S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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年明け早々体調を崩して先週は一週お休みをいただきました。
皆様も健康にはお気をつけて……。


はじめてのオフ会(浜波・藤波・早波)

 オンラインとオフライン。

 それは表裏一体の関係性にある。

 

 オンラインの世界では、普段と違うキャラクターになることができる。

 年齢。性別。性格。様々な別側面の自分をさらけ出せる場。それがオンラインである。

 

 しかし、そこにいるのは紛れもなくオフラインに存在する人間だった。

 それが問題になることは、通常ほとんどない。当人が、オン・オフの切り替えさえできていれば良い話だからだ。

 ただ、極一部で問題になるケースもある。

 

「ど、どど……どうしよぅ……」

 

 か細い声で頭を抱えながらベッドの上で何度も寝返りをうつ艦娘が一人。

 夕雲型駆逐艦の一人、浜波だった。

 

「普段こんなだし、会って話せるか不安だし、もうこのままボイコットした方が良いかもしれない……でもそうしたらオンでも……あううぅぅ」

「あー、もう浜ちんさっきからうるっさぁいッ!」

 

 懊悩する浜波に堪りかねたのか、同室の藤波がとうとう抗議の叫びを発した。

 姉妹の叫びに驚いた浜波は、びくっと身体を硬直させて恐る恐る藤波の顔を窺う。

 

「ご、ごめん。うるさかった……?」

「ボリュームは低かったけど延々とノイズが走り続けるような感じだったよ!」

「隣の部屋の会話が聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームでずっと聞こえてくるような感じだったよー」

 

 藤波と一緒になって答えたのは、先日着任したばかりの夕雲型・早波だった。

 藤波とは双子のような関係性ということもあってか、何かと藤波にべったりな子である。

 今も、泊地にある学び舎での勉強について、藤波にあれこれと聞いていたところなのだった。

 

「で、何をそんなに悩んでたの?」

「そ、その……今度、オフ会、することになって……」

「乙改?」

「来るといいねー。って違う!」

 

 早波のボケにツッコミを入れてから、藤波は大きくため息をついた。

 

「そういえばこの前言ってたね。浜ちんがやってるゲームで知り合った人たちと会うって」

「うん……」

「それの何が問題なの?」

「げ、ゲーム中とリアルだと、あたし、全然キャラが違うから……ど、どうしようって」

 

 オドオドする浜波を見て、早波は首を傾げた。

 ゲーム中の浜波というのを見たことがないので、どう違うのかが想像つかないのである。

 

「あー。早ちん。良いものを見せてあげよう」

 

 そう言って藤波はスマホを取り出し、泊地のポータルサイトを開いてみせた。

 泊地のイントラネット上にある様々なページに繋がるポータルサイトである。

 藤波はゲームカテゴリを選択し、ゲーム同好会なるページを開いた。

 

 そこには、泊地内で行われたゲーム同好会の活動内容が記録されていた。

 プレイ動画もいくつか公開されている。そのうちの一つを藤波は再生した。

 

 戦略シミュレーションゲームの実況動画である。

 実況と言っても生声ではなく、加工されたものだ。

 ゲーム同好会は皆ハンドルネームを用いて覆面で活動をしている。

 

『いや、織田を選んでおいてその体たらくはないでしょー!』

『仕方ないだろ、武田の勢力拡大が早過ぎるんだよ。今作ちょっと贔屓され過ぎだろ』

『東国は仲良く潰し合っててくださいねー。こっちはのんびり大友いただきます』

『島津とかいう安牌を選んだのが何か言ってますよ』

『誰か四国に触れてくれない? もうすぐ河野家が統一するんだけど!』

『もうすぐ毛利食べ終わるから待ってて』

『来るな! 北九州なり畿内なり行ってろ! あ、南九州はこっちが貰うので手を出さないでくださいな』

『あらあら。奥州忘れないでね?』

 

 実況はかなり盛り上がっているようだった。割とトークは殴り合い気味である。

 意外と人気もあるようで、結構な再生数を叩きだしている。

 

「ちなみに今のメンバーの中に浜ちんがいます」

「え、全然分かんなかったよ……」

「まあ、それくらいオンとオフでキャラ違うんだよね。浜ちん」

 

 肝心の浜波はというと、自分が参加している実況動画を目の前で再生されたことにより、顔が真っ赤になっていた。

 

「これまで、ゲーム同好会の人たちと会ったことってないの?」

「全員この泊地の誰かだろうから、顔を合わせたことはあるかもしれない。でも、ゲーム同好会として会うのは――」

「こ、今回が……はじめて……。誰が誰か、全然分かんなくて」

 

 それは難儀しそうだ、と早波は問題の重さをようやく理解した。

 

「ゲームやってるときと同じノリで行けば良いってことはないの?」

「意識して切り替えられるわけじゃなくて……いつの間にかなってるというか。コントローラー持ってたりとか、キーボード打ってるときはちょっと勇気出る、けど」

「ならそういうの持っていこうよ」

「不審者だよね、それ」

 

 常にゲームコントローラーやキーボードを手にしながら行動する妹を想像して、藤波は待ったをかけた。

 

