S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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海風は一番掘りに苦労してお迎えした子なので、改二実装は感慨深いですね……。


歩む道は分かれても(海風・山風・江風・涼風)

 六月も半ばを過ぎた頃、S泊地の工廠に向かう四つの人影があった。

 

「いやー、ついに海風の姉貴も第二改装か」

 

 感慨深そうにそう言ったのは、白露型駆逐艦姉妹の末っ子、涼風だった。

 

「ちょうどハワイから戻ったタイミングだと、なんだか戦勝祝いみたいだな」

「あはは。私、今回はそんな出番なかったから、そういう感じはしないけどね」

 

 照れ臭そうに頬をかく海風。

 彼女たちは、先日までハワイで大規模な海戦に臨んでいた。

 その帰路にて、海風の第二改装が可能になったという連絡を受けたのである。

 

「なんだっていいじゃンか。どんな改装になるかだぜ、気になるのは」

「江風の姉貴みたく黒マント羽織るのかな。あれ格好良いよなあ、あたしも早く第二改装欲しいねえ」

「私にはちょっと合わない気もするけど……」

 

 隣を歩く妹・江風の格好を見ながら、海風は同じ格好の時分を想像してみた。

 江風の第二改装は所謂格好良いタイプのもので、さっぱりした性格の江風だからこそ似合うような気がしてしまう。

 

「山風の姉貴はどう思う?」

「……別に、どんなのでも良い。海風姉は、海風姉だし」

「まあ、そりゃそうだけどよー。こういうのは想像するのが楽しいとこだろ?」

「そういうもの……?」

 

 涼風に疑わしげな眼差しを向ける山風。

 普段から涼風のペースに巻き込まれてあたふたさせられることが多いからか、どうも最近は警戒気味のようだった。

 

 そんな、いつも通りの話をしているうちに工廠に到着する。

 ここには常勤の工廠長と、一足先に戻った明石がいるはずだった。

 

「失礼します」

 

 厳重なセキュリティロックを解除しながら中に入る。

 すると、そこには海風にとって意外な人物が待ち受けていた。

 

「――お、ようやく来たか」

 

 作業着に身を包んだ、工廠長よりも若干若い中年男性。

 彼は、S泊地のスタッフではない。見覚えのない顔に涼風がきょとんとした表情を浮かべ、山風は警戒したのか海風の後ろに隠れてしまう。

 

「え――お、お父さん?」

「……お父さん?」

 

 男性を見て海風が発した言葉に、涼風と山風は意外そうな表情を浮かべた。

 

 艦娘には、艤装に艦の御魂が憑依して顕現するタイプと、人間の身体に艦の御魂を降ろすタイプがいる。

 海風は後者だった。つまるところ、元々人間で、普通に家族がいるのである。

 

 ただ、涼風も山風も、海風から人間としての家族の話を聞いたことはほとんどなかった。

 

「え、なんでここにいるの? 仕事は?」

「はっはっは。横須賀鎮守府に希望を出して、ちゃんと仕事としてこっちに来ている。出張扱いというわけだ。心配は要らんぞ!」

「そうなんだ。……いや、っていうか来るなら来るで予め連絡ちょうだいよ!」

「なんだ、急に来たら駄目だったか?」

「別に、駄目ってわけじゃないけど」

 

 急に始まった父子の会話に、涼風たちはぽかんとするほかない。

 そんな彼女たちの様子に気づいたのか、海風の父は「おっと挨拶が遅れた」と頭をかいた。

 

「私は上田という。普段は横須賀鎮守府で整備員として働いている。山風と涼風だね。うみ……海風からいろいろと聞いているよ」

「お、おう……」

「どうも……」

「江風も、久しぶりだな」

「ちっす」

 

 江風は過去に何度か上田と会ったことがある。だからか、涼風や山風ほどは驚いていなかった。

 

「出張ってことは、海風の姉貴の第二改装絡み?」

「相変わらず察しがいいな。第二改装は艦娘の特質を踏まえて細かい調整をしていく必要がある。それなら親である私以上に適任はいないだろう」

「親バカだねえ」

「放っておいてくれ」

 

 父親がここに来た目的を知って、海風は大きくため息をついた。

 

「そんなことのために、わざわざここまで来なくても良いのに……。お母さんたちだって反対したんじゃないの?」

「いや? お土産いっぱい持たせてくれたぞ」

 

 ほれ、と上田は脇に置いていた巨大な鞄を開けて見せた。

 中には大量の野菜とお菓子が入っている。

 

「皆で食べてくれ。うちのカミさんの実家で育てた野菜だ。ウマいぞ」

「そうだった。お母さんお父さんと同じタイプの人だった……」

「海風の姉貴も損な性分だねえ。素直に喜べば良いじゃンかさ」

「それは――」

 

 海風はなにかを言いかけて口をつぐんだ。

 その直前に、涼風と山風の方を見たが――それに気づいたのは江風だけだった。

 

 

 

 第二改装を実施する海風を工廠に残し、江風たちは食堂に向かっていた。

 道中、話題になるのは海風の家族のことである。

 

「でも、びっくりした……海風姉のお父さん」

「だなー。普段全然そんな話してなかったし」

「悪い人じゃなさそうだったけど」

「お土産どっさりくれたしな!」

 

