事件自体は収束したけれど、僕やクロノさんを初めとした管理局員は事後の書類仕事に忙殺されていた。
連続でロストロギア関連の事件が起こった地球を管理世界に組み込むべきとの意見が出てきたり、本格的に魔法資質を持つ人物を探索すべきなど枚挙にいとまがない。
そういった強硬派の意見についてはリンディ艦長が手を回してくれて、実際に行われることはないとのこと。
事件後の問題として最も大きかった八神さんと守護騎士の扱いについてだけれど、クロノさん達との協議の上、何とか管理局への無償奉仕という形で落ち着けた。
八神さんへの責任の追及については、管理外世界の非魔導師であったことや未成年であったこと、蒐集行為については守護騎士の独断だったことなどでお咎めなし。
守護騎士の蒐集についても、八神さんの命がかかっていたこともあり、情状酌量の余地ありということだ。
だからといって彼女達が過去に犯した罪が消えるわけではなく、これまでの闇の書被害者からの声は受け止めなくてはならないだろう。
「ふぅ、ようやく落ち着きましたね」
「ああ。キリシマが居てくれて助かった。これを僕一人で担当していたらと思うとぞっとするよ」
「更にこれからなのはの家族や巻き込まれたアリサたちへの事情説明。なのはについてはPT事件からだから気が重いですね」
「全くだ。巻き込まれた民間人のほうもあのあたりでは有数の富豪の娘なんだろ? そっちもどうなることか」
「アリサたちの方には僕が説明しますよ。一応顔見知りですからね」
よろしく頼むと答える声には力がなく。心身ともに疲労している事が透けて見える。
歴戦の局員だったとしても、ロストロギアが絡んだ大事件が二つも続くことなんて滅多にない。
それだけに現場指揮官として色々なものを抱えていたんだろうな。
その負担を少しでも肩代わりできているのだとしたら、僕がこの艦に配属された意味も少しはあったのかな。
こちらの説明に関してはリンディ艦長直々に全権を委ねるといってもらえたし、少しずつ信頼も勝ち取れている事が実感できる。
さあ、闇の書事件もあと少しだ。
さて、なのはの家族へ説明が終わってから数日後、今日はアリサとすずかに説明をする日である。
どうして数日も間が空いてしまったのかといえば、アリサの保護者の都合が中々付かなかったからに他ならない。
そりゃあ世界を飛び回るような大企業の社長をやっているのだから、都合が付かないのも当たり前だよね。
にしても、そんな人相手の説明を僕に任せるというのもどうなんだろうなあ。いくら当事者達と知り合いだからとはいえ、ちょっと荷が重かったですよ艦長。
なんとか納得してもらったけど、お互いに限度を超えない程度の情報、技術協力を取り付けられてしまった。交渉術については僕みたいな若造じゃまだまだってことだね。
ともあれどうにか交渉ごとも終わり、今はアリサとすずかと一緒にお茶をしている。少しくらい休憩しても罰は当たらないだろう。
「はぁ、もう本当に疲れた。交渉ごとは僕には向いてないみたいだよ」
「恭之に向いてないというか、うちのパパと渡り合おうっていうのが無茶なんじゃないの?」
「そうですよ。霧島さんがいくら別の世界で働いているとはいっても、相手が相手だと思います」
年下である二人のフォローは最もなのだけど、それで納得してはいけないのだ。
僕が管理局員でなければそれでもいい。だけど局員である限り、そこに年齢とかいったことを言い訳にすることはできないのだ。
二人に言ったところで愚痴っぽくなっちゃうから言わないけどね。
「いやー、でもこれで大体の事後処理に目処がついたよ。事後処理の面倒さに比べたら現場で戦ってるほうが何倍もましだったね」
「やっぱり事後処理って大変なんですか?」
「そうだね。同じ頭を使う仕事って言っても、僕は前線指揮とかそういう使い方のほうが得意。今回みたいな事務仕事は苦手なんだ」
「意外ね。事務仕事もちゃっかりこなしそうなイメージなのに」
「いや、それなりにこなせるけど、人には向き不向きってあるよねー」
一仕事終えてだらけている僕の態度に呆れ気味な二人を尻目に、少し冷め始めた紅茶を飲む。僕は猫舌だから少し温くなってからじゃないと味が分からないのだ。
口に入れた瞬間ふわりと広がる香りに癒される。ああいいなあ。
