S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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秋の味覚は用量を守って味わいましょう(戒め)。


イモを焼く(風雲・リベッチオ・巻雲・マエストラーレ)

「なにか煙出てない?」

 

 リベッチオが指し示した方向を見ると、確かにモクモクと煙が上がっている。

 風雲は「んー、なんだろう」と顔をしかめた。

 

 二人は訓練帰りで、これから間宮に行こうというところだった。

 正直かなり空腹だったが、万一火事だとしたら放ってはおけない。

 

「とりあえず見に行ってみようか」

「了解ー!」

 

 ビシッと敬礼をするリベッチオ。

 彼女は訓練後でも元気だ。風雲の同期の中で、ある意味一番タフな艦娘である。

 

 何事かと早足で駆け付けると、そこでは三人組が落ち葉を集めて焼いていた。

 

「なにしてんの、巻雲姉さん」

 

 風雲は、そのうちの一人――巻雲に声をかけた。

 

 巻雲は風雲と同じ夕雲型の艦娘である。

 最近になって第二改装を終え、見た目は以前よりも少しだけ大人っぽくなった。

 

「あ、風雲~。リベちゃんもこんにちは」

 

 とは言え、中身はさほど変わっていない。

 どことなく子どもっぽい仕草で風雲たちに手を振ってくる。

 

「掃除をしていたら落ち葉がかなり集まったのよ。それで、せっかくだからヤキーモをしようって話になったの」

 

 風雲の疑問に答えたのは、巻雲の隣にいたイタリアの艦娘――リベッチオの姉であるマエストラーレである。

 リベッチオの同じくらいの背格好ながら、長女であるが故のしっかり者でいようとするところがあり、「イタリアの暁」と呼ばれたりすることもある。

 

「ヤキーモ? なにそれ」

「ふっふーん、リベ知らないの? なら教えてあげる。ヤキーモっていうのはイモを焼くのよ!」

「イモ? ジャガイーモ?」

「そうそう」

「いえサツマイモですよ」

 

 勘違いが蔓延する前に訂正したのは、泊地のスタッフである伊東珠子だった。

 普段は教会の管理を任されているが、それ以外の泊地の雑用も引き受けてくれる年齢不詳の女性である。

 

「日本では秋に落ち葉を使って焼くのが一種の風物詩になっているんです」

「そうそう。それが言いたかったのよ、分かったリベ?」

「うん。分かったよー」

 

 特にマエストラーレにツッコミを入れることなく頷くリベ。

 バランスは取れているが、風雲としてはなにか据わりが悪い感じもする。

 

「せっかくですし、お二人も食べていきますか?」

「いえいえ、掃除手伝ったわけでもないですし、悪いですよ」

 

 そう言って風雲は辞退しようとしたが、間髪入れずお腹の音がグゥと盛大に鳴った。

 

「――いや、これは訓練帰りでちょっとアレなだけで」

「別に気になさらずとも良いですよ。サツマイモは十分ありますし」

「ならリベ食べたい!」

「……そ、そう。リベ、食べたいの? 仕方ないわね。なら私も……」

「なんか二人とも、リベちゃんにペース握られてますねえ」

 

 割と核心を突く巻雲の指摘に、風雲は何も言い返すことができなかった。

 

 

 

 新聞紙の中からひょっこり顔を出したサツマイモに、四人が「おぉ……」と感嘆の声を上げる。

 風雲と巻雲も焼き芋の知識は持っていたが、こうして焼いて食べるのは初めての経験だった。

 

「これ皮剥かなくていいの?」

「はい。そのまま皮ごとガブッしちゃってください」

 

 珠子に教えられた通り、そのまま一気にかぶりつくリベ。

 口の中に熱々のサツマイモを入れて、その顔は一気に赤くなった。

 

「あふっ、あふっ……でも、おいひぃ!」

「まったく、そんな急に食べるからよ」

 