 三人はそれぞれ、上田が持ってきた大量のお土産を運んでいた。

 食堂に持っていって、どうするか間宮と相談するためだ。

 

「お前、土産もらったからって信用するのか? そのうち悪い大人に騙されないか、姉ちゃン心配になってくるぞ」

「なんだよー。っていうか江風の姉貴は知ってたんだな、海風の姉貴の家族のこと」

「別にあたしだって聞き出そうとして聞き出したわけじゃないよ。たまたま、たまたまさ」

 

 江風がそう言うと、山風は不思議そうに小首を傾げた。

 

「でも、なんでだろう」

「ン?」

「なんで海風姉、今まで話さなかったんだろう。私たち、何年もずっと一緒にいるのに、ほとんど家族の話、聞いたことない」

 

 少し不服そうな、寂しそうな声音。

 ずっと一緒だったはずなのに隠し事をされていたような感覚が、山風の胸中をざわつかせていた。

 

「――多分、ここでは『海風』として生きてるからだろうさ」

 

 工廠に視線を向けながら、江風が言った。

 

「元人間の艦娘はそういうところが結構複雑なンだよ。中には記憶が残ってないようなのもいるけど、残ってる場合、人間としての自分と艦娘としての自分を持つことになる。それは時として並立させるのが難しくなることもある――ってことさ」

「難しいこと言われてもよく分からねえぞ」

「……海風の姉貴には、弟や妹がいる。人間としての海風の姉貴の弟妹はそっちだ。あたしらは違う。こう言えば分かるか?」

 

 江風の言葉が腑に落ちたのか、涼風と山風の表情が曇る。

 

 二人は人間ベースの艦娘ではない。人間の家族はいない。

 涼風や山風にとって、家族はこの泊地の白露型だった。

 そんな家族が、一面では赤の他人とも言える――そんな事実は、あまり愉快な事実ではない。

 

「勿論海風の姉貴はそんな薄情なこと考えてないと思うけど、家族の話をすればあたしらがそういう風に受け取ってしまう可能性は十分ある。だから――姉貴は普段家族の話をしないようにしてたンだろうよ」

 

 駆逐艦・海風としての自分も、海風の姉妹も、彼女にとって偽りではない。

 だからこそ、いたずらに傷つけまいと気を使っていたのだろう。

 

「……もし、深海棲艦との戦いが終わったら。海風の姉貴が艦娘続ける理由はなくなるわけだし――あたしらとは赤の他人ってことになっちまうのかな」

 

 涼風が、どこか不安そうに言葉を紡ぐ。

 しかし、江風はそんな妹のおでこをデコピンで思い切り弾いた。

 

「馬鹿なこと言ってンじゃねえよ、涼風。海風の姉貴が艦娘やめたとして、それであたしらの関係が消えるか? あたしらの知ってる姉貴は、そんな情のない人じゃねえだろ?」

「それは、そうだけど――」

「改装終わって姉貴が戻ってきたら、笑って出迎えてやりゃ良いンだよ」

 

 涼風たちの不安を笑い飛ばすように江風が語る。

 

「久々にあっちの家族と会ってどうだった、他の家族の話も聞かせてくれってな。どっちも海風の姉貴にとっては家族なンだって、あたしらがそれを認められれば、自然と姉貴もいろいろ話してくれるようになるだろうさ」

 

 

 

 上田、明石、工廠長らの尽力によって、海風の第二改装は一段落ついた。

 艤装の試運転を終えて、海風は上田と二人で工廠を出る。

 

「……すまなかったな、いきなり押しかけて」

 

 泊地を歩きながら、上田はぽつりと呟いた。

 

「どうしたの、急に」

「いや、なんだかここの山風と涼風を驚かせてしまったみたいだったしな。『海風』として暮らしてるところに俺が来たから、もしかしたら邪魔をしてしまったんじゃないかと思って」

「それは、お父さんが悪いんじゃないよ。もう何年も一緒にいるんだし、山風たちにも――皆にも家族のこと、ちゃんと話しておくべきだったんだと思う。『海風』であろうと意識するあまり、ここでは昔のことを出しちゃ駄目なんだって考えてたから」

「……確かに、今のお前は『海風』だ。そうあろうとするのは間違っちゃいない」

 

 上田は頭をかきながら、「だけど」と続ける。

 

「艦娘としての『海風』だけじゃない。父さんや母さんの娘としてのお前も、お前なんだ。どっちもお前だ。使い分ける必要はあるかもしれないが、捨てる必要はない。少なくとも、俺たちは今だってお前のことを大事な家族だと思ってる」

 

 照れ臭いのだろう。

 上田は海風から視線を逸らし、暮れゆく空を見上げながら、そう口にした。

 

「だけど、あの子たちだってそれは同じかもしれない。だから、大変かもしれないけど、どっちも大事にしなさい」

「……うん」

 

 茜色の泊地を行く親子の前には、三人の艦娘が待っていた。

 待ちきれず駆け出してくる者。それに引きずられるようについていく者。あとからゆっくり歩いてくる者。

 

 それを見て、上田はどこか安堵したような、それでいて少し寂しそうな表情を浮かべるのだった。

 


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