S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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8/31中にアップロードしたかったところですが間に合わず。
今回はうちの最古参組のお話です。


三年目の終わりに(叢雲・漣・曙・那珂・白雪・大淀・明石・間宮)

 今日もいつものように業務をこなした。

 気づけばもうすぐ一日が終わろうかという時間帯だ。夜勤担当の初霜に後を任せて執務室を出る。

 間宮さんのところに寄って行こうか第一艦隊寮にまっすぐ帰ろうか悩みながら司令部棟の玄関先に向かう。ふと視線を上げると、そこには二十一の文が箇条書きされた大きな掛け軸が飾られていた。

 S泊地二十一カ条。

 端的に言ってしまうと心構えを記してまとめただけのものだ。規則正しく生活しろ、他人に自らの欠点を指摘されてもすぐ怒るな、友は良き者を選べ、エトセトラエトセトラ。特に拘束力はないけれど、泊地の皆はこの二十一カ条を大事にしている。

 

「あれ、叢雲ちゃんだ」

 

 玄関口が開いたかと思うと、那珂と曙、漣、それに白雪が入って来た。

 

「あら。なんだか懐かしい組合せね」

「でしょー。ちょうど叢雲ちゃん呼びに行こうと思ってたんだ、もう今日の業務終わった?」

「ええ。さっき終わったわ」

「それじゃ、間宮さんのところで一杯やろうよ!」

「別に良いけど、今日はどういう集まりなの?」

「アンタ忘れちゃったの?」

 

 曙が呆れ顔を浮かべた。

 

「叢雲ちゃん、最近休みを取ってないから忘れちゃったのね。ヨヨヨ」

 

 漣はわざとらしく泣く振りをしていた。

 なんだか懐かしい。最近はこういうやり取りもご無沙汰だった。

 

「……あー」

 

 そんな懐かしさと現在の状況の中に、一つの共通点を見出した。

 

「今日、八月三十一日か」

 

 その言葉に白雪が頷いた。

 

「ええ。そして――」

「この泊地が発足してから三年っ!」

 

 漣が指を三本立ててこれでもかと言わんばかりのドヤ顔を決めた。

 

「三周年の記念パーティだよ! 大淀ちゃんと明石ちゃんも間宮さんのところで待ってるって!」

「ふふっ、そういうことなら断るわけにもいかないわね」

 

 この泊地でもっとも長い付き合いの子たちに誘われれば、断るわけにもいかない。

 騒々しくも懐かしい面子に囲まれながら、間宮へと足を運んだ。

 

 

 

「おっ、やっと来ましたね!」

 

 時間が時間だからか間宮の中は大分空いていた。

 テーブルに料理を運んでいた間宮さんと明石、大淀がこちらに手を振って来る。料理はいずれも参加しているメンバーの好物が取り揃えられていた。

 

「他に運ぶのは残ってる?」

「あ、それじゃ奥にもう二皿、あとペットボトルがあるので――」

 

 てきぱきと準備を整える。昔はこうしてよく全員で集まって食卓を囲んだっけ。

 今じゃ泊地も大所帯になったし、皆それぞれ艦隊が分かれたから、このメンバーで食事をする機会はほとんどなくなった。

 

「はい、それじゃせっかくなので叢雲さんから一言いただきましょうか」

 

 準備を終えて全員が席に着いたところで、大淀がそんなことを言い出した。

 

「別に良いじゃない、そんなの」

「いえいえ、大事なことですよ。こういうの」

「そうですな。演説によって士気マックスにしてくださいな副司令!」

 

 漣がいたずらっぽく追撃してきた。大淀にしたって面白がって振って来ているのは明白だった。昔はもう少し生真面目な感じだったのだけど、清霜や朝霜が来た辺りから良くも悪くも砕けてきた気がする。

 

「えー。仕方ないわね。それじゃ、皆。三年間お疲れ様! この先どうなるかは正直全然分からないけど、今後とも精一杯やっていきましょう!」

 

 杯を前に差し出す。

 

「乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 コップを打ちつけ合う音が続く。

 

「けど、本当に大きくなりましたね、この泊地も。最初の頃はこの人数がどうにか入るかどうかってくらいの小屋しかなかったのに」

 

 明石が感慨深げに言った。

 

「司令官なんか気を使って寝るときは外で寝てましたもんね。男女同じところで寝るのは良くないって」

 

 白雪が少し懐かしむように言った。

 

「新さんはそういうところ堅物でしたね」

 

 間宮さんがさり気なくそれぞれの皿に料理を運びながら笑みをこぼした。

 

「うちの歴代提督の中では一番口うるさかったわ」

「そんなこと言って、曙ちゃん裏では……」

「漣。余計なこと言ったらぶっとばすわよ」

「サーセン!」

 

 てへぺろ、と舌を出す漣。この泊地もいろいろと変わったけど、こうして最古参のメンバーと話していると変わらないものもあるのだと実感する。

 

「ま、口うるさい説教好きだっていうのは確かね。だからあんな二十一カ条なんて作ったのよ」

「まあまあ叢雲さん。いいじゃないですか、あの二十一カ条。私たち艦娘に人間らしく生きて欲しいっていうのが伝わってきて、私は好きですよ」

 

 明石が言うと、大淀や間宮さんも頷いた。

 

「別に叢雲ちゃんも嫌いじゃないと思いますよ。ときどきあの二十一カ条の掛け軸見て笑ってるの見かけますし」

 

 と、そこで白雪が爆弾を放り投げた。

 ほほーう、という視線がこちらに注がれる。

 

「叢雲ちゃん、なんか副司令になってからは遠い人になっちゃった感じがしてたけど、そんなことなかったね。那珂ちゃん安心っ!」

「いやいやいや。そんな、なんというかアレな性格じゃないわよ、私!」

「どうかしら。叢雲って大人びてるところがある一方でときどきすごく子どもっぽいものね」

「曙、あんたには言われたくないっ!」

 

 言い返されても曙はにやにやとしているだけだった。この流れは良くない。実に良くない。

 

「せ、せっかくこうして集まったんだし近況とか話しましょうよ」

「でも叢雲さん、ほとんど司令部に缶詰ですよね。話せるネタあるんですか?」

 

 明石のさり気ない指摘に言葉を詰まらせる。そういえば最近は仕事ばかりで面白い話なんて全然なかった。

 

「……えーと。皆の方はどうかしら?」

「おっ。語ってしまっても良いのですかー?」

 

 漣が生き生きとした顔で身を乗り出してきた。

 

「不肖この漣、面白おかしいネタを探すために生きてるみたいなところがありまして」

「あんたはもうちょっと真面目になりなさいよ……」

「失敬な! 仕事はちゃんとやってますぞ!」

 

 実際漣はこんな調子で人並み以上の仕事をこなす。それだけに曙や潮たちはいろいろと振り回されえているらしい。朧は割とマイペースにやっているらしいのだけど。

 

「それでは先日工廠で繰り広げられた初春ちゃんと夕張さんによるロボットバトルのお話でも一つ……」

 

 漣の話を聞きながらふと時計を見ると、ちょうど零時になるところだった。

 三周年が終わり、四年目が始まったのだ。

 

「叢雲ちゃん」

「なに、白雪」

「また来年も、こんな風に集まれると良いね」

「……そうね」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 決して良いことばかりの日常ではないけど、こういう悪くない時間があるなら、そのために今後もずっと頑張っていけるような気がした。


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