空いてたんじゃない?」
「そういえば小腹が空いているような……翔鶴凄いわね、エスパー?」
あれだけピッツァピッツァと言っていれば誰だって分かる。
そうツッコミたい衝動を抑えながら、翔鶴は「そろそろ朝食にしましょうか」と台所に向かうことにした。
他に献立も思い浮かばなかったので、簡単なピザトーストを用意して三人で食べながら朝を過ごす。
テレビは展開が佳境に入りつつあり、主人公のスパイが敵勢力と本格的にやり合う段階になっていた。
「ひゃあ! 危ない!」
大鳳は黙々と見るタイプだったが、アクィラはリアクションが激しい。
隣にいるとたまに抱き着かれるようなこともある。
最初のうちはリアクションの大きさに戸惑うこともあったが、寮で共同生活を始めてから数年、既にすっかり慣れつつあった。
「え、今の娘さん? 娘さんよね。大丈夫かしら……」
「今日のピザトースト、風味がいつもと違うけど美味しいわね」
あたふたするアクィラとは対照的に、大鳳は至ってマイペースに観続けている。
どうやらピザトーストを食べるうちに気分を持ち直してきたらしい。少しずつどんよりした空気が払拭されてきている。
スパイ映画が終わる頃には、巡洋艦や駆逐艦の子たちも起きてきた。
それぞれ朝食を取ったり、ロビーでだらっと過ごしたりしている。
テレビでゲームをやりたいという駆逐艦たちに席を譲り、翔鶴たちはロビーの一角にあるソファーに腰を下ろす。
「改めて見ると、うちってこんなに人がいたのね」
ロビーに揃ったメンバーを見て、大鳳がどこか感慨深そうに言った。
S泊地はいくつかの艦隊に分かれており、艦隊ごとに寮が設けられている。
今ロビーに集まっているのは一艦隊の三分の一程度だが、それでも結構な人数だった。
「雨でやることないから皆ここに集まったのかしら」
「普段は皆外出してることが多いし、これだけの人数が寮で待機っていうのはなかなかないかもね~」
空気はじめっとしているし、空は薄暗い。
けれど、ある意味ロビーは、いつになく華やかになっているとも言える。
「たまには、こういう日があっても良いかもしれないわね」
翔鶴の呟きに、大鳳とアクィラは小さく頷くのだった。