「バリアジャケットの強制解除!? しかも念話すら通じねえ!」
「そのバインドは僕の特別製です。付与効果が多い代わりに発動までの時間、消費魔力共に馬鹿にならないんですけどね」
おかげさまで、余力なんてものはもう欠片も残っていない。
しかしそのおかげで格上の相手であろうと、戦闘不能にすることができたのだから上等だろう。
「こちらキリシマ。守護騎士の一人を捕縛しました。至急アースラへの転送をお願いします」
『了解しました。すぐに転送開始します』
「と、いうわけで、色々話してもらうことになると思いますが、協力していただけると幸いです」
「誰が管理局なんかに協力するか! いいからとっとと離しやがれ!」
敵対することを前提としてこれまで活動していたのだから、そう簡単に協力はしてくれない。
当たり前とはいえ、アースラへ転送後本局へと送られるだろう。
その後、彼女がどういった扱いを受けるか、はっきりとはわからない、いい待遇にはならないに違いない。
ロストロギア闇の書は、魔法の使えない人々にも名前が知られている危険物。
過去に被害を受けた人も多く、世論も被害者の感情も、かなり苛烈なものになるのではないか。
「……無理に協力しろとは言わないけど、協力的な姿勢すら見せないと、君がどうされようと僕たちにはどうしようもない」
「へっ、その上から目線をどうにかできたら考えてやんよ」
「君を身動きできないようにしたのは僕です、よって僕の方が立場は上でしょう? 上から目線に問題でもありますか?」
「てめぇ! まぐれで勝ったからって、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「これがまぐれの結果だと思っているなら、次にやることがあったとしても、君では僕に勝てないでしょうね」
『転送準備完了。転送開始します!』
お願いしますと念話を送ると、それほど間をおかずに魔方陣が展開される。
このまま後数秒もすれば、彼女の身柄はアースラ内に転送されてこの戦いも一段落。
そんなことを思った次の瞬間に、後方で強烈な魔力反応が生まれたかと思うと、僕と彼女の体を掠めるようにして一気に通り過ぎていく。
「っ! 転送は!?」
『ごめん! 今の魔法の拡散魔力の所為で、術式エラーが発生! 再計算しなくちゃ!』
『ヤスユキ! こっちの相手がそっちにいった! なんとか持ちこたえてくれ!』
「無茶なことをっ!」
直後に嫌な予感を感じ、背後へと強化したノヴァを振り抜くと、甲高い金属音を響かせて相手のデバイスと拮抗する。
しかしそれも一瞬。不安定な体勢であったため、少し力を込められただけで押し込まれてしまう。
そのままではどうしようもない為、相手の力に逆らわずに後退する。
「まさか、今の一撃を止められるとは思わなかった」
「止めた僕自身、止められるとは思ってませんでしたよ」
軽口のように返すけれど、止められたのは偶然に近い。
先ほどの魔法の軌道、クロノ執務官からの念話がなければ、反応することも出来ずに直撃を食らっていたことだろう。
それにしても魔法で強化しているとはいえ、とんでもない膂力だった。
打ち合った衝撃で、まだ腕には痺れが残っている。
剣の形状をしているアームドデバイスの恩恵もあるのだろうけれど、それ以上に単純な威力がこれまで戦った相手とは一戦を画してる。
一撃の大きさならこのハンマーの守護騎士も匹敵するが、予備動作が大きかったおかげで、軌道を把握しやすかった。
その点、剣の形をしているということは、ハンマーよりも取り回しがよく予備動作も少なくなる。
速くて重い、そんな攻撃を受けきれるものだろうか。
「気をつけろよシグナム。そいつこれまで戦った魔導師たちとは、根本的に違う」
「それは興味深い。テスタロッサくらいしか、まともな戦いはできなかったからな」
「まともな戦いを期待してるならお門違いなので、他をあたってくださいよ」
正面からのぶつかり合いなんて冗談じゃない、僕の一番苦手とするところだ。
クロノ執務官の話と戦闘記録によれば、剣の守護騎士は見た目の通り近接タイプ、中距離戦闘もデバイスの形状変化を使用してこなしてくる。
考えられるだけの可能性を頭に入れて、何がきてもすぐに対処できるように心の準備だけはしておこう。
「できることならすぐにでも戦いたいところだが、こちらにも事情がある」
