魔法少女リリカルなのは〜雁字搦めの執務官〜   作:紅月玖日

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十九話目

 八神さんが闇の書の闇を切り離し、正常に動作をしていると思われた夜天の書であるけれど、なにやら雲行きがおかしい。

 管制プログラムであるリインフォースさんの説明によると、闇の書の闇によって歪められたプログラムが修復されないということだ。

 元の形が分からなければ、正しい形に戻すことはできない。

 当たり前のことだけど、こうして伝えられるとどうしようも出来ない自分の至らなさに苛立ちを覚える。

 守護騎士たちのプログラムは切り離されており、書を破壊しても問題なく稼動を続けられるそうだ。

 

「だけど、それでは八神さんが望んだ結末じゃない」

「そうだろうな。主はやては優しい方だ、私が消えることで胸を痛められるだろう」

「どうしようもないのか? 今なら八神さんを巻き込むことなく凍結封印もできたり」

「いや、それは管理局に所属している限り難しいだろう。防衛プログラムが作動していないうちに処分しろという命令が下るさ」

「猶予を貰うには私は罪を重ねすぎた。最後に素晴らしい主に出会えたことを感謝している」

「……闇の書を破壊したからといって、罪は消えない。その罪を! 守護騎士と八神さんに残して消えるのか!」

「ならばどうしろというんだ! このままでは私はまた悲しみと憎しみを生み出すだけの機械に戻る! それに主はやてを付き合わせる訳にはいかない!」

 

 僕だって何もかも上手くいくなんて思っていない。だけどこれはあんまりだろう。

 凍結魔法による封印ができるとはいえ、それは永遠に続くという保証はない。

 それに元々凍結封印を選んだのは、破壊する事ができないからやむをえなかったという事情がある。

 完全に破壊する事ができる今であれば、わざわざ封印というリスクを負う必要はない。

 傷つく人を減らすためにも、それが最善だということはわかる。

 だからといって八神さんが悲しまなければならないというのは、何か違う気がする。

 

「……キリシマ執務官、部屋に戻って休みなさい。ここは私とクロノで結論を出します」

「いえ、大丈夫です。僕も執務官です。どうすればいいかなんてわかってます。少し、感情的になりましたすいません」

「ヤスユキ、僕たちは管理局の執務官だ。これから先、またこんな選択を迫られる事があるだろう」

 

 感情だけでは、理想を語るだけではどうしようもできない現実。

 そんな現実を少しでも減らすために、僕たちは力をつけなければいけない。

 わかってる。

 だけど割り切れるかというと、それは――

 

「決断は必要だ。だけど、そこで何も感じなくなったとき、それは僕たちがシステムになってしまった時だ。だからこそ、その気持ちを忘れてはいけない。僕はそう思う」

「クロノさん……」

「私を破壊する上で、二つ頼みたい事がある」

 

 告げられた言葉はこの世界から消えようとしている意思があるようには思えず、この状況が現実ではないようにも思える。

 だけど体を苛む痛みがその考えを否定する。

 本当に、上手くいかないなあ。

 そしてリインフォースさんから告げられたのは、自身の破壊をなのはとフェイトにお願いしたいという申し出だった。

 それと八神さんにはすべてが終わってから伝えて欲しいと。

 なのはたちにとっては初めて意思のある存在を殺すことになる。

 本人たちの了承が得られればと条件を出したものの、頼まれたらノーとは言えないだろう。

 二人が気に病むことのないように、今後動向に注視してフォローをしてあげないといけないね。

 一先ずこの場は解散として、なのはたちの返事を待つ形になったので、僕も自分の部屋へと戻りベッドに体を横たえる。

 先ほどからずっと感じている痛みは、これまで自分で行使したことのない大規模砲撃魔法を連発したことによる後遺症だとのこと。

 安静にしていれば痛みも引くし問題はないらしいけど、今後ミスティックバスターをむやみに使わないようにと釘を刺されてしまった。

 最も、以前から構想としてあった魔法を実用化したところでいきなり何の問題もなく運用できるなんて思っていなかったので、改めて構成を組みなおしていくことになる。

 だけどよかった。もしこの魔法を考えていなければ最後の一撃が足りない状況になっていただろうから、手札は常に増やしていかないといけないなあ。

 そう、もっと僕たちに手札が多ければ、今回リインフォースさんを破壊する以外の選択肢が生まれていたかもしれない。

 可能性の話をし始めたらきりがないけれど、そこは中々割り切れないなあ。

 自分の無力さをかみ締めながら、僕は目を閉じてしばしの休息を得るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるとクロノさんからなのはたちが提案を受け入れたことを伝えられた。

 そのこと自体に驚きはないけれど、実行されるのがこれからだということには流石に驚いた。

 あまり時間をかけては不測の事態が起こりえること、八神さんが眠っているうちにことを進めたいというリインフォースの要望による強行スケジュールだ。

 だけど、やっぱりそれはあまりにも――

 

