秋雲先生のアシスタントこれからも頑張ってください!(頑張るところそこじゃない)
その日、夕雲型駆逐艦の風雲は新人研修を行っていた。
S泊地もなんだかんだで最前線の拠点である。
訓練を怠れば深海棲艦との戦いで沈みかねない。
そのため、新人たちは教官役を務める艦娘の下、厳しい基礎訓練を積むことになるのだった。
「はい、今日はここまで。お疲れ様!」
風雲の宣言と同時に、峯雲たち新人は一斉に倒れ込んだ。
もっとも、伏したままではなく、すぐに上体は起こしている。
体力はそれなりについてきているようだった。
「風雲も訓練厳しいわね……もっと手加減してくれても良いじゃない」
「それじゃ訓練にならないでしょ、ジョンストン。まだ余裕あるなら追加コースいっとく?」
「ジョンちゃん、風雲お姉ちゃんにはあれこれ言わない方が効果的だよ」
うへえ、と嫌そうな反応を示すジョンストンに、横から早波がこっそりとアドバイスをした。
もっとも、風雲にも聞こえている辺り、ほとんどこっそりの意味がない。
一方、峯雲は若干俯きがちだった。
溜息をつきながら地面に何かよく分からないものを描いている。
「……どうしたの、峯雲」
「そっとしておいてください、風雲さん。私は今落ち込んでいます。全然戦果があげられないのです……」
「全体の動きを見る限り、特別悪いようには見えなかったけど。峯雲はどちらかというとアシストの動き方だから、自分でも出来てるかどうか分かり難いだけじゃない?」
「だと良いのですが……」
はあ、と重ねて息を吐く。
おっとりした性格であまり戦を好む性質ではない。
だからか、峯雲は戦闘訓練において自己評価が低くなりがちな傾向があった。
どうしたものかと風雲が頭をかいていると、側にいた最後の新人――日進が「おい」と水平線の彼方を指差した。
「なんかおるぞ。あれ誰じゃ?」
「ん、どこ?」
「あー、なにかいるわね」
早波、ジョンストンが手で双眼鏡を形作り遠方を見やる。
それでよく見えるとも思えないのだが、風雲もつられてそちらを注視してみた。
小舟が一隻。
大海を渡るにはあまりに頼りなさそうな船が、こちらに向かってゆっくりと進んでくる。
そのちっぽけな乗り物は、乗り手のオールが動力源らしかった。
乗っているのは、小柄な少女である。
「……艦娘かなにか?」
「でも見たことないタイプだね」
「けったいじゃのぉ」
「……」
いじいじしていた峯雲も皆の声が気になったのか、面を上げる。
見えたのは、駆逐艦と軽巡の間くらいの背格好の少女だった。
少女の漕ぐ船は、特に何事もなく泊地近くの浜辺に辿り着いた。
整った顔立ちではあるが、日本人のようにも西洋人のようにも見える不思議が雰囲気の少女だった。
「こんにちは。貴方たちここの艦娘?」
「え、ええ。そうですが」
謎めいた少女に声をかけられて、風雲はやや困惑気味に答えた。
少女はにこやかな笑みを浮かべると、さっと風雲の手を取って握手をしてきた。
「私はフォックス。艦娘たちにインタビューしながら各地を巡っているフリージャーナリストよ」
フリージャーナリスト。
テレビ等でたまに見かける肩書きの持ち主を前に、風雲や峯雲たちは「おお~」と謎の関心を示した。
「い、インタビューっていうと?」
「艦娘たちの生活の実態を知りたいのよ。それをきちんと世の中に広めて、人間と艦娘の相互理解を深めさせたい。それが私の野望というわけ」
それで、とフォックスは風雲に顔を近づけた。
息がかかるほどの至近距離である。風雲は咄嗟のことに思考が固まってしまった。
「是非、貴方にインタビューしてみたいのだけど。今お時間良いかしら?」
一応司令部に連絡したところ、機密情報出さないなら問題からよろしく――と体よく来客対応を押し付けられてしまった。
そんなわけで、風雲は新人たちと共に急な来客フォックスの相手をするはめになっている。
フォックスは拠点の特徴も知りたいらしく、各所を案内しながらインタビューを受けることになった。
「えーと、ここが工廠ですね。中に入れることはできませんが、私たちの艤装はここで開発やメンテしてます」
「そこそこの大きさね。そういえば他のところでも風雲の子には会ったけど、貴方の艤装はなんだか少し違う?」
「ああ、先日第二改装を済ませたので。その影響かもしれませんね」
艦娘個々の特性を前面に押し出す第二改装。
風雲はつい先日、それを終えたばかりである。
新人たちの教官役に立候補したのも、自分自身を鍛え直して新しい艤装に馴染ませたかったという理由があってのことだった。
「優秀なのね」
「どちらかというと地味な方でしたよ。同期は江風とか照月とか、いろいろ個性的なのがいたので……」
「もしかして、風雲さんも私と同じような感じだったんですか?」
どことなく嬉しそうに語りかけてきたのは峯雲だった。
風雲は当時を振り返り、その頃の自分と今の峯雲を様々な角度から比較してみた。
アシスト役という点は似ている。
ただ、風雲がよくアシストしていたのは突っ込みたがりの江風だ。
必然、風雲も前の方にガンガン出ていく形になる。峯雲にそういう芸当は難しい気がした。
