S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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たまに艦娘の能力上限値が上昇することがありますが、その裏では多分技術者たちが頑張ってるんだろうなあ、という妄想をしています。


彼女たちの工廠(鬼怒・アクィラ・初春・夕張)

 S泊地の離れには、大きな壁で囲まれた石造りの建物がある。

 そこでは日夜装備の開発・修理が行われている。艦娘に支給されていない装備を保管しているのもこの場所だという。

 また、艦娘の艤装の建造も行われているらしい。

 そういう意味では、この泊地において司令部棟と同等の重要施設ともいえる。

 そんな場所に足を踏み入れるのは、実はこれが初めてだった。

 

「指紋ガ一致シマシタ。入場ヲ許可シマス」

 

 指紋認証を終えるとドアが自動で開く。まだここに来て日が浅いけど、指紋認証なんてしているのはここくらいではないだろうか。

 中には、一足先に入っていた案内役のキヌが待っていた。

 

「お待たせ、キヌ。でも凄いわね、指紋認証なんて」

「最近は割と安価になってきてるって津田さん言ってたみたいだけどね。警備を厳重にするっていうよりも、誰が何を持ちだしたか確認しやすくするために設置したみたいだよ。ホラ、集団で使ってるとときどき誰が何を持ちだしたか分からなくなって確認に苦労したりするから……」

「グラッチェ、勉強になるわ」

 

 そう、これは勉強なのだ。

 なぜ私が工廠に来ているのかというと、本日はこのアクィラが泊地の秘書艦だから、なのだ。

 この泊地では秘書艦は交代制になっている。これは泊地全体のことを皆が考えられるようにという意図によるものらしい。着任して日が浅い艦娘は泊地のことをいろいろと覚えるため、集中的にローテーションが組まれる。

 キヌの後に続いて進んでいく。指紋認証で開いた扉の先にもいくつかの扉があった。全部オートで開いたけど、有事の際はここをロックすることもあるらしい。

 

「まあロックしたことはないんだけどね。する・しないとできる・できないじゃ全然違うから」

 

 そうして何度目かの扉の前に来たところでキヌが立ち止まった。

 

「ようこそ、うちの工廠へ」

 

 キヌの言葉に合わせるかのように扉が開く。

 途端、ゴウンゴウンと何かの機械音が聞こえてきた。ぶわっと熱気が増したような気もする。

 

「いやー、何重にも壁で囲んでるのはこの騒音対策もあるんだよね。とにかくうるさいから」

「た、確かに」

 

 泊地は騒音の元になるようなものがほとんどなく、下手すると聞こえてくるのは波の音だけというくらい静かだ。けどここは違う。まるで異界に来てしまったかのようだ。

 

「おう、来たか」

 

 低く、それでいてよく通る声がした。

 妖精さんを肩車した作業服姿の男性が立っている。無精髭とバンダナが印象に残るオジサマだ。

 

「俺は伊東信二郎。ここの工廠長をやっている。と言っても部下は妖精たちだけだが」

 

 イトーは肩に乗せている妖精さんの頭をぐりぐりと撫でながら言った。

 

「そして私が工廠妖精。工廠には他にも妖精が多々いるけど工廠妖精といえば私だ。ここ重要だから間違えないように」

「……他の妖精さんと何が違うの?」

「工廠を統括してる妖精さんだから工廠妖精なんだって。他の妖精さんは職分に合わせた呼び方で呼ぶ必要があるんだ。建造妖精さんとか開発妖精さんとか……」

「うちの場合建造担当も開発担当も一人ずつしかいないから細かい呼び分けは考えなくて良いぞ。要するに俺とこいつと建造妖精、開発妖精の四人が工廠の全メンバーだ」

「うむ。実に寂しい職場だな」

「泊地が一つの企業だからなあ。ここってその一部署だろ。そう考えるとそこまで少ないって感じもしないがな。あくまで専従メンバーがこの四人ってだけで、兼任メンバーは他にもいるし」

「他というと……アカーシですか?」

 

 泊地に着任してから何度か会ったことがある。彼女は確か工作艦と名乗っていた。

 

「ああ。明石はうちの技術部の部長で、立場的には俺の上司ってことになる。もっともあいつは物資管理や艦娘の応急修理なんかで忙しいから、実際のところそこまで工廠にいるわけじゃないけどな。だから俺がここの管理を任されてる」

 

 長々と立ち話もなんだし早速案内しよう、とイトーが歩き出した。

 彼の後を追いながら周囲に目を向ける。いろいろな機械が唸り声をあげているけど、何がどういう機械なのかはさっぱり分からない。

 

「基本的にここの泊地は貧乏だからだいたいのことは手作りでやってしまうことが多いけど、この工廠の設備だけは別なんだ。艦娘の戦力に直結するものを取り扱っているわけだから、専門のプロが作ったものを取り寄せている。普段はケチくさい大本営もこればかりは必要不可欠だということで無償提供してくれた」

 

 工廠妖精さんが説明をしてくれた。となるとこの泊地の人たちも工廠内の機械の仕組みについて詳細は把握していないのかもしれない。

「そんなわけだから迂闊なことして壊すなよ。本来はえらく高価なものなんだ」

「……おいくらくらいで?」

「……知りたいか?」

「いえ。やっぱり良いです」

「賢明だ。知ればおそらく怖くなって工廠に近づきたくなくなる」

 