「クロノさん、転移装置使います! それと現地での魔法使用許可をお願いします!」

「……今から手を貸しても、間に合わないかもしれないぞ?」

「だけど、間に合うかも知れない! よろしくお願いします!」

 

 アースラの司令室を飛び出すと、転移装置を使って海鳴へと跳ぶ。

 返事を確認したわけじゃないけど、きっとクロノさんならどうにかしてくれるだろう。

 転移が終わるとすぐに広域魔力をサーチ。リインフォースさんの居場所にみんなが集まっているのがわかる。

 そしてゆっくりとだけど、八神さんがそこに向かって移動しているのも。

 認識阻害の結界を周囲に張り、八神さんの下へと飛ぶ。

 雪の所為で視界が悪いけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「八神さん! 急ごう!」

「あ、あなたは?」

「ただのしがない管理局員! このままじゃ間に合わないかも知れないから失礼するよ!」

「え……きゃあ!」

 

 車椅子から八神さんを抱え上げると、全速力で先ほど把握した場所へ。

 特にサーチをかけなくても魔力が収束している事がわかる。もう儀式は始まっているようだ。

 間に合うかどうか、微妙なところだね。

 

「あの、どうしてこんなことしてくれるんですか?」

「……僕が納得いかないから。それだけの、自己中心的な理由だよ」

 

 いくら魔法で身体能力の強化をしているとはいえ、人を抱えながらの高速飛行はキツイ。

 だからといって速度を落とすという選択はもちろんないし、ここまで来て間に合わないなんてかっこ悪すぎるでしょ!

 

「見えた! 着地が荒っぽくなるから、ちゃんとつかまってて下さい!」

 

 魔力は高まり続けているけど、リインフォースさんはまだ健在。間に合った!

 普段ならもっと着地に気を使うのだけど、とにかくスピードを重視していた所為でまともな着地なんて期待できない。

 とにかく僕への負担は気にせずに、八神さんを落とさないことだけに集中する。

 普段では考えられない速度で迫る地面に恐怖を感じるけど、上手く角度を調整してやればなんとかなる!

 速度を落とさないまま、飛行機のように浅い角度で足をつくと、勢いを殺しながら地面を滑る!

 

「あだだだだだだだだだ!!」

「ひゃああああああ!!」

 

 展開されている魔方陣まで後一歩の距離で止まる。

 なんとか止まれたけど、あまりに無理やりすぎて足が痛い。

 八神さんも一度とはいえ戦闘機動を行っていたおかげか、気を失ったりもしていない。

 

「主役を差し置いて幕引きって言うのは、やっぱり違うんじゃないですかね」

「キリシマ、私は主はやてには伝えるなと言ったはずだが」

「それでも知らないところで人が死ぬのは、残された人に消えない傷を残す。それは、駄目だ」

「目の前で消えるのも同じこと、それならばせめて辛い思いを減らそうと」

「もうこうなってしまったものは仕方がないでしょう? 八神さん、言いたいことを言ったほうがいい」

 

 足の不自由な八神さんをそのままにしておくわけにもいかず、居心地の悪さを感じながらその場に留まる。

 リインフォースさんに消えて欲しくない八神さんの悲痛な思いが突き刺さる。

 この状況になったのは僕の力不足、それを突きつけられて辛くないわけがない。

 だけどそれ以上に当人たちは辛いんだ。こんな悲しみを減らせるように、もっと力をつけるんだ。

 魔法も、技術も、権力も。多くを救うために、多くを手に入れる。

 

「キリシマさん、どうにもならへんの!?」

「僕にはもう打つ手がない。それになにより、彼女の破壊。それが、管理局の決定です」

「だけど、この子自身はなんも悪くないんやで? それなのに……」

「このままでは闇の書が復活する。そうすれば多くの人たちがまた犠牲になります。それは彼女が望まぬ繰り返しにまた捉われるということででもあります」

「そんな……」

「そろそろ時間です。主はやて、最後に貴方のような素晴らしい主に出会えて、私は世界一幸せな魔道書です」

 

 そして雪の振る丘の上で、彼女は消えた。

 破壊というにはあまりに穏やかで、彼女が消えたのはまるで魔《・》法《・》でも使ったのではないかというくらいに静かだ。

 

「クロノさん、闇の書の破壊。確認しました」

『わかった。そちらが落ち着き次第戻ってきてくれ。僕だけでこなすには少々多い』

「了解しました」

 

 リインフォースさんが消えても守護騎士たちは残る。

 それになのはたちも居るんだ、八神さんをきっと支えてくれるだろう。

 

「なんでなん……管理局って、人を守る仕事なんやろ……」

「そうです。より多くの人を守る、それが管理局です」

「なのに……なのに、リインフォース一人も助けられないんか?」

 

 痛い。

 真っ直ぐだからこそ、痛い。

 この痛みは、何度経験してもなれることはないだろう。

 

「僕の、力不足です。それで気が済むのであれば、僕のことを憎んでくれて構いません」

 

 その言葉を最後に、僕はその場を後にした。




ちょっとだけ展開が変わりました。
次で闇の書事件完結です。

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