 マエストラーレはリベッチオの様子を見て警戒したのか、少しずつ食べる作戦にしたようで、ちょっと口に入れては「はふっ」と声を上げている。

 

「噛んでいくうちにサツマイモの内側に溜まってた甘味が出てくるわね。本当に美味しい」

「ん~、秋の美味って感じですね。秋刀魚も良いけど、巻雲的には焼き芋とか山菜系とかも捨て難いです」

 

 周囲には紅葉が広がっている。

 元々この辺りにはなかった木で、少しずつ本土から取り寄せて植えていったものだ。

 日本を忘れてしまいそうだ、という当時の提督の意見によるものらしい。

 

「はー。秋ですねえ」

「巻雲姉、少しおばちゃんっぽい」

「なんてこと言いやがりますか」

「大人っぽい?」

「言い換えたところで騙されませんよっ!」

 

 頬を膨らませて機嫌を損ねたことをアピールする巻雲だったが、どうにも怖くない。

 

「んー、でもこういうの食べると、リベ的にはジャガイモも焼いてみたくなるなあ」

 

 サツマイモを食べ終えてから、リベはまだ物足りないのか、お腹を押さえながらそんなことを言った。

 

「確かに、ジャガバターとか食べたくなってくるわね……」

「あら、それなら取ってきましょうか」

「あるんですか、珠子さん」

 

 風雲に向かって親指を立てると、珠子は駆け足でどこかへと去っていく。

 

 やがて、四人が残ったサツマイモを食べながら談笑していると、なにやら大きなリュックサックを背負った珠子が戻ってきた。

 

「お待たせしました」

「珠子さん、そのリュックサックは?」

 

 五人で食べる分のジャガイモの入れ物にしては、あまりに大きい。

 珠子はいたずらっぽく笑うと、リュックサックからいろいろなもの取り出した。

 

 テント。

 キャンプ用のミニコンロ。

 アウトドア用のチェア。

 

「こうして皆で外にいるのってキャンプっぽいな、と思ったら、ちょうど良いのがあったので持ってきちゃいました」

「わー、キャンプだキャンプ!」

 

 ノリノリでテントを張る珠子とリベッチオ。

 それにつられて、他の三人も「これ必要?」と思いつつ準備を手伝うのだった。

 

 

 

 その日の暮れ。

 なかなか戻ってこない巻雲と風雲の様子を見るため、修羅場中の秋雲に断りを入れて、夕雲は寮の外に出た。

 

 辺りが暗くなりつつある中、夕雲が見たのは、中庭に集う謎の集団だった。

 

 駆逐艦、軽巡、重巡――他にも様々な艦種の艦娘たちが集まっている。

 艦娘以外にも、泊地のスタッフたちも何人かいるようだった。

 

「あ、夕雲姉さん」

 

 足元の方から声をかけられて、夕雲は視線を下げる。

 そこには、お腹を抱えて倒れ込む巻雲や風雲たちの姿があった。

 

「巻雲さんたち、ここにいたんですか。……あの、この集まりは?」

「いや、なんか焼き芋からのキャンプごっこしてたら、皆次々と集まってきて」

「皆どんどん食べ物とかキャンプ道具とか持ち寄って来るから、際限がなくなり……」

 

 食べ過ぎたのか、巻雲たちのお腹はやや膨れていた。

 

「もう。体重増えても知りませんよ?」

「あ、あうぅぅ……それは困ります」

「せっかく訓練して体重減らせたと思ったのに……不覚だったわ」

「秋のサチ……恐るべし……」

「うー、私は長女なんだから、みっともない姿を見せるわけには……」

 

 呻く四人を尻目に、他の集まった面々はバーベキュー大会を初めて盛り上がっていた。

 既にあちこちからアルコールの匂いが漂ってきている。飲み始めている艦娘もいるらしい。

 

「ああっ、もう食べられないはずなのに匂いのせいか食べたくなる……」

 

 秋の幸は恐ろしい。

 それを身をもって知ることになった風雲たちなのであった――。


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