催し物は用意する側も大変……!
S泊地の司令部室。
そこは、提督を支える司令部の面々が日頃の業務をこなすために設けられた一室である。
重要な案件は提督まで持ち込まれることが多いが、日々の雑務については大抵こちらで片付けられる。
司令部は各艦種から代表者として選ばれた艦娘たちで構成されている。
司令部室には彼女たちの業務用デスクと、来客対応用のエリア、そしてミーティング用のエリアがあった。
「それでは、本日の定例会議を始めたいと思います。今日の司会は私、択捉が務めます! 議事録は瑞鳳さんです!」
「はーい。クロストークは控えてね、まとめるの大変だから」
現在、ミーティングエリアには司令部のメンバーが集まっていた。
週に一度行われる定例会のためである。この定例会では、司会・議事録担当は毎回交替で行われていた。
「択捉ちゃん。古鷹さんと長門さんは?」
尋ねたのは特殊艦から選出された速吸だった。
流れるような動きで各メンバーにお茶を配っている。
メンバーごとの好みに合わせて茶種や熱さが調整されており、司令部のミーティングに欠かせないと言われていた。
「お二人は別件で不在です。報告書については預かってますので、私の方で代読しますね」
「毎度思うけど、択捉はしっかりしてるわねえ」
速吸から貰ったお茶をすすりながら、駆逐艦・叢雲は感心したように言った。
艦種別に集まっているため、司令部の中では海防艦の択捉に次いで小柄なのだが、妙に貫禄が漂っている。
「司令部に誘って正解だったろう?」
「そうね。木曾の審美眼は確かだったわ」
海防艦が増え始めた頃、誰を司令部のメンバーにするかが議題として持ち上がったことがあった。
司令部メンバーの選定基準はあまりハッキリしていない。
これだと思う人材がいれば直接声をかけることもあるし、艦種ごとに選挙形式で選んだこともあった。
択捉の場合、木曾の推挙でメンバー入りが決まったという経緯がある。
「お二人とも、雑談は後でお願いします」
「お、おう」
「了解了解」
ビシッと択捉に注意されて、木曾と叢雲は笑みを浮かべながらも口を閉じた。
択捉の司会のもと、会議は滞りなく進んでいく。
毎週同じメンバーで開かれている会議なだけあって、全員どう進めれば良いかは心得ている。
議題は広範に渡るものの、各メンバーともに泊地運営経験が長いので、大抵のことは過去のケースを元に手早く対応できた。
「――では、次に泊地内からの要望についてですが、同じような要望が何件か来ていますので、そちらを取り上げたいと思います」
「お、珍しいな。同じような要望?」
木曾に対して頷くと、択捉はホワイトボードに大きく「せつ分」と議題を記した。
「当泊地では毎年節分の時期に豆まき対抗戦を実施していますが、その内容について見直して欲しいという意見が届いています」
「あら。毎年盛り上がっていると思っていたのだけど」
不思議そうに首をかしげたのは、正規空母から選出された加賀だった。
「確かに盛り上がってはいました。ただ、今回寄せられた要望では『そろそろマンネリ』『飽きてきた』との声が……」
「まあ、もう五回やってるわけですしね。最初期からいるメンバーからは、そういう意見があっても不思議ではないです」
そうコメントしたのは潜水艦・伊8である。
「伝統行事みたいなものだし、こういうのは続けていくことに意味があるんじゃないかしら」
「叢雲、それはちょっと考え方が硬いぞ。伝統ってのも少しずつ時代に即して在り様は変わっていくもんだ」
「木曾さんの言うことも一理あります。そもそも、節分自体は伝統行事ですが、豆まき対抗戦は別に伝統行事でもないですし」
木曾と伊8の指摘に、叢雲も「ううむ」と頷かざるを得なかった。
「そういうのとは別の観点でも『変えて欲しい』という意見が届いてますね」
「どういう意見ですか?」
「主に人間のスタッフさんからのご意見です。『危ないから勘弁してくれ』と」
「あー……」
速吸をはじめとして、その場にいた全員が消極的な賛同の意を示した。
豆まき対抗戦は、鬼役を決めて鬼に対して艦娘が豆を投げる催しである。
艦娘は普通の人間よりも数段高い身体能力を有しているので、彼女たちが全力で豆を投げ合うと、それなりに危険なのだった。
過去には流れ弾を受けて軽傷を負ったスタッフもいるくらいである。
「今までもそれとなくそういう気配はあったけど」
「泊地の規模拡大でスタッフさんも増えましたからね。そういう声がハッキリ出てくるようになった、と」
「さすがに見直さざるを得ないようね」
とは言え、どう見直すかが問題だった。
現状の豆まき対抗戦は、艦種による有利不利があまり出ないようそれなりに考えて取り決めた内容になっている。
これに替わるものを考えるのは、結構な難問だった。
「専用のバトルフィールドを用意してそっちでやるとか……」
「それ、多分大淀に却下されると思うなぁ」
木曾の案を、瑞鳳がやんわりと抑えた。
