魔法少女リリカルなのは〜雁字搦めの執務官〜   作:紅月玖日

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九話目

「どうしてこうなったのやら」

 

 なのは、フェイト両名の負傷がほぼ完治するのに合わせて、アースラが整備に入るということになった。

 これはもともと決められていたことらしく、今回の事件があるからといって後回しに出来るようなものではないらしい。

 それなのに管轄はアースラチームということだから、上が何を考えているのかさっぱりわからない。

 まあ命令であるからには従わなければならないのだけど、代わりの艦をよこすとかそういう手配がないってのはなあ。

 

「だからといって、まさか拠点をここに設けるだなんて思ってませんでしたけどね」

「そういうな。僕自身、こんなことになるなんて思ってなかったよ」

「なのはもフェイトもうれしそうだからいいですけどね」

 

 そう、アースラが使えないとわかっていながらリンディ提督が今回の任を受けたのは、地球に拠点を置くことを決めていたからだったのだ。

 確かに現地でより動きやすい拠点を置くことは珍しいことではないけれど、管理外世界でやるなんて話はほとんど聞かない。

 尤も闇の書を相手にするのだから、これくらいの無茶は通せるくらいの権限はもらってるんだろう。

 そしてフェイトが滞在する場所はリンディ提督と一緒のマンションで、なのはの家が見えるくらいの距離らしい。

 本当によくやるよ。

 

「キリシマは結局どこに滞在するんだ? 僕のほうには話が来ていないんだが」

「こんな機会めったにないので、こちらの親戚の家に厄介になりますよ。前に会ったのはかなり昔なんですけどね」

「そういえば君の両親はこの世界出身だったな。もう連絡はしてあるのか?」

「連絡はまだなんですけど、いつも行くときはいきなりだったんで、なんとかなると思います」

「それならいいんだが、何かあったら連絡するように。いざというときに宿無しで、体調が万全じゃありませんなんてことがないようにな」

 

 体調は万全にしていかないと、それで自分が危険になるのは勿論だし、一緒に戦っている味方も危険に晒してしまうかもしれない。

 どんなコンディションでも完璧な仕事を出来るようにはしているけれど、悪いよりはいいほうが当然好ましい。

 

「幸いここからそう遠くもありませんからね。全力で向かえば十分程度で駆けつけられますよ」

「本当はその十分も惜しい。だがまあせっかくの機会を邪魔するのもなんだし、団欒でも楽しんできたらいい」

「クロノさんが思ってるような団欒があるかどうかはわからないですけどね」

 

 苦笑まじりに答えた僕の言葉がどういう意味なのかがよくわかってないみたいだけれど、それを素直に教えるつもりもない。

 少し離れたところに居るなのはとフェイトにも同じような話を伝えると、少し寂しそうにしながらもクロノさんと同じようなリアクション。

 やっぱり家族とかは大切にしなきゃダメだよね。一般的には、だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、婆様」

「久しぶりだねえ。あの子らがあっち行ってからは初めてじゃないかい?」

「はい、なかなか顔を出すことも出来ず、申し訳ございません」

「子供がそんなことを気にしてるんじゃないよ。こうして来てくれただけでも僥倖さね」

 

 今僕がいるのは母方である霧島の実家、婆様は健在だけれど爺様は僕が物心ついたときには亡くなっていた。

 この近所では一番大きい家で、敷地内には道場やちょっとした林なんかもあるくらいだ。

 道場では今も声が響いており、本邸まで届いてくるのはちょっと驚きかもしれない。

 

「昼間は変わらず剣道を教えているんですね」

「婆の道楽みたいなもんだけどね。それなりに筋がいいのも出てきてるよ」

「道楽だなんて、きっと今でも僕じゃ勝てやしないですよ」

「まあ剣道ならね。だけどこっちの方の鍛錬をしっかりしてりゃ、いい勝負になるんじゃないかい?」

 

 ちょいちょいと右手の指を動かすと、僕の顔のそばを風が通り過ぎる。

 その風に左手を絡ませると、同じように指を動かして婆様の顔を撫でるように風を奔らせる。

 

「へえ、十分十分。今のだけでもうちの若いもんの中では群を抜いてるのがわかるよ」

「比較対象が居ないもので、自分としては実感がありませんけどね」

「そんな環境でそれだけの技量を身につけてるというのも、はっきり言って規格外だがねえ。やはりうちでしっかりと鍛錬をしないかい?」

「今はまだ仕事が忙しくて時間を割けないですね。もっと上を目指したい気持ちはあるのですけど」

 

