魔法少女リリカルなのは〜雁字搦めの執務官〜   作:紅月玖日

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八話目

 訓練スペースに着くと、座り込んで休んでいるテスタロッサさんにクロノ執務官がなにやら説明をしていた。

 恐らく先ほどまで行っていた模擬戦の中で、気が付いた点を教えているのだろう。

 僕はその場その場を凌ぎ切るので精一杯になってしまうけど、クロノ執務官は常に相手を観察する余裕があるみたいだ。

 このあたりの余裕はやっぱり経験からくるものなのだろうか、うらやましい限りだ。

 

「おや、キリシマ一人か? なのははどうしたんだ?」

「僕には少し荷が重かったので、エイミィさんにお任せしてきました」

 

 あの勢いだとしばらくは開放されないだろうけど、僕が自由になるためには必要な犠牲だ。

 心の中で黙祷を捧げておこう。

 

「それじゃあ、これからここで訓練をするつもりですか?」

「うん、そのつもりなんだけど。あんまり体を動かさないようにいわれてるから、別にこっちにくる必要はなかったかな」

「ならどんな訓練をするつもりなのか、よければ見せてもらってもいいかい?」

「あんまり参考にはならないですよ?」

 

 制服の内側に入れていた、掌より少しだけ大きいサイズの人形二体を床に置く。

 片方は双剣を手にして、もう片方は片手剣と盾を装備した戦士。

 その上に両手を翳して、指先に少しだけ魔力を集中させる。

 

「魔法を使って大丈夫ですか?」

「そんなに負担大きいわけじゃないから、これくらいならたぶん大丈夫です」

 

 五指の先に集中させた魔力を、糸のように伸ばしてそれぞれの人形に貼り付けるイメージ。

 しっかりとくっついたことを軽く指を動かして確認すると、少し気取った感じに腕を伸ばす。

 人に見られるのは久しぶりだし、ちょっと気合入れてやろうかな。

 

「それじゃ、あんまり大したものじゃないけど、ご覧あれ」

 

 それぞれの人形に繋がった糸に自分の意思をのせて、指先を動かす。

 その動きにつられて、人形は動きだす。

 人形であることを忘れさせる、とまではいかないにしろ、割とスムーズに動かせている。

 双剣士が切りかかれば、盾を使って受け流し、片手剣士が反撃をする。

 

「すごい!」

「これはまた、面白い使い方をするんだな」

 

 二人共驚いてくれたみたいでなにより。

 クロノ執務官は珍しい技術に、テスタロッサさんは人形が動くという現象に興味津々だ。

 それにしてもテスタロッサさんはもっと落ち着いてる感じの子だと思ってたけど、こういうところをみるとやっぱり歳相応だ。

 ……ちょっといじってみようかな。

 

「え?」

 

 双剣士が大きく跳躍すると、テスタロッサさんの肩へと跳び乗る。

 間をおかずに片手剣士が追撃、肩から肩へ、時には頭の上まで縦横無尽に動き回る二体。

 突然のことにあたふたしているテスタロッサさんは、なかなか見ることができないのではないだろうか。

 

「さて、そろそろ終わらせましょうか」

 

 戦いの舞台を再び床へと戻すと、双剣士を一気に突撃させる。

 その速さは今までの比ではなく、急激なペースアップに一瞬指がつりそうになる。

 だけどそれはいつものことなので違和感は頭の隅に押しやり、指先の操作と二体の動きに意識を集中させる。

 絶え間なく嵐のような斬撃を繰り出す双剣士と、盾で受け流し絶妙のタイミングでカウンターを合わせる片手剣士。

 申し合わせた舞踏のようなひと時は、一瞬の隙をついて足払いを放った片手剣士が、体勢を崩した双剣士を追い詰めて終わり。

 時間にすれば五分ちょっとなのだけれど、空間把握、糸の操作、魔力の維持を同時にこなす必要があるため、意外と効果のある訓練なのである。

 

「と、まあこんな訓練なんですけど、参考になりましたか?」

「これは確かに参考にはできないな」

「個人の技量があってこそですからね。誰でもできるわけじゃないし、子供の相手するときなんかには重宝しますよ」

「だけどすごい技術です。あんなに自在に人形を操れるなんて」

 

 簡単に言ってしまえば、魔力を使った人形劇。

 僕のやったことはただそれだけで、少し練習をしているからこそ多様な動きをさせることができる。

 それでもまだまだ修行中なのだけれども。

 

「割と動かせるようにはなってきてるけど、これでもまだまだなんですよ。母はもっとすごかったです」

「この技術は、君の母さんが?」

「はい。他に使っている人も見たことがないですしね」

「確かに変わってはいるが、訓練の方向性としてはおもしろいな。何かに応用できるかもしれない」

 

 いやいや、そんなに真剣に考え込まれても困ります。

 僕自身ちょっとした宴会芸くらいにしか考えてないし、母さんも一発芸として覚えておきなさいとかそんな感じだったし。

 それにある程度動かせるようになるまでが長すぎる。

 訓練として考えるには効率が悪いことこの上ないのだから、これまで通りのことをやっていたほうが絶対にいい。

 

