魔法少女リリカルなのは〜雁字搦めの執務官〜   作:紅月玖日

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六話目

 左脇腹の裂傷、無茶な起動による各部の靭帯、筋肉などの軽度損傷。それに加えて残魔力は危険値に到達。

 肉体的にも精神的にも、しばらくの休養を告げられてしまった。

 魔力のほうは早ければ明日にでも、軽い訓練をするくらいなら大丈夫との話だが、怪我に関してはそうもいかない。

 それでもアースラの医療スタッフは優秀で、一週間もあれば全く問題なく動くことができるようになるとのこと。

 回復魔法と先端医療の複合らしいけど、専門家でない僕に話をされても困る。

 ただ歩いているだけでもチクチクと痛む脇腹が気になるけれど、ここまであっという間に処置をしてくれたスタッフには頭があがらない。

 

 それにしても非殺傷設定にしてあるとはいえ、やはり武器を用いた攻撃に対してはどうしたって傷を負うよなあ。

 もし僕に高町さんのような魔力があるのならば、バリアジャケット自体の強度なんかももう少し高められる。

 そうすればこの脇腹のような裂傷を負うこともなかったのではないかと思うと、改めて魔法資質が先天性であることが悔しい。

 だからといってないものねだりをしても仕方が無いので、実際に戦った経験をフィードバックして魔法と戦法の組み直しをしよう。

 

「こんなところにいたのか。怪我人なのだから、医務室でおとなしくしているかと思ったよ」

「これくらいの怪我で医務室を占領してたら、いざというときに邪魔者扱いですよ」

「アースラの医務室は広さに余裕があるから、別にベッド一つくらい占領していても大丈夫だが……」

「いえ、大丈夫です。それより今後の対策について、クロノ執務官のお話も伺いたいのですが」

「ああ、構わない。改めて君の戦いを見たが、僕と共通している部分も多いから、参考にはなるだろう」

 

 歩きながらも、お互いに先ほどの交戦について思うところがあり、あーでもないこーでもないと意見を出し合う。

 結局その中で確定したのは、正面切っての交戦を避けること。

 クロノ執務官はまだしも、僕の魔力量と練度ではさすがに相手にならない。

 ただでさえ威力に秀でるといわれるベルカ式のプログラムに加え、カートリッジシステムが搭載されたデバイス。

 更にはそれを使いこなすことのできる使い手であるので、普通の魔導師では相手にすらならない。

 相手ができるのはそれこそ、高町さんやテスタロッサさんといった、先天的資質を持った上に努力を続けられる一握りの人材だ。

 まったく、世の中は不公平で嫌になるね。

 

「ところで、戦闘前に放ったサーチャーの方は、何か収穫があったかい?」

「全然駄目です。あのシグナムって呼ばれた剣士が、こっちの転送を妨害してからは特にひどいです」

「戦闘記録を確認して驚いたよ。あの矢のような魔法はもちろん、残留魔力でさえかなり高ランクだった」

「掠めたから良かったですけど、もし直撃していたらと思うとぞっとしますよ」

 

 魔力ダメージのみとはいえ、僕のバリアジャケットの強度では、あのレベルの魔法に対して軽減される度合いなんて雀の涙程度。

 そんな魔力の塊を思いっきりもらえば、当然肉体的にも今回のダメージ以上だろうし、魔力の方なんてダメージキャパシティを余裕で越える。

 その先に待ってるのは再起不能なレベルのリンカーコアの損傷、最悪の場合には脳死に至る。

 僕にとっては全ての魔法が危険域の威力があることだってざらだし、高ランクの相手との打ち合いを避ける理由もここにある。

 ダメージキャパシティは保有魔力に比例するので、格上の相手だったら僕なんて大技一発直撃したらまず危険域だ。

 管理局の執務官をやっているとはいえ、やっぱり撃墜は怖い。

 できる限り安全に、確実に勝つには、今まで以上に搦め手を上手く使っていくしかないなあ。

 話をしているとあっという間にミーティングルームに着いた。

 広さも設備も、僕が前にいた艦とは比べ物にならない。

 

「ミーティングルームも立派なんですね。アースラはもしかして新造艦なんですか?」

「いや、内装などを入れ替えたりはあるが、少なくとももう十年以上は経っているはずだ」

「これだけの艦で十年前ですか! 今まで僕が所属した艦は、何処をとってもアースラの二回りくらい下の設備でしたよ」

「アースラは古いとはいえスペックで言えば、まだ上から数えたほうが早い艦だ。仮に艦隊戦があったとして、最前線を張ることくらいはできる」

「ここまでの艦を、とはいえないですけど、もう少しまともな艦を前の隊とかに配備してもらいたいですね」

「そんなに以前の配属先はひどかったのか?」

「設備も任務も、こことは天国と地獄ですね」

 

