「ヤスユキ起きてるの!? 母さんもう出なきゃいけないから、朝ごはんは父さんにお願いしてね!」
今日も朝から騒がしいなあ。まあ、母さんに落ち着けなんていうのは無理な話だから諦めてるけどさ。
それに父さんにお願いって、父さんが僕より早く起きてることなんて滅多にないじゃないか。
あわただしく家を出る母さんが立てる音で、半分寝ぼけていた頭が覚醒していく。
目覚ましが鳴り始めるのと同時にそのアラームを止めると、ベッドから降りる。
フローリングはまだ少し冷たくて、一瞬足を引っ込めてしまう程だ。
とりあえずは父さんを起こしてこないと。低血圧気味な父さんは動き出すまでに時間がかかる。
「父さん朝だよ。僕が作ってもいいからとりあえず起きて」
「ん……すぐ行くから簡単なのでいいよ。……シリアルとか」
朝の弱い父さんのすぐ行くはあまり当てにならないので、目玉焼きとトーストでも作っておこう。
父さんが言っていたようにシリアルでもいいけど、それだと僕が昼前にお腹が空いてしまう。
踏み台に乗っての料理も慣れたもので、始めの頃に四苦八苦していたのを思い出すと自分も成長したものだと思う。
「あー、ちゃんと作っちゃったのか。一体誰に似たことやら」
そんなことを呟きながら出来上がったトーストをそれぞれの皿に置く父さん。
その流れで冷蔵庫からバターとジャムを取り出していつもの位置に置くと、「はい交代」と言って僕の手からフライパンを取り上げる。
動かしていなかったから危険ではないけど、いきなり取り上げるのは危ないと思う。
「今日も母さんは早番か。僕より帰ってくるのは早そうだねえ」
「父さんは普段から帰ってくるの遅いじゃん。母さんがいつも愚痴ってるよ」
「それは困ったなあ」
絶対に困っていない。間違いない。
そんな風にいつも通りの朝食を食べていると、気がついたらギリギリの時間になってしまっている。
真面目な生徒としてうまくやっている僕としては、遅刻なんてもってのほかだ。
昨晩のうちに準備しておいた鞄を持ち、そのまま家を出ようとすると声をかけられる。
「ああそうだ恭之。今日は母さんが戻ったら下で調整するから、あんまり遅くならないようにね」
「それこそ僕の台詞だよ。すっかり忘れて残業してたとかやめてよね」
はいはいという気のない返事を聞きながら、改めて家を出ると分厚い雲が空を覆っていた。
「一体何があったのよ。多胎の組み立て方も体術も急に進歩し過ぎじゃないの。無茶な訓練とかしてないでしょうね?」
「母さんの訓練自体がもう無茶な訓練だと思うんだけど」
「母さんは相変わらず恭之に厳しいねえ」
「厳しくなんかないわよ。私が向こうの家でされてた訓練に比べれば、切り傷はできないし気を失わせてもいないし、綺麗な川だって見せてないわ」
先日の誕生日にノヴァというストレージデバイスをもらってからというもの、自宅の地下に作ったトレーニングルームでデバイス調整を兼ねた母さん直々の訓練が行われている。
陸士学校に通っているとはいえ、現役陸士である母さんの容赦無いシゴキについていくので精一杯だ。
訓練の内容は基本的に全力の模擬戦である。母さん曰く、まだ前線に出ることなんてないのだから、翌日に疲れを残したところで問題なし。それよりも自分の全開の限界をちゃんと把握しておいた方がいいとのことだ。
そのおかげで僕自身の戦闘技術諸々が大きく伸びているのが実感できるけれど、訓練時がキツすぎてプラスマイナスゼロのようにも思う。
あとは母さんの実家で受け継いでいるという戦闘術の訓練も並行して行われている。こちらはこちらで、魔法だけしか戦う手段を持っていないのと、他の攻撃手段があるのとではいろんな面で考え方が変わってくるから、だそうだ。
「まあ魔法と暗器術の組み合わせ方はかなり上達してきてるわ。何度も言うけど、暗器それ自体じゃ大した威力にはならないっていうのは徹底しなさいね」
「それはわかってるんだけど、僕の魔力量じゃ砲撃で落とそうとしても威力不足だから、どうにかしないと」
「別に魔力ノックアウトするだけが撃墜じゃないのよ?」
「わかってるけど……」
「男の子だからね。やっぱり必殺技には憧れるものなんじゃないかな」
「もう、必殺の域にある持ち技なんて持ってる人のほうが少ないのに」
「とりあえずデータから見ると、魔力運用はかなり良くなってきてるよ。調整がうまくいってるのもあるけど、それ以上に恭之の努力がしっかり結果になってきてる。頑張ってるね」
「努力が実ったって割りには短時間過ぎるけれどね。本当に大丈夫なんでしょうね? ちょっとしっかり確認してみてくれない?」
いつも通り工夫を凝らしての訓練をしてみたけど、どうやらいつもより出来が良かったらしい。