「これって、どのくらい練習すれば動かせるようになりますか?」

「向き不向きがあるだろうから一概には言えませんが、スムーズに歩かせるだけでも早くて一ヶ月くらいでしょうか」

「歩かせるだけで一ヶ月、ですか……」

 

 ちなみに僕がそうだった。

 しかも暇なときには常に練習してこの期間だったので、他の何かと平行してやったらもっと遅くなることだろう。

 更に練習はめちゃくちゃ地味な上、自分が進歩しているのかどうかもわかりずらくてモチベーションを保つのが大変だった。

 

「もしやりたいと思うなら、他のものが犠牲になるからね。よく考えてからのほうがいいでしょう」

「そこまでですか?」

「そこまでです」

 

 どことなく残念そうなテスタロッサさんには悪いけど、一から始めようと思うと流石に習得までに時間がかかりすぎる。

 それにこれが出来るようになったところで、劇的なメリットがあるわけでもなし。

 彼女はきっと僕よりも遥か上にいける。それはなのはも同じだ。

 上を目指すならば出来る限り無駄なことはしないほうがいい。

 

「それにしても珍しい。魔力を糸のように伸ばして扱う人物がいるとは聞いていたが、このような使い方をするなんて」

「こんなことに使ってるのなんて、僕と母くらいのものでしょう。基本的には道楽の結果ですよ」

 

 まあ、よりリアルな剣戟を再現するために、間接の可動域とか近代ベルカの太刀筋とか研究したりしましたけどね。

 そんな知識が極々稀に役に立つこともあったので、ただの道楽というには少し微妙かもしれない。

 結局雑学とかこういうものは、どこで役立つかわからないってこと。

 そして大概は無駄になることのほうが多いってことだね。

 

「恭之君ひどいっ! どうしてわたしを置いていったの!」

「エイミィさん、意外と持ちませんでしたね」

「いや、恐らく彼女はここになのはを向かわせたほうが面白いと思ったんだろう。そういう性格だ」

 

 どうやらなのははかなりご立腹なようである。そんなにエイミィさんの話が嫌だったのだろうか。

 僕は割りとああいうデータを分析することは好きだから苦にならないけど、なのはにはどれが何を意味しているのかなんてわからないか。

 意味のわからない単語とデータで色々まくし立てられたら、そりゃあ嫌にもなるか。

 

「すまない。僕が逃げるためには、必要な犠牲だったので」

「だからってわたし一人にしないでよ! 全然意味わからないし、どうしようもなかったんだから!」

「な、なのは。少し落ち着こう?」

 

 こんな風に声を荒げるなのはをみるのは初めてなのか、一生懸命なだめるテスタロッサさん。

 僕もなのはがこんな風にものを言うタイプだとは思っていなかったので、実は結構驚いている。

 体全体で「わたし怒ってます」というのが伝わってくるのだけれど、それもなんだか可愛らしい。

 

「そうですよ、あんまり怒ると体によくないですよ」

「その原因である君が言うことではないだろう」

「自分の所為だってちゃんとわかってるんですか!?」

「ええ、勿論わかってますよ。ちょっとだけ悪いことしたかもしれないとは思いました」

「そう思うならはじめからしないでください!」

 

 なのはが言っていることはもっともだ。

 だけどこうして突っかかってくるなのはを見ていると、なんというか、こう……

 

「うーん、無理。だね」

「どうしてですか!」

「楽しいから」

 

 にゃー、とまるで猫のような声をあげて力を抜くなのは。

 どうやら怒りすぎて疲れてしまったようである。

 いや、まさかなのはがこんなにいじりがいのある性格だとは思っていなかったので、思いもよらぬ拾い物だね。

 

「キリシマ、なんだか今までと性格が違うぞ」

「いえいえ、こちらが地ですよ。任務中とかには、やっぱりきちんとしてなきゃいけないじゃないですか」

「そっちのほうが親しみやすくていいかもしれないな。もうわかってきたとは思うが、アースラはこういう艦だから」

「考えておきますよ、クロノ執務官」

「いちいち執務官とつけなくてもいい。呼びづらいだろう?」

「それではクロノさんと呼びますね。改めてよろしくお願いします」

 

 そうやって握手を交わす僕を、いまだに不満そうにみるなのは。

 僕の地を知ったからか、少し苦笑気味のクロノさん。

 そして何かを考えているようなテスタロッサさん。

 かと思えば意を決したように、僕の顔を見つめてくる。

「キリシマさん、私のことも名前で呼んでもらえませんか?」

「いいけど、なんでまたいきなり?」

「なのはのこともクロノのことも名前なのに、私だけ違うっていうのが、その……」

 

 つまり疎外感を感じたと、そういうことのようだ。

 割とクールな印象があったけれど、さっきの人形劇のときといい、やっぱりまだ歳相応だったみたいだ。

 

「わかったよフェイト。それじゃ、改めてよろしく」

「はい! よろしくお願いします!」


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