一方、峯雲のように細やかなアシストは、少なくとも当時の風雲にはまるでできていなかった。
「……まあ、似ている部分もなくはないけど、そうでない部分もなきにしもあらず……?」
「歯に物が挟まったような言い方ね」
「風雲の新人時代についてもっと聞いてみたい気がするのう」
「今は来客対応中でしょ。……すみません、フォックスさん。どうにも騒がしくて」
ジョンストンや日進に絡まれながら謝罪する風雲を見て、フォックスはころころとおかしそうに笑った。
「仲が良いのね」
「改めて問われると些か自信はないですが――」
昔の話を聞かせろと迫る四人を抑えながら、風雲はフォックスに応える。
「――戦場に出れば背中を預ける仲間ですから、信頼できる関係性は築きたいと思ってますよ」
その途端、四人の動きがピタッと止まる。
突然訪れた沈黙に風雲が「な、なに?」と困惑顔を浮かべると、早波がぼそっと呟いた。
「そういうとこだよ風雲お姉ちゃん」
「いや、なにが!?」
「日本の艦娘、当たり前のように恥ずかしい台詞を使う、と」
「ジョンストン、一括りにするでない。あれは風雲のあいでんててーというやつじゃからの」
「わ、私には村雨さんが……」
「あ、あんたら! 好き勝手なこと言ってんじゃない!」
顔を真っ赤にした風雲が怒りを見せると、四人は一斉に距離を取った。
どうも風雲は若干遊ばれているように見える。
「信頼関係の構築は、これからの課題と言ったところかしら」
「今のでかなり自信がなくなりました」
やや疲れたような目で、風雲はそう応じるのだった。
その後も各地を回りながらのインタビューは続いた。
普段の生活のこと。
深海棲艦との戦いのこと。
周辺住民との関係のこと。
国家との関係のこと。
正直風雲の手に余るような質問もあったのだが、分からない、と答えるとフォックスはそれ以上追及して来なかった。
「……フォックスさんは、なんでこういう仕事をしてるんですか?」
インタビューを受ける側が質問するのはルール違反かもしれない、と思いつつ、風雲はその疑問を口にした。
悪い人間ではなさそうだが、この来訪者はいろいろと不思議なところが多い。
「一言で言ってしまうと、艦娘と人間の関係性が気になったからよ」
「関係性――ですか」
「ええ。強い信頼関係で結ばれているケースもあれば、拭い難い不信感で隔たれているケースもある。深海棲艦の存在があるから表面上は仲良くやってる風に見せているけど、実際はどうなのだろう。理解し合っているフリをしているだけ。あるいは、理解し合っていると勘違いしているだけなんじゃないか。そういう齟齬があるなら、埋めていくのに力添えするのも面白そうだなって」
そう語るフォックスが、風雲にはどこか羨ましそうな顔をしているように見えた。
振り返ってみると、先程風雲が「信頼関係」について答えたときも、同じような表情だったような気がしてくる。
「フォックスさんは、信頼できる人はいるんですか? 理解し合えていると思えている人は、いるんですか?」
「いたとも言えるし、いなかったとも言える。いるとも言えるし、いないとも言える。……ま、よく分かんないからこういうことをしているのかもしれないわね」
煙に巻くような答えを述べると、フォックスはおもむろに風雲たちに手で形作ったマイクを差し出してみせた。
「貴方たちはどう? 提督のことは、泊地のスタッフのことは、周辺住民は、貴方たちが守っている人間たちのことは――好き?」
思いがけない質問に、風雲たちは皆で顔を見合わせた。
やがて、彼女たちは一つの答えを口にする。
それを聞いたフリージャーナリストは、満足そうな表情を浮かべたのだった。
一通りインタビューを終えると、フォックスはそのまま泊地を離れることを風雲たちに告げた。
「もう行っちゃうんですか? もうちょっとしたら私の同期、さっき話した江風とか照月とかも来ますけど」
「ごめんなさいね。早めに行っておきたい場所があるのよ」
どことなく困った風に頬を掻きながら、フォックスは風雲たちに名刺を差し出した。
そこには、氏名と連絡先――そして竹筒から顔を覗かせる、少しいたずらっ子のような顔つきの狐のロゴが描かれている。
「ほう、管狐か」
「ええ、フォックスというのはペンネームでね。その由来なのよ」
またなにか面白そうなネタがあったら連絡ちょうだい――そう言ってフォックスは荒波の中、再び旅立っていった。
「変わった子だったわね」
「結局あんなボロ船でどうやってここまで来たのかサッパリ理解できんかったしねえ」
ジョンストンや日進が首を傾げる中、一人峯雲は意を決したような顔つきになっていた。
「風雲さん」
「ん?」
「私、訓練の点数のことばかり気にしてて、誰のために戦おうとしているのか――それを忘れそうになっていました」
フォックスのインタビューを受けてみて、自分の役割をいろいろと考えたのだろう。
峯雲は、先程よりも大分サッパリした顔つきになっていた。
「その調子なら大丈夫そうね」
「はいっ」
「――なら、その感覚を忘れないうちに追加メニューいっとく?」
風雲のナイスな提案に、四人は揃って頭を振った。
それはそれは見事な連係プレーだったと、後に風雲は語ったそうである。