 泊地内で行われるオフ会だから、見知らぬ他人に不審がられる心配はない。

 その代わり、泊地内で一気に妙な噂が飛び交うことになりかねない。

 それはある意味、見知らぬ誰かに奇異の目で見られる以上の危険を孕んでいる。

 

「す、スマホとかなら不自然じゃなくない……?」

「わざわざオフで集まってずっとスマホ見てるってどうかと思うけど」

 

 藤波の指摘に浜波は「うぐっ」と胸を押さえた。

 きちんと対面してトークをする。そのことを想像して、より気が重くなったらしい。

 

「あ、それならあたしとお姉ちゃんがこっそりついていくよ」

「え?」

「で、何かあればフォローするから」

「え、いや、早ちん?」

「ほ、本当……? あ、ありがと、はーちゃん!」

 

 いや私はまだ行くとは言っていない――と言いたげな藤波の意向はスルーされたまま、なぜか当日藤波と早波もついていくという流れが出来上がりつつあった。

 浜波が一気に表情を明るくしたのを見ると、藤波としても「いや行かないけど?」とは言い難い。

 

「どーんと任せておいて! ね、お姉ちゃん!」

「う、うん……」

 

 早波に問われた藤波は、曖昧な返事をするしかないのだった。

 

 

 

 かくしてオフ会当日。

 藤波と早波は、浜波に先駆けてオフ会の集合場所である中庭付近にやって来ていた。

 

「誰が来るんだろうね。あたしもまだ会ってない人多いから、どんな人が来るか興味あるなあ」

「……」

 

 楽しげな早波とは対照的に、藤波は早くも表情を引き締めていた。

 

 なぜなら、待ち合わせ場所と思われる一角にいたのは、藤波が日頃から世話になっている重巡洋艦・鳥海だったからである。

 確かに鳥海の部屋にはゲーム機があった。だが、なんとなく藤波はそれが同室の摩耶のものだと思い込んでいた。

 

「……考えてみればゲーム実況って、ゲームプレイしながらトークもするわけだし、結構頭の回転早くないとできないよね。そういう意味じゃ鳥海さんは意外とピッタリというか……」

「あ、お姉ちゃん。また誰か来たよ」

「……な、なにィッ!?」

 

 次いでそこに現れたのはアークロイヤルだった。

 英国が誇る空母の艦娘である。普段あまり接する機会はないが、ゲームを嗜んでいそうなイメージはあまりなかった。

 

「い、意外な大物が続くなあ。浜ちん大丈夫かな」

「あ、能代さんも来た」

「直属の上官来ちゃった――!」

 

 軽巡洋艦・能代。

 藤波や浜波たちが第二水雷戦隊に所属していたときの旗艦で、ある意味一番頭が上がらない人でもある。

 

 更に何人かの艦娘たちが集まってきたが、いずれも軽巡以上のメンバーばかりで、駆逐艦や海防艦といった浜波と同クラスの艦娘は一向に現れない。

 

「まずい。これじゃ浜ちん確実に委縮する……! っていうか私も正直あのメンバー相手じゃどう立ち回れば良いか分からない!」

「あ、お姉ちゃん。あそこ」

 

 早波が指し示した先には、木陰に隠れてゲーム同好会の面々を窺う浜波の姿があった。

 完全に出るタイミングを失った顔をしている。

 

「くっ……自爆覚悟で助っ人に行かなきゃダメか……!?」

 

 藤波が覚悟を決めようとしたそのとき、ある人物が背中から激突し、浜波は身体を大きく前に突き飛ばされる格好になった。

 

「ごめーん! スロウリィになると思ってスピード出し過ぎたー!」

 

 そう言って浜波を助け起こしたのは駆逐艦・島風だった。

 ゲーム同好会の視線は、派手に現れた島風と、彼女に支えられて起き上がった浜波に集まっている。

 

「そんなわけでハンドルネーム・グッドスピード見参です! 多分こっちはハヌマーンだよね!」

「え、え、あ、うん……」

「遠征長引いて遅れるところだったんだよ。提督にも困ったものだよねー」

 

 浜波をナチュラルに牽引しながらゲーム同好会の輪に入っていく島風。

 艦艇時代に縁があったこともあり、浜波も島風相手なら比較的抵抗なく話ができた。

 

「あ、あの、しまちゃん。ありがと」

「え? 何か御礼言われるようなことした? あ、この前のあれ?」

 

 ゲーム同好会のメンバーたちと、先日行われた実況のときの話で盛り上がり始める。

 最初は島風に相槌を打つばかりだった浜波も、他のメンバーに話しかけられて、少しずつ自分からトークを展開していくようになった。

 

「……どうやらあたしたちの出番はなさそうだねえ」

「島風に感謝だね」

 

 待ち合わせ場所から離れていく一行を見送りながら、藤波は少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。

 浜波が、夕雲型以外の集団の中で楽しそうにしているからかもしれない。

 そういう姿は、これまであまり見たことがなかった。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「――いや、なんでもない。よーし、それじゃ私たちもどこか遊びに行こうか。せっかくのオフなんだし」

「わ、やったぁ!」

 

 嬉しそうな声を上げる早波に笑みを向けながら、藤波はその場を後にしたのだった。


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