 

 

 建造エリアの案内はほんの数分で終わった。

 建造に使う機械の簡単な操作方法を教えてもらっただけ。注意事項とかは特にないらしい。素人が扱ってもトラブルが起きないような仕組みになっているそうだ。

 続いて開発エリアに行くと、そこでは一人の艦娘が設計図を前に睨めっこしていた。

 

「初春ちゃん!」

 

 キヌが呼びかけると、どこか優雅な佇まいのその艦娘はこちらに顔を向けた。

 

「おお、鬼怒ではないか。そちらはアクィラだったかの。工廠見学か?」

「そんなとこ。初春ちゃんは例の新装備の開発?」

「うむ。かれこれ三ヶ月、何か掴めそうな気がするのじゃがもう一つ何かが足りぬのじゃ……」

「……ハツハルは、技術者なの?」

 

 なんだかミスマッチな気がした。そもそも彼女は確か駆逐艦ではなかったか。

 

「うむ。技術者の端くれとして技術部に属しておるぞ」

「技術部?」

 

 そういえば先程も話に出ていた。なんとなく名前から技術者の集まりということは分かるけれど。

 

「明石を部長とする艦娘たちの技術開発部。工廠管理を任されてるのが俺と妖精たちなら、工廠使って実際にあれこれするのが技術部だな。さっき言ってた兼任メンバーってのが技術部だよ」

 

 イトーが補足してくれた。

 

「へえ。アカーシは工作艦だったからなんとなく分かるけど……」

「他にも夕張・扶桑・最上・瑞鶴・秋津洲がメンバーじゃな」

 

 思ったよりいろいろなメンバーがいるようだ。

 

「秋津洲は工作艦の経験があるからと明石に引っ張り込まれておったが、他は皆自発的に技術部入りしておる。それぞれ理由は違えど、より良い装備を作って皆の勝利に――生還に貢献したいという思いは一緒じゃ」

「へえ。ハツハルはなんで入ったの?」

「うむ……。アクィラは知らぬかもしれぬが、わらわたち初春型は実艦だった頃に失敗作扱いされておってな。艦娘としても役に立たぬであろうと言われておったそうなのじゃ。艦娘の運用が本格化する前の頃に生まれた最初の初春型は、実際他の駆逐艦と比べて航海時の安定性が低く戦闘では足手まとい扱いされておった」

 

 しかし、その『最初のハツハル』はそれで諦めることなく、自分たちの艤装を少しずつ改善していったのだという。結果、初春型の問題点はほぼ解消され、他の駆逐艦と遜色ない実力を発揮できるようになったそうだ。

 

「わらわはそれから少し経って生まれたのじゃが、この話を聞いて感銘を受けてのう。戦うこと以外にもやれることはあると思い、こうして技術部に入ったのじゃ。当然初春型だけでなく他の皆の艤装もよくしたいと思っておる」

 

 こうした艤装改善の動きは他の鎮守府・基地・泊地でもあるらしく、ネットワークを通して情報交換が度々行われているのだという。実際に何人かの艦娘の艤装能力を向上させた実績もあるそうだ。所謂『改』『改二』と呼ばれる大規模改造にも貢献しているらしい。

 

「アクィラも自身の艤装に不足を感じたら技術部に相談してくりゃれ。解決できるか確約はできぬが、できるかぎりのことはさせてもらうぞ」

「グラッチェ。まだ実戦経験あまりないからなんとも言えないけど……もし困ったことがあったら相談させてもらうわね」

 

 と、そこで内線の電話が鳴った。

 

「む、夕張からじゃな。機銃テストを頼んでいたのでその件かのう」

「邪魔して悪かったな」

「構わぬよ伊東。アクィラも、ゆっくり見学していっておくれ」

 

 電話に出て何か話し始めたハツハルに別れを告げて、工廠見学を再開する。

 

「あと残ってるのは装備テストエリアと管理エリアで――」

 

 説明してくれるイトーの話を聞きながら、私はなんとなく先程ハツハルが言っていたことを思い出していた。

 

「戦うこと以外にもやれることはある、か……」

 

 この泊地には技術部以外にも管理部や農業部、整備部等様々な部がある。皆それぞれ戦闘や訓練以外のことにも精を出していた。

 

「私は、どうしようかな」

 

 部に所属するのは必須ではない。ただ、なんとなくどこかに入ってみたいなという気分になっていた。

 

 

 

「それで夕張、テストの方はどうだったかの?」

『いやー、それが改良版の機銃が暴発しちゃってテストルームの設備が一部壊れちゃったのよ。伊東さんや明石に見つかると怒られそうだから、ちょっと助けてくれないかしら』

「……すまぬのう夕張」

『え?』

「今アクィラが工廠見学に来ておってな。じきに伊東はそちらに行くはずじゃ」

『ちょっ』

「南無阿弥陀仏。骨は拾っておくぞ」

『なに自分は無関係ですって感じになってるのよー! 言っておくけど設計図とテスト項目書は遵守したんだから、そっちにも責任はあるんだからねー!』

 

 がちゃりと電話が切れた。おそらくこれから大急ぎで隠蔽工作をするのだろう。とても間に合うとは思えないが。

 

「なにがいけなかったのかのう」

 

 機銃の設計図を見直して首を捻る。

 夕張の首根っこを押さえた伊東が怒鳴りこんできたのは、それから十分後のことだった。


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