S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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少し短めですが、新春特別編ということで。
今年も拙作の艦これSSシリーズをよろしくお願いいたします!


戦場と日常の喧騒(福江・ガングート・占守)

 二〇一九年、元旦。

 S泊地は、いつになく騒々しい正月を迎えることになった。

 

「怪我人は医務室へ! 艤装を自分でメンテできない子は所属と所有者名を明記したうえで工廠に預けてくださーい!」

「手が空いてる人は手を貸してください! 司令部に行って、人手が足りてないところを確認して行動するようお願いします!」

「無理はするなよー! 余裕がない奴は大人しく休んどけ! これ以上倒れられたら却って迷惑だからなー!」

 

 あちこちで指示を出す声が飛び交っている。

 

 昨年の一二月半ばを過ぎた頃、パプアニューギニア・ソロモン諸島等を含む近隣一帯に、深海棲艦の軍勢が押し寄せてきた。

 この動きを察した大本営は急遽応援を送り込み、現地のメンバーと共同で防衛戦を実施。

 敵軍の総指揮官と思しき個体を撃破したのは、つい昨晩のことだった。

 

 それから数時間しか経っていない。

 時刻は零時を回り、年も変わっていたが、ブイン・ショートランドはまだ戦後の喧騒の中にあった。

 

「せっかくの年越しだっていうのに、なんだか随分と落ち着きのない感じになったな」

 

 周囲の様子を見渡して、海防艦・福江はどことなく残念そうに言った。

 頼まれていた仕事が一段落ついて、小休止しているところである。

 

 今回彼女に出撃の機会はなかったが、本拠地の目と鼻の先まで敵が迫っていただけに、とても忙しい日々を送っていた。

 彼女に限らず、ブイン・ショートランドの艦娘は気の休まる暇もなかった。少し離れたところから援軍にかけつけていたラバウルも同様だろう。

 

「だが、年が変わる前にケリがついたんだ。上々と言っていいだろう」

「ん、ガングート。それにしむしゅしゅしゅか」

 

 ガングートと占守。二人は北方に縁を持つ艦娘だ。

 戦艦と海防艦というあまり接点のなさそうな艦種だが、時折一緒に行動していることがある。

 

「その呼び方意地でも貫き通すつもりっしゅね……」

 

 しむしゅしゅしゅという長い呼び名に、占守は辟易したような反応を示す。

 もっとも、福江には占守がなぜそんな反応をするのかよく分かっていなかった。

 

「タシュケントが地味に怯えてたぞ。『あたしもいつかタシュシュシュシュとか呼ばれないかな』と」

「駄目なのか?」

「いや。今度呼んでやれ。そして反応を教えてくれ」

 

 悪戯っぽく笑いながらガングートが福江の頭をポンポンと叩いた。

 

「二人も休みか」

「そうっす。やっと一息つけるっしゅよー」

「まだ騒がしいが、少しずつ騒がしさの中から緊張感が消えつつある。殺気立ったまま年を越さずに済むだけありがたく思うべきなんだろうな」

「上層部はまだ大変そうみたいっすけどね」

 

 現在、ブイン・ショートランドの司令部には増援に来た各拠点の首脳陣が詰めている。

 戦いは終わったが、彼らの仕事はまだ山のように残っているはずだった。

 

「戦後処理がこれから始まるわけだしな……。パプアニューギニアもソロモン諸島も、普段通りの生活に戻るまでには時間かかるんだろうか」

「いや、そうでもないんじゃないか。どっちも深海棲艦に攻め込まれるのは初めてではないだろうし、備えもしてあったと聞いているぞ」

「人間とは逞しいものなんだな……」

 

 ショートランド泊地にもソロモン諸島から避難してきた人々が滞在しているが、彼らの表情はさほど暗いものではなかった。

 

「ま、こういう場所だからな。日常と戦場は紙一重。常在戦場かつ常在日常の精神でやっていくだけだ。だから、あまり心配はいらんだろう」

 

 ガングートは「ちょいと失礼」と電子タバコを取り出して吸い始めた。

 戦場にあるときは鬼神の如き様相を見せるが、今の彼女の姿は日常の中のそれである。

 

「あ、そうだ。福江、さっきあっちで鳳翔さんが年越しそば配ってたっすよ。一緒に貰いに行くっしゅ!」

「年越しそば? そんな場合なのか?」

「良いんじゃないか。ところどころで食べてる奴の姿見るし」

 

 ガングートの言う通り、状況が落ち着いてきたからか、年越しそばらしきものを食べている人の姿が見える。

 似たような姿の艦娘たちが集まって食べているのも見えた。基本的に一つの拠点に同じ艦娘は所属できないので、珍しい光景と言える。複数の拠点の艦娘が集まっているからこそ見られるものだった。

 

「ある意味、例年以上に盛り上がる良い年越しとも言えそうだな。今年はソロモン諸島各地に拠点を分散させたのもあって、少し寂しい年越しになるかも、と思ったが」

「なるほど。そういう捉え方もあるのか」

「ああ。……あ、年越しそば貰うなら私の分も頼むぞ」

「えー、自分で取りに行くっしゅよー」

「老骨はいたわれ、若人。ほれ、小遣いやるから」

「ここは買収されておくっしゅ」

「変わり身早いな!?」

 

 思わずツッコんでから、福江は思わず笑ってしまった。

 ガングートの言う通り、なんだかすっかり日常が帰ってきたような気がしたのだ。

 

「よーし、福江隊員。行くっすよー。クナたちも見つけ次第仲間に加えるっしゅ!」

「はいはい。その方があたしも楽になるだろうからな」

 

 二人は配給エリアに駆けていく。

 

 殺伐としていたざわつきは、少しずつ祭りの喧騒へと変わりつつあった。

 各地の艦娘や人々が集まり、戦勝と互いの無事を祝し合う。

 

 その様子を眺めながら、ガングートは隠し持っていたウォッカを煽った。

 

「――ああ。こういう年越しも、悪くはないな」


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