 先日フェイトに見せた人形劇は、ここの訓練の延長にあたる。

 自在に糸を操り、仕掛け、翻弄する。

 こちらの世界でも遣い手なんてほとんど居ない暗器術、それを伝えるのが霧島家ということらしい。

 んで今の当主がこの婆様で、その一人娘だった母さんが後を継ぐはずだったのが、まさかの異世界への駆け落ち。

 分家筋などを見ても、まだまだ当主の器ではないということで、かなりの高齢にも関わらず婆様が未だに当主であるとのこと。

 

「まあそれはそれとして、しばらくの滞在は問題ないよ。せっかく頼ってくれた孫を放り出すほど、冷たい人間じゃないしね」

「どうもありがとうございます。急に出ることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「身の回りの世話には弘乃を付けるから、何かあればこの子に言うように」

 

 婆様が合図を送ると襖を開けて、弘乃と呼ばれた女の子が部屋へと入ってくる。

 肩口で揃えられた光沢のある黒髪に、透き通るような白い肌。

 年齢は僕と同じくらいだろうか、緊張して結ばれた口元は強張っている。

 

「いえ、向こうでは寮とはいえ一人暮らしですから、こんな風に気遣っていただかなくても」

「郷に入っては郷に従え。ここに居る限りあんたがどう思おうが当主候補なんだ。体裁もあるから、これくらいは我慢しておくれ」

「僕が当主候補というのも問題があると思うんですけどね。実質こっちにはほとんど居ないのに」

「それはそれだよ。さて、せっかくだからどんなもんになってるか見てみようかね。向こうの林で十分後から開始だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇっ、ぜぇっ、相変わらずえげつない配置をしますねっ」

「恭之こそ結構手の込んだ追い詰め方だったじゃないか。もっとも、実践不足といった感じではあるけどね」

 

 唐突に始められた模擬戦により、僕の息は完璧にあがってしまっている。

 肉体的な疲労はそこまでではないのだけれど、自分より格上の婆様が仕掛ける暗器術を捌くのは精神的にきつい。

 暗器術の要は、確実に相手を追い詰めていく配置だ。

 そういう点では将棋のように、相手が次に何を行うのかを常に考え続けることが必要。

 圧倒的な破壊力は望めないけれど、うまくはまると実力差がある相手でも勝ちを拾うことができるのが霧島の業だ。

 

「現当主としてはやっぱりもったいないねえ。しっかりと鍛え上げたいところだよ」

「……今回の事件が終わったら長期の休みをもらいますから、それで勘弁してください」

「ほう、それじゃあその間は、仕事をしていたほうがましだったと思えるくらいの訓練を組んであげようね」

「……ほどほどでお願いしますよ。本当に」

 

 地面におろしていた腰をあげると、いつの間にか隣に弘乃さんがタオルを手にやってきていた。

 訓練が一段落したとはいえ、まったく気配を悟らせずにこの距離まで接近を許すとは思わなかった。

 僕もまだまだ未熟だな。

 

「気殺に関して言えば、弘乃はあたし以上の遣い手だよ。侍従にはこれ以上ない適正だろう?」

「急に現れると少し心臓に悪いですけどね」

「申し訳ありませんでした恭之様。こちらをどうぞ」

 

 差し出されたタオルを受け取り汗を拭くけれど、こういう扱いはどうにも居心地が悪い。

 ついこの間まで僕は泥臭い最前線の実動隊だったわけで、その中でも若かったから雑用もかなりやってきた。

 そんな待遇から一気に逆転してしまうここの生活は、やっぱり僕には合わないのではないだろうか。

 

「弘乃さん、そんな風に様付けとかしなくていいからさ。同い年くらいなんだし、もっとくだけた感じで、ね?」

「恭之様、あなたは次期当主として見られているのですから、そんな中でくだけた話し方などしたら本家はもちろん、分家筋からも軽く見られてしまいます」

「むう、僕自身はそんなつもり全然ないんだけどなあ。婆様、どうにもならない?」

「あたしは正直形だけでも付いていてもらえればいいからねえ。弘乃が納得して話し方を変えるなら、あたしからは何にも言わないよ」

「ほら、当主がこうやって言ってるんだから、気にしなくていいんだって」

「それでしたら、少しずつ善処いたします」

 

 うん、先は長そうだね。

 久しぶりに訪ねて初日、随分濃い訓練と、同い年の侍従ができました。

 ……これをクロノさんに報告したら、どうなるんだろう。


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