「そういえばこの前はやてちゃんに会った時、霧島さんにひどい言っちゃったって言ってたんだけど……」
「いや、別にはやてが思ったことは普通のことだよ。出来ることなら全てを完璧に救いたい。出来ることなら、ね」
「今日説明された管理局ってのがいくら大きくたって、全てを救うことなんて無理なんじゃないかしら」
「それはそうなんだけどね。助ける優先度とかをつけるのは、未だにどうにも慣れないよ」
あの時はやての問いかけにありきたりな答えでしか返せなかったことが悔やまれる。
だけど誰もが自分を納得させて折り合いをつけて任務に臨んでいる。
このあたりにはっきりと答えが出せるようにしないと。
「ま、僕はしばらくこっちに残るし、仲直り?の機会もあると思うよ」
「え? 霧島さんも元の世界に戻るんじゃないんですか?」
「その予定だったんだけどね。こうも立て続けにこの世界で事件が起こったせいで、もう少し様子を見る必要があるってことになったんだ」
「それじゃあ恭之はまだしばらく学校にもくるのかしら?」
「あー、多分そうなるんだろうなあ。色々となまっちゃいそうだ」
魔法の訓練をやるための許可とか取っておかないといけないね。ついでになのはたちの教導もやっておこうかな。
少し教えたらすぐ僕なんて及ばないくらいの魔導師になってしまいそうだけどね。
「鈍ってしまうのが心配なら、俺が付き合おうか?」
「えっと、なのはのお兄さん。でしたよね? 付き合うとは?」
「いやなに、どうも武術をやっているようだったから、少し打ち合うくらいなら付き合えると思ったんだが」
なのはのお兄さんで、すずかのお姉さんの忍さんの恋人、恭也さんは武術をやっているのか。
確かに言われてみれば動作の一つ一つが洗練されている。ように感じる。
ある程度以上になると自然と感じ取れるとか婆様は言っていたけど、まさか本当にそんなことがあるだなんて思ってなかった。
しかもこんな身近になんて、どんな運命のいたずらだよもう。
「そんなにわかりやすいですか? あんまり自分では意識していなかったんですけど」
「確かに分かりづらいが、どこかうちの流派と動きが似ているところがあってね。それで気づいたよ」
「いやいや、それでも分かるようなものじゃないと思うんですけど……」
だけど魔法を抜いての訓練の一環と思えば、他流試合はいいかもしれない。
そのあたりも含めて婆様にも相談してみよう。
「でもあまり他流試合なんてしたことないので、許可がでるようでしたら是非お願いしますね」
「ああ、こっちも最近やってないからな、許可が出るようならなのはかすずかちゃん経由で伝えてくれ」
「わかりました。僕も楽しみにしてますね」
俺もだ、と言い残して恭也さんは忍さんのいるテーブルへ。
ちなみに忍さんはこのあたり一帯を仕切る管理者のようなもので、今回の話に同席していた。
それで居て大人顔負けの交渉をしてくるものだから、なんとなく苦手な感じ。
「霧島さん大丈夫ですか? 恭也さんすごく強いですけど」
「僕もそれなりに長くやってるし、何とかなると思うよ。それに強い人ほど手加減も上手いものだから、大丈夫じゃないかな?」
「それにしても恭之が武術もやってるなんて思わなかったわ。管理局員ってみんなそうなの?」
「いや、一応護身術みたいなものは訓練でやるけど、僕みたいに武術まで齧ってる人はあまり多くはないよ」
「そうなのね、でもよかったわ。もし武術が必須だったら、なのはがやっていけなくなりそうだもの」
「アリサちゃん、それは流石に……」
「だってなのはの運動神経――」
なのはの運動神経がいかに切れているかについて話をする二人を見ながら、僕は少し安心する。
この子達を、この世界を守る事が出来てよかった。
そしてそれはきっと管理局に所属していなければ、自分を鍛えていなければできなかったことで、これまでの努力がちゃんと報われていると感じる。
これからももっとたくさんの人を助ける事ができるように、自身の研鑽を積んでいこう。
でも今は、もう少しだけこの穏やかな空気を満喫させてもらおう。
きっとまた大変な日々がくるのだろうから。
ひとまず闇の書事件終了。
いやー、筆の遅いこと遅いこと。
今後は空白期やるか、StSあたりまで飛ばすか悩んでます。