〇話目
息を潜め、空気と一体化する。存在を薄め、周囲と馴染ませる。
ここには誰もいないが、何かある。ここには何もないが、誰かいる。
闇にあれば闇に溶け、街中にあれば人に紛れる。
場所を選ばず対象に近づき、気づかれる前に急所を抜く。
それこそが永全不動八門が一派、
『ヤスユキ、次の任務を頼む』
「クロノ
『悪いとは思っているとも。だけどこうでもしないと、君はすぐ行方をくらますじゃないか』
「……それについては悪いと思ってますよ」
『それならばもう少し態度と行動で示してくれ。……みんな、心配している』
それはそうだろう。あの優しい少女達は、こんな風になってしまった俺のことまで心配してくれる。
だけど、一度その優しさに寄りかかってしまったら、俺はきっと動けなくなってしまう。
まだ何もやれていないから、今止まるわけにはいかない。
「それでも……それでも、です。あの真っ赤な部屋を忘れるなんてこと、俺にはできませんよ」
迷惑をかけていることは承知している。
心配をかけていることも承知している。
「だからこそ、決着をつけなくちゃならない。その身に、その魂に、しでかしたことの重大さを刻み付けてやらないと」
『そうか……』
「それでは、次の任務についてはまたメールで送っておいてください。終わり次第また連絡します」
言うとクロノさんの返事を待たずに通信を切る。
あのまま通信を続けると、また説得しようとするのが目に見えているからだ。
特にここ最近はその傾向が強くて、その度に自分に言い聞かせる。
まだ、何も終わっていないぞ、と。
「本当に、みんな優しすぎる」
真っ黒で汚れた場所で、俺に出来ることをしないとならない。
目的は二つ。
復讐と、守護。
自分の為に、復讐を為そう。
彼女らの為に、守護をしよう。
俺はあのときからそう決めた。
任務の合間、眠るくらいでしか使わない部屋のソファへもたれながら、今日も俺は目を閉じた。
あの赤い部屋の夢を見ないことを祈りながら。
その日の目覚めは珍しくとてもよかった。
夢の内容はほとんど覚えていないが、なんだか懐かしい夢を見たような気がする。
もっとも、それさえも定かなものじゃないのだけれど。
ふと目をやれば、携帯端末にメールの着信を知らせるアイコンが表示されている。
昨日クロノさんから連絡のあった任務の件だろう。
馴染んだ動作でメールを開き、内容に目を通す。
「なに、考えてるんだよ。これ」
極めて事務的に記載された文面が示すのは、【機動六課の教導への参加】であった。
苛立ち混じりに僕はクロノさんに通信を送るが、出ない。間違いなく確信犯である。
見上げた空が真っ青なことが、まるで自分を皮肉っているかのように思えてしまう。
だけどこのときの俺は知らなかった。
このなんでもない任務から、様々な思惑が動き出していることを。
誰だお前!?
細々書きます。