 それを聞いたクロノ執務官は、何かを考え込むように眉根を寄せている。

 正直任務に関していえば大差は無いかもしれない、いや、むしろこっちの方がやばいかも。

 常に闇の書みたいな危険物を扱っているわけではないだろうけど、あっちの方は基本的に犯罪者が相手。

 当然非殺傷設定などされていないことが殆どで、局員の負傷率もやはり高い。

 これでもし守護騎士たちが殺傷設定での魔法行使をしていたら、間違いなくこっちの方が貧乏くじだっただろう。

 そういう意味でいえば、僕は割とついているほうなのかもしれない。

 というよりも、そう思わなければやってられない。正直。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 自分で自分を納得させようとしていると、気がつけば部屋に人が増えていた。

 心配そうな顔で僕に声をかけたのは高町さん、そしてテスタロッサさんもクロノ執務官の隣に腰を下ろしている。

 考え事をしているときなど、自分の世界に入り込むと周りがとたんに見えなくなってしまう悪癖。

 役に立つことも多いけれど、他に人がいるときなどはさすがに困る。

 

「やっぱり傷が痛むんですか?」

「いえ、アースラのスタッフのおかげで、殆ど痛みはありませんよ。大丈夫です」

「わたしたちも出ていれば、怪我しなかったかもしれないのに」

 

 まるで出撃できなかった自分を責めるかのように、顔をうつむかせる高町さん。

 確かに高町さんとテスタロッサさんの実力は高いし、人数で上回ることもできるから影響としては大きい。

 

「この怪我は僕自身の失敗の結果ですから、高町さんたちが気にすることじゃないですよ」

 

 これは本心からの言葉だ。

 いくら高町さんたちが一騎当千の実力を持っていたとしても、二人がいれば100%怪我をしなかったという保障などどこにもない。

 戦場に出たからには、全ての出来事の責任は自分にある。

 それくらいの覚悟を管理局員全てが持っているかと問われると疑問だけれど、少なくとも僕の周りはそういう人ばかりだった。

 局員でもなく、最近まで魔法に縁の無かった高町さんには、この辺りの考え方を話してもまだわからないだろうなあ。

 なおも何かを言いたそうにしているが、今はこんな哲学的な話をするつもりはない。

 クロノ執務官に目を遣ると僕の意図を酌んでくれたのか、先ほどの戦いの考察を始める。

 

「今回はもう始めから相手のペースに持っていかれたのが敗因だな」

「二手に分断させられたのが特に、ですね。一対一の状況にもっていくのが得意なのでしょうか?」

「その可能性は高い。個人戦闘に自信があるからこその戦術だ」

「だけど連携しての戦闘が苦手と決め付けるのはまずいですよね」

「勿論だ。むしろ僕達の何倍という時間を共にしてるのだから、連携が苦手であるほうが不思議だろう」

 

 つまり僕達は各個撃破しやすそうだったからこそ、二手に分かれての戦術をとったのだろう。

 悔しいけれどそれはあの状況ではこれ以上ない判断だったと思う。

 鉄槌の騎士、ヴィータに勝てたのも紙一重、余力などまったくなかったのが現実。

 もしも僕かクロノ執務官のどちらかがやられてしまっていたら、間違いなく今回は敗北していただろう。

 

「悔しいですね。技術を高めれば差は縮まりますけど、僕たちはここから一朝一夕で大きくは伸びない」

「キリシマも僕と似たタイプだからな。確かに大きな戦力アップは望めないか」

 

 そうなるとやはりデバイスの修理待ちの二人、高町さんとテスタロッサさんの戦力に期待せざるを得ない。

 特に高町さんに関して言えば、もう少し実戦慣れをすればもう一段階くらいは上の戦いが出来るように思う。

 

「あの、私たちももう少しすれば戦えますから、その際の動きを聞いておきたいんですけど」

「ああ、すまない。だが相手の動きがわからない以上、まずは動ける戦力だけで対処しなければいけないからね」

「勿論二人の戦力に期待しているところもあります。だけどそれはデバイス、リンカーコアの修復をまたないといけません。それに――」

 

 そこまで言ってふと隣をみると、真剣な目でこちらを見ている高町さんの顔があった。

 

「それに、なんですか?」

「やっぱり年下の女の子に頼るのは、男としてちょっと情けないじゃないですか」

 

 僕の言葉にクロノ執務官は苦笑い、きっと同じようなことを考えていたに違いない。

 高町さんたちは納得いかないようで、怒っているわけではないだろうけど少し不機嫌そうだ。

 だけどやっぱり、男であるからには意地がある。

 女の子に頼らざるを得ない場合はもちろんあるけど、頼りっきりっていうのはやっぱり思うところがある。

 

「でも今回はそんなことを言っていられる状況でもない。万全の状態になったら一緒に出てもらうからそのつもりでいてくれ」

「はい、わかりました」

 

 異口同音に二人が言うと話は終わりということなのだろう、クロノ執務官が席を立つ。

 僕も傷に障らないように立ち上がると、高町さんもあわてて立ち上がる。

 別にそんなに焦らなくてもいいのに。

 

「それじゃあ一旦解散だ。キリシマは傷の回復に努めてくれ。フェイトは執務官試験のポイントを教える」

「あの、わたしはどうしたら?」

「なのはもキリシマと同じだ、安静にしていること。なんならキリシマと友好を深めていてもいい」

「わかりました!」

 

 そしてこちらを期待に満ちた目で見る高町さん。

 これ、どうすればいいんでしょう……


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