S泊地の日常風景   作:夕月 日暮

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うちでは艦娘は
怪我:普通の人間より早く治る
病気:普通の人間と同じ
という感じです。なので酒飲み過ぎな人とか睡眠不足な人はよく呼び出されて注意されます。


艦娘だって風邪はひく(鬼怒・磯波・武蔵)

 朝起きたら妙に身体がだるかった。

 

「念のため医療室で道代先生に診てもらった方が良いんじゃない?」

「うーん、そうだね……」

 

 阿武隈が心配そうに言ってくるので、医療室に出向くことにした。

 

「症状からするとおそらく夏バテね。あと熱も出てるわ。三十七度八分」

 

 診察後、道代先生からそう言われて、初めて自分が熱を出しているという実感が出てきた。

 

「うーん、まさか鬼怒が風邪をひくなんて……。毎日欠かさずトレーニングしていたというのに」

「トレーニングのし過ぎなんじゃない? やり過ぎは却って身体に良くないわよ。ちゃんとトレーナーの先生とかついてる?」

「全部自己流」

「危険なパターンよそれ。まあ良いわ。あなた今日は出撃予定あったっけ?」

「一応近海警備の予定が……」

「じゃあ司令部には私から連絡入れておくわ。阿武隈にも連絡しとくわね。あなたはとりあえずそこのベッドで休んでおきなさい」

「はーい」

 

 大人しくベッドに横になることにする。

 曲直瀬道代先生は本州から派遣されてきた本職のお医者さんだ。

 艦娘は戦闘での怪我は人間よりもずっと早く治るけど、病気に関してはそういうわけにもいかない。だからこうして泊地に赴任してきてくれる先生の存在はとてもありがたい。

 ありがたいのだけど、その反面厳しいことで有名で、下手に逆らおうものなら恐ろしくもありがたいお説教が待っているそうだ。病気が治ってから説教されるので、中には仮病を使ってずっと調子が悪い振りをしていた子もいたとか。ちなみに見破られて凄まじいお説教を受けたらしい。本人の名誉のために誰とは言わないけれど。

 

「あれ、鬼怒さんも風邪ですか?」

「おや、磯波ちゃん」

 

 病室には先客がいた。磯波ちゃんだ。

 

「磯波ちゃんは風邪?」

「はい。三十八度出してしまって……」

「むう。磯波ちゃんの方が重病か。お大事にね!」

「は、はあ。鬼怒さんもお大事に……」

 

 あ、そうだ。私も病人だった。

 

「あれ?」

 

 磯波ちゃんの更に向こう側、廊下側のベッドが膨らんでいる気がする。

「磯波ちゃん、他にも誰かいるの?」

「あ、はい。けど反応なくて……。多分寝てるんだと思うんですけど」

「そっか。寝てるところ起こしちゃ悪いね。鬼怒も大人しく寝ようっと」

 

 

 

 どれくらい寝ていただろうか。

 頭痛はすっかり治まったようだ。まだ少しぼーっとするが、これなら執務に戻ることも可能だろう。

 ふと横を見ると、私が来たときには空だったベッドが二つ埋まっていた。寝ているのは磯波と鬼怒のようだ。鬼怒は風邪をひきそうにないイメージだったので少し意外だったが、それを言うなら私が医療室の世話になることも他の人からするとイメージし難いだろう。他人のことは言えない、というやつだ。

 

「あら、もう治ったの武蔵」

 

 私の起き上がる気配に気づいたのだろう。道代先生が病室側に顔を出した。

 

「けど、酒ではめを外すなんてあなたらしくないわね」

「すまないな、今後は気をつける」

「去年の今頃も同じセリフを聞いた気がするけど……。まあ良いわ。あなたはここの最強戦力の一角なんだから、気をつけなさいね」

「ああ。肝に銘じておくよ」

 

 ちなみに道代先生はかなりの酒豪で、時折那智や隼鷹たちと一緒に飲んでいるのを見かける。私は飲むとしても一人でちびちびやることが多い。

 

「鬼怒いますかー?」

 

 と、そこで一人の少女が医療室にやって来た。確かこの島の住民で、何人かの艦娘と友人関係にある子だ。

 

「あら、リーナじゃない。あなたもどこか具合悪いの?」

「私はいつも通り健康体よ。それより鬼怒のところに遊びに来たら風邪で倒れたって言うじゃない。だからお土産に持って来たこれ上げようと思って」

 

 リーナと呼ばれた少女が持っていたのは果物の盛り合わせだった。

 

「鬼怒なら今は寝ているようだ。しばらく待つか?」

「あ、いえ。あんまり暗くなる前に帰ろうかと思ってるので。お土産だけ置いて行こうかと思います。……ところで、もしかして武蔵さんですか?」

 

 意外なことに、リーナは私のことを知っているようだった。

 

「そうだが……よく分かったな」

「鬼怒たちからときどき話を聞いていたので。褐色肌で眼鏡かけてる大きくて強い人だって!」

「なるほど。それに該当するのはこの泊地では私くらいしかいないな」

 

 それにしたって他に言い様はないのかとも思うが。まあ鬼怒のことだから悪気はないのだろう。

 

「しかしこうして見舞いに来てくれるとは、鬼怒も良い友人を持った。本人はまだ寝ているようだから、代わって私から礼を言わせてくれ」

「いえいえ。鬼怒たちにはこっちもお世話になってるんで!」

「そうか。私たち艦娘は普通の人間と違うところもあるが……これからも手を携えあっていきたいと思っている。今後とも鬼怒たちと良い友人でいてくれると、私も嬉しい」

「は、はい。それはもちろん!」

 

 と、そこで時計が視界に入って来た。思ったより長く寝てしまっていたようだ。

 

「ではな、リーナ。道代先生。私は少し司令部に顔を出してくる」

「長門の説教喰らってまたダウンしないようにしなさいよ」

「はっはっは。あれは適当に聞き流すから大丈夫だ」

「……長門も苦労するわねえ」

 

 道代先生が少し遠い目をしていたが、それについては気にしないものとする。

 

「寝る前に渡しておいた薬、なくなるまでちゃんと飲み続けなさいよ」

「相分かった」

 

 ひらひらと手を振りながら保健室を後にする。

 長門に何か手土産でも持っていくべきか。そんなことを考えながら、夕方の泊地を一人歩いた。

 

 

 

「……実は途中から起きてたけど、なんか出ていくタイミング逃しちゃったよ」

「武蔵さん、やっぱり格好良いですね」

 

 磯波ちゃんはキラキラしていた。武蔵さんみたいなタイプが憧れなのだろうか。

 

「あら、鬼怒。起きたの?」

 

 こちらの話し声が聞こえたのか、リーナが病室に顔を出した。

 

「磯波ちゃんも。二人揃って風邪?」

「まあそんなところ。そういえばリーナ、今日はどうしたの?」

「今度うちの集落で釣り大会開くから、何人か知り合いに声かけようと思って――」

 

 不思議と悪くない感じのする気だるさを感じながら、ベッドで友達と語りあうというのも悪くないな、なんてことを思った。


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