そのあまりの違いに母さんが心配しているけど、父さんはあまり気にしていないみたいだ。
常に飄々としている変わり者。父さんは昔からそんな感じだったらしい。
「母さん、なんだか今日は調子がいいんだ。もう一回やらない?」
「……あんた、本当に無理してないでしょうね?」
「データ的には問題ないけどね。顔色もよさそうだし、別に問題ないんじゃないかな」
「わかったわ。もう一回やりましょう」
ぐったりとした体を湯船に委ねて天井を見上げる。
やっぱり母さんはすごい。工夫に工夫を重ねてもそれを簡単にいなされ、躱され、対応される。
僕もいろいろと考えて戦いを組み立ているけど、まだまだだと思わされる。
ああ……
「記憶の中とはいえ、やっぱり母さんはすごいなあ」
そう呟いた瞬間、浴室であったはずの空間は消え去り、僕には服が着せられていた。
上も下もわからない真っ暗な空間に放り出されたけど、不思議と不安感はない。
「どこで気がついたの?」
「はじめから気がついてたよ。だけど、懐かしくて、幸せだったから受け入れちゃってた」
「そうだろうね。ずっと頑張れとはいえないけれど、少しくらいなら休んでもいいんだよ?」
「何にもないときならそれでもいいかな。だけど、今はもう少し頑張らなきゃいけないんだ」
だから夢から醒めなければならない。
そこがどんなに居心地が良くて暖かい場所であっても、そこは夢なのだから。
だから後ろから聞こえる声に振り返ることはしない。
きっと振り返ったらまた心が揺れてしまう。
「先に逝っちゃった私がいうのもなんだけれど、もっと甘えて欲しかったんだけどね」
「ごめんね母さん。多分甘えちゃったらもうもどれないと思ったんだ。ここは、幸せな底なし沼だ」
「不思議なだね。こんな僕達の血を受け継いでるとは思えないくらいしっかりしてる」
「父さんたちを見て反面教師にしたからね。お陰様でどこに行ってもちゃんとした子って言われてる」
不意に後ろから抱きしめられる。
力が強くて少し苦しいけど、それを口に出すことはしないでされるがままになる。
きっともうこうやって体温を感じることはないだろう。
もう諦めていた感覚、泡沫の夢。
「ごめんね」
震える声でつぶやかれた言葉は僕の肩を濡らす液体と共に落とされた。
「母さんたちが謝ることなんて何もないよ」
抱きしめる力が更に強くなる。
「だって、僕は全部覚えてるから。母さんと父さんの優しさも厳しさも、全部、全部覚えてるから」
重さが増える。父さんの腕も回される。
「それに、今は僕を支えてくれる友達や先輩もいる。一人じゃないから」
回された腕が輝き始め、光の粒子となり、宙に溶けていく。
「だから、大丈夫だよ。心配しなくても大丈夫」
少しずつ薄くなっていく手に、僕の手を重ねる。
もう体温は感じない。重さも失われつつある。
「僕は頑張る。二人の息子だって胸はっていつでも言えるように、頑張るよ」
堪えていたけれどもう限界だった。
涙が零れる。
「だからありがとう。産んでくれて、育ててくれて、愛してくれて、ありがとう」
そして僕は真っ暗な空間に残される。
二人の残滓はどこにもない。
「だけど、忘れない。これが夢だったとしても、僕に都合のいい妄想だったとしても構わない」
バリアジャケットの袖で涙を拭う。
さあ、そろそろ戻らないとクロノさんやなのはたちに心配をかけちゃうな。
「貯めとか隙とかは気にしなくてもいい、一発大きいのかまそうか、ノヴァ!」
魔力糸を生成、それを伸ばして空間に三次元の魔法陣を描いていく。
複雑な図形の組み合わせは全てノヴァに記憶させている。それにそって糸を沿わせる。
それはまるで夜空に輝く星座のようで、自分で引き起こしている現象であることを忘れそうだ。
三次元魔法陣による効果の向上、その威力、ここで試させてもらう!
「ミスティック」
起動に必要な魔力をできるだけ右拳に集めていく。
一箇所に集中させた魔力は出口を求めて暴れているけど、それを制御して更に集める。
ノヴァは三次元魔法陣の制御でリソースを使い切っているから、この制御は僕自身の実力に任される。
そして僕の制御を離れるギリギリのところで、魔力を開放する!
「バスタァァァァァァ!!!」
魔法陣を駆け巡った魔力が特大の砲撃を生み出し、空間を切り裂いて突き抜けていく。
そして果てに到達すると一瞬の抵抗の後、簡単に破壊してそのまま砲撃は空へ消えていった。
……我ながら思った以上の威力だ。
実戦の中で使うには色々と問題があるけど、これまで僕に足りなかった火力の問題はどうにかなるかもしれない。
まあ、それはそれとして。
「最終決戦には間に合いましたか? クロノさん」
必殺技です(キリッ
色々とやりすぎた感は否めない。
ともかくA&sの終わりが見えてきたぞー。