大淀は軽巡ではなく特別枠として司令部に席を置いている。
今回は休暇ということで不在だったが、もしこの場にいたら「そんな予算ありませんよ」と一蹴していたことだろう。
泊地の金庫番は鬼より厳しいのである。
「そもそも対抗戦なんてやらなくても良いのでは?」
伊8が物憂げに言った。
実際、そう考えて参加を辞退する艦娘も一定数存在する。
「うーん。しかし毎年楽しみにしてる連中もそれなりの数いるからな」
「自由参加形式で、何かしらは残していきたいところではあるわね」
木曾と加賀が行事存続に賛意を示すと、他のメンバーもそれに頷いた。
積極的に廃止したがっている者はいないらしい。伊8も「それなら考えましょう」と頷いた。
「――閃きました」
全員でうんうん唸ること数分。
静かに手を挙げたのは加賀だった。
「豆に拘るからいけないのです。節分に食べるものはいろいろあります」
「ふむふむ」
「なので、毎年異なる食べ物を一つ選び、これの大食い競争を実施すれば――!」
「却下」
グッと拳を振り上げて力説する加賀の提案を、叢雲は問答無用で切り捨てた。
「……なぜ?」
「大食い競争なんてことになったら作る量えらいことになるでしょ。予算もかさむし」
「艦種別の有利不利も出ますね。戦艦や空母が有利になってしまいます」
叢雲と速吸の指摘に、加賀は「くっ……!」と悔しげな表情を浮かべながらも引き下がった。
「まあ、豆にこだわらないってのは良いかもな」
「何か思いついたんですか、木曾さん」
「ああ。択捉、こいつは単純な話だ。豆以外を使えば良い。例えば逃げる鬼を捕まえて、恵方巻を無理矢理口に突っ込むとか――」
「絵面が危険よぅ」
「窒息の可能性もあるので駄目です」
木曾の思い付きは瑞鳳と伊8によって即座に却下された。
木曾は「何がそんなに駄目なんだ……!?」とショックを受けていたが、他のメンバーの賛同を得られないことに気づくと、渋々案を引っ込める。
「そうだ。あれなんかどうかしら。豆を一つずつ箸で掴んで隣の器に移していくやつ。あれで制限時間以内に一番多く移せた人の勝ちってやつ。安全だし費用もかからないし艦種による有利不利もないしで、条件クリアしてると思わない?」
叢雲のアイディアに、司令部一同はしばし沈黙した。
確かにこれまで問題とされていた事柄はクリアされている。
しかし。
しかし、である。
「地味過ぎるだろ」
「見てる方は飽きそうです」
「それ、盛り上がる?」
「行事としては華に欠けますね」
「視聴率取れなさそうですね」
それは、皆で盛り上がるためのイベントとしてあまりに致命的だった。
「な、なによ。というか視聴率は関係ないでしょ!?」
「む、叢雲さん……。わ、私は良いと思います……よ……?」
「……」
択捉のフォローが却って叢雲の心を抉り取り、彼女は静かに机へと倒れ伏した。
「……やや強引ですが、豆と豆知識をかけてクイズ大会をする、とか」
と、そこで伊8がやや控えめに案を出した。
確かに節分と直接は関係ない。しかし、元々やっていた豆まき対抗戦も、節分と直接関係している催しではない。豆・鬼という要素を利用しただけだ。
そういう意味では、豆知識合戦というのはそこまで無理のある案ではない。
「雑学系にすれば、比較的誰でも楽しめそうだし、少しルールを工夫すればいけそうか」
「そうですね。私としては異論ありません」
木曾や加賀が賛意を示すと、他のメンバーも頷いていく。
ただ一人、速吸だけは悩んでいるようだった。
「あの、それ、問題はどうやって用意するんです?」
「……そこは、ほら、教員として頑張ってる香取・鹿島に頼むとか」
泊地には、艦娘や泊地近辺に暮らす人々が通う学び舎がある。
香取や鹿島はそこで教員として活躍しているのだった。問題作成はお手の物のはずである。
しかし、速吸は力強く頭を振った。
「それは無理です。香取さんたちは学び舎の方で手一杯ですし……」
「全然余裕なさそうな感じ?」
「最近は翼が得られるドリンクを箱買いしてるくらい忙しいみたいです」
「お、おお……」
言われてみれば、と司令部の面々は香取たちの顔を思い浮かべた。
最近の彼女たちは、確かにいつも疲れたような表情だったような気がしてくる。
「今度有休を使うよう促しておいて」
「分かりました、叢雲さん」
思いがけず出てきた課題を片付けつつ、一同はカレンダーを見る。
節分までもうあまり日がない。
「……我々で用意するしかなさそうですね」
「問題作成って他人が思うよりずっと難しいっていうけど」
「それでもやるしかないでしょう――」
諦観。そして、その後に来る静かな熱意。
司令部は、今、密かに燃え上がりつつあった――。
「本州へ行きたいかーッ!」
「おーッ!」
節分の日。
豆知識合戦の会場は、新たな試みに盛り上がる艦娘たちの熱気に包まれていた。
その裏側で静かに燃え尽きている面々がいることを、大半の人々は知らない。