特に深い理由はないのだが、うどんを食べたい気分だった。
「ごめんね。ちょうど今切らしてて」
間宮食堂に行ってみたが、材料がないとのことだった。
確認してみたが、次に材料が届くのは三日後らしい。
ここの立地を考えると十分早い方だし不満はないのだが、それはそれとして、今、うどんを食べたい気分なのである。
寮に戻り、台所を漁ってみる。
台所に置いてある食材は基本的に共用だった。
個人のものにはシールを貼っておく。シールがないものは好きに使って良い。
しかし、うどんはどこにも見当たらなかった。
そばならある。しかし、今食べたいのはうどんなのだ。
「白雪ちゃん、どうしたの?」
どうすべきか思案していると、偶々通りかかったのか、磯波が声をかけてきた。
「なんだか数日前見かけて気になってた商品を買いに行ったら売り切れだったみたいな顔してるけど」
「磯波ちゃん、なんでそんなに表現が的確なの」
「あ、本当にそういう状況だったんだ」
磯波も割と適当に言ったらしく、的を射た表現だったことに自分で驚いていた。
「うどんが食べたいの」
「おうどんかぁ」
「でも間宮にもないし、ここにもないのよ」
白雪の視線は、引っ張り出してきた小麦粉に注がれている。
「手打ちうどん作ろうかな」
「作ったことあるの?」
「ないけど、作り方は知ってるよ」
発言だけ見ると心許ないが、言っているのが白雪だからか、妙な安心感があった。
「それなら私も作ろうかな。ちょうどお腹空いてたし」
「じゃ、二人分ね。……あ、でも分量はちょっと自信ないな。少し多めにしておこっか」
白雪がボウルを取り出して、塩・水・小麦粉を適当に入れてこね続ける。
一緒にこねるわけにもいかず、磯波はうどんの具を準備することにした。
「山菜が結構余ってるから、山菜うどんにする?」
「うん、あと卵も乗せたいね」
「卵は――うん、あるある。最後に乗せようか」
話しながらも、磯波は大根を取り出してすりおろし始める。
そうしていると、台所にウォースパイトが顔を見せた。
「あら、二人とも何をしているのかしら」
「あ、ウォースパイトさん」
「うどんを作ってるんです」
生地をこねる白雪と大根をすりおろす磯波を見て、ウォースパイトは感心したように頷いた。
「生地から作るなんて凝っているわね。よければ私もご一緒して良いかしら」
「勿論。あ、でも生地ちょっと増やさないと駄目かな」
元々二人分と見込んで作り始めたのだ。
ウォースパイトの分も含めるとなると、やや少なくなってしまう恐れがある。
「ならおにぎりを作ればいいわ。おにぎりとセットなら、うどんは多少少なくても問題ないでしょう」
「それなら大丈夫そうですけど、ウォースパイトさん、おにぎり作れるんですか?」
「ええ、金剛に教えてもらったからパーフェクトよ」
寮の共用炊飯器の中身はしっかりと入っていた。
ウォースパイトはラップを広げて、そこにご飯を乗せていく。
「具は……昆布と鮭があるから、これで良いかしら」
「そうですね。……もしかして結構おにぎり食べてます?」
「ええ。意外だったかしら」
「なんとなく同じ携帯食だとサンドウィッチ派かと」
「ふふ、どちらも好きよ。ちなみにおにぎりで一番好きなのはツナね」
このS泊地はソロモン諸島にあるが、構成員の多くは日本に縁があるので、和食が食卓に並ぶことも多い。
ウォースパイトたち海外の艦娘も、そういう拠点で生活していくうちに、食文化に馴染んできたということなのだろう。
ウォースパイトの言葉に嘘はない。
具をご飯の上に乗せると、ラップ越しに丸めて、そこから少しずつ形を整えていく。
それなりに慣れた手つきで、傍から見てもこれが初めてではないことが分かる腕前だった。
その間にも、磯波はキノコやネギを切っていく。
白雪は生地を寝かせている間、ウォースパイトと並んでおにぎり作りを手伝った。
しばらく寝かせた生地を三人で交互に踏み、その後またしばらく寝かせて、最後に棒で平たく伸ばす。
「こうして見ると、しっかりうどんになってる……!」
「ちゃんとできたみたいで良かった」
「あら、初めてだったの?」
慣れた風に見えたから意外だった、とウォースパイトは素直な感想を口にした。
「それじゃ、切りますね」
麺切り包丁はないので、普通の包丁で丁寧に切っていく。
「なんだか芸術的なまでに等間隔で切っていくわね」
「白雪ちゃん、こういう作業は凄く得意なんですよ」
やがて、綺麗に切り揃えられたうどんが出来上がる。
つゆは既に磯波が仕上げていたので、あとは茹でて具を入れれば出来上がりである。
ただ。
「適当に入れたからか、少し多かったみたいだね……」
「おにぎりなくても良かったかもしれないね。ウォースパイトさん、少し多めでも食べられますか?」
磯波に聞かれて、ウォースパイトはやや困ったようにお腹をさすった。
「最近ちょっと控えるようにしてたから、前より小食気味で」
「――どうしたの、三人揃って」
三人が頭を悩ませていると、台所の外に一人の少女が現れた。
遠征から帰ってきたばかりなのだろう。やや服が汚れていた。
少し疲れ気味のようにも見える。
「吹雪ちゃん。今帰ってきたところ?」
「うん。これからお風呂入って寝ようかと――ああ、でもその前に何か適当なの食べないと」
ぐう、と吹雪のお腹が盛大に鳴る。
それを聞いて、三人は顔を見合わせて頷くのだった。
「なんだかご馳走になるだけだと悪い気がするなあ」
うどんをすすりながら吹雪が申し訳なさそうに白雪たちを見る。
「いいのいいの。作り過ぎてこっちも困ってたんだし」
「そうそう。遠慮しなくて良いよ」
「どうしてもお返しがしたいなら、私、今度は吹雪の手料理をご馳走になってみたいわね」
コシのあるうどんの食感。
それを彩る大量の山菜。
セットでつけられた食べやすいサイズの温かいおにぎり。
簡素ではあるが、充実した内容だった。
「うーん、そんなに美味しいものは作れないですよ? そこまで得意というわけじゃないですし」
「でも苦手ってわけでもないよね。何度か一緒にお菓子作ったじゃない」
「あら、実は結構いけるのかしら。ならスコーンをお願いできるかしら」
「ハードル上げないでくださいよー」
和やかな昼下がりの食卓。
S泊地でたまにある光景の一つだった。