銀光が閃いたかと思えば、少女を拘束していたバインドが全て砕かれていた。
対物理強度もかなり上げてあったはずなのに、予備動作なしで無造作に切り払われるとは思わなかった。
つか、非常識すぎてどうしようもない。
「ありがとよシグナム。これで第二ラウンド開始だな」
「落ち着けヴィータ。予定以上に時間を使いすぎた、今回は引くぞ」
「はあっ!? ふざけんな! こんな中途半端な終わり方じゃ、納得できねーよ」
どうやら撤退する方針のようだけれど、ヴィータと呼ばれた守護騎士は納得がいかないようだ。
そりゃあ自分よりも明らかに格下の相手に、いいようにやられてしまったわけだし納得もいかないだろうね。
しかも僕みたいなタイプは一度手の内を知られると、とたんに不利な状況に放り込まれてしまう。
もちろん全部を出し切ったわけではないから、まだどうにかやれるだろうけれど、更に手札を切らなければならない事態は嫌だなあ。
「我らの目的を忘れるな! 全ては主の為、不要なことはすべきでない」
目的、ねえ。
リンカーコアからの魔力蒐集だけかと思ったけれど、どうやらそれ以外の目的もあるような言い方だ。
ここで捕縛されたり、足取りをつかまれたりというリスクを負いたくないのだろうか。
「……そう言われたら、退くしかねーじゃねえか」
「それを簡単に許すと、僕がいろいろと怒られちゃうんで、もう少し付き合ってもらいますよ!」
二人の周囲に先ほども使った設置バインドをばら撒き、逃げ道を塞ぐ。
そしてノータイムで放てる中で、一番の攻撃力を誇る砲撃魔法を起動。
「ゼロシュート!」
もう残り心もとない魔力がごっそりと持っていかれる感覚は、何度経験しても慣れることはない。
襲い掛かるめまいと頭痛をこらえ、ノヴァをしっかりと握り締める。
「容赦のない攻撃、これまでの局員にはいなかったタイプだな」
シグナムと呼ばれた剣の騎士がつぶやくと、カートリッジが排出され魔力が吹き上がる。
同時に剣の形態が変わり、ワイヤーで刃を繋いだ連結刃となる。
彼女が持っていると予想される炎熱系の変換資質により、炎を纏ったその形状は正に炎の蛇のようだ。
「だが、足りん!」
真っ直ぐに振りぬかれたその軌道は、僕の放った魔法と正面から衝突。
半端とはいえ自信のあった砲撃は、彼女の刃と拮抗することすら許されずに霧散した。
あまりのあっけなさに何が起こったのか一瞬把握できず、我に返った時には既に刃が眼前に迫っていた。
あ、これだめだ、回避迎撃防御全て不可。
やっぱり正面からのぶちかましは、相性が悪いよまったく。
「スティンガースナイプ!」
諦めかけた瞬間、上空からの射撃魔法が連結刃の切っ先を捉える。
状況を把握する前に体が反応し、体を捻る。
かなり無茶なタイミングと行動だったため、いくつかの筋に痛みがはしる。
更に完璧にはかわしきれず、脇腹を掠めた刃が肉をこそぎとっていき、そこから痛みと同時に熱を持ったかのような灼熱感。
思わず漏れそうになった声を噛み殺し、なんとか体勢を立て直すと、僕をかばう様にクロノ執務官が立っていた。
くそっ、これじゃあただの足手まといじゃないか。
「あの速さで動く剣先を、射撃魔法で捉えるとはな」
悔しがるでもなく、どこか嬉しさすら滲ませながら呟くあたり、恐らく彼女は生粋の戦士なのだろう。
それにしてもクロノ執務官の精密射撃、はっきりいってさっきのは神業だ。
あれが無ければ今のように、筋を痛めた程度ではすまなかったことだろう。
非殺傷設定とはいえ、当然ながら物理的衝撃は通るのだから、骨折くらいはしていたかもしれない。
「できることなら、お前たちともっと戦っていたいが、そうも言ってられん」
「シグナム! 準備オッケーだ!」
守護騎士たちを囲むように魔法陣が浮かび上がる。
転送魔法だろうけど、魔力、体力共に限界の僕にできることはない。
そしてクロノ執務官は、そんな僕をかばいながら相手をしなければならない。
みすみす見逃すのははがゆいけれど、ここでクロノ執務官まで手傷を負うのはまずい。
「次に戦うときには逃がさない。絶対に」
「・・・・・・楽しみにしている」
魔力の残滓を残して、二人の姿が見えなくなる。
やっぱり真っ向勝負じゃ、格上の相手と拮抗することができないことを改めて痛感した。
わかってはいたけれど、やっぱり悔しい。
「アースラに戻ろう。改めて今後の対策だ」
見逃したのではなく、見逃された。
絶対に今日の借りは返してやる。