魔法少女リリカルなのは〜雁字搦めの執務官〜   作:紅月玖日

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十六話目

「こちらキリシマ! 後数分で海鳴に到着します!」

「現場は封鎖結界が展開されてて中の様子はわからないけど、アルフとユーノ君にはもう突入してもらってる!」

「協力者ばっかりじゃないですか! クロノさんは!?」

「クロノ君は別件でアースラを離れてるの!」

 

 くそ、完璧に采配ミスだ。戦闘力だけで見ればなのはたちは十分だけど、それ以外の面で流石に当てにするわけにはいかない。

 彼女たちに判断できない事例が起きた場合、判断が遅れることで更に大きな問題に発展してしまうということはなんとか避けたい。

 

「中との通信回復! スターライトブレイカー!? しかも民間人が巻き込まれてる!?」

「見えた! まもなく突入します!」

 

 封鎖結界特有の揺らぎを抜けてすぐにサーチして、なのはたちの位置を確認。

 それにしても覚醒した闇の書、なんて魔力だよ。周囲の魔力を集めての収束砲だとわかっているけど、あのどでかい魔力球は映像で見たなのはのやつより二周りくらいおおきいんじゃないだろうか。

 サーチが完了するのとほぼ同時、向こうの発射体制も整ったようで、なのはたちの方向へと射線をあわせる。

 

「っ! その位置はダメだ!」

 

 民間人の保護を考えたのだろうけど、自分たちが狙われている状況でそれは悪手。射線に巻き込む形になってしまっている。

 そう判断した瞬間に魔法を発動させる。

 

「間に合え!」

 

 長距離高速移動魔法を起動すると、世界から色が抜け落ちる。

 あまりの移動速度に色を知覚する余裕がなくなってしまうのが問題の魔法で、肉体へのリバウンドも大きい。だけどこの際仕方がない!

 更に追加で魔法を組み上げる。キャパシティを超えるのではないかという演算はいつかのように強い頭痛を引き起こすけれど、今これができるのは僕だけだ。

 初動が遅れているなのはたちの前に着地し、すぐに待機させていた魔法を発動させる。円錐型に組み上げたシールドを四つ配置。正面から受け止める障壁ではなく、砲撃の類を分散させて威力を減衰させる魔法、コーンシールド。

 間を置かずに通常のシールドを五重展開。しかしそれでも僕の障壁ではすべて防ぎ切る事はできないだろう。

 だけど僕の障壁を抜かれたとしても、僕以上の魔力を持つなのはとフェイトの障壁を貫ける程の威力ではないはずだ。

 

「ぼーっとしてるんじゃない! すぐに障壁を張るんだ!」

「それなら私が前に出た方が!」

「なのはたちは僕にない火力がある! だからこの後の反撃の為にも、出来るだけ魔力を残しておくんだ!」

「なのはにフェイト!? しかも恭之まで! もう、なにがどうなってるのよ!」

「アリサ、終わったら全部説明するから、今はそこから動かないで」

 

 巻き込まれていた民間人って、アリサとすずかだったのか! これは更に責任重大、絶対に守り通す!

 こちらの体勢が整うのに合わせたのだろうか、チャージを完了したスターライトブレイカーが放たれる。もはや砲撃というよりも巨大な壁が迫ってくるような圧迫感だ。

 そのあまりの規模に息を呑む気配を後ろから感じるけど、あまり気にしている余裕はない。出来るだけの障壁は張った。だけどこれでは恐らく――

 

「う、おおおおおおおおおおお!!」

 

 威力を削ぐために張ったコーンシールドは数秒で破壊され、防ぐものは何もなく多重シールドで防ぐことになる。あまり長くは持たないと思っていたけど、十秒も持たないとは思わなかった。

 多重シールドも少しずつ破壊されていくけど、破壊されるたびに空いたリソースを使ってその分を補充していく。休みなく常に全開で魔法を行使することの痛みが増していくけれど、一般人の二人がこれだけの魔力に晒された場合命に関わる。

 それを避けるためなら、今ここで魔導師生命が終わってしまってもいい!

 覚悟を決めて更にシールドの数を増やし、魔力を注いで一つ一つの強度を上げる。酸欠に陥ったように視界がちかちかと明滅を繰り返す。

 永遠にも思えるように時間の進みは遅くなり、先ほど長距離移動魔法を発動したときのように視界から色が失われていく。

 だけどそうして色が失われていくほど、自分の体を廻る魔力の流れや周囲の状況がわかるほどに感覚が鋭敏になっていくのがわかる。

 自分の放出できる魔力のラインにほんの僅かだけど余裕があるようなので、意識してそのラインを満たすように魔力を込めていく。限界ギリギリの運用にも関わらず、まるで以前からそのように使っていたかのような馴染み具合。

 その感覚に身を任せようとした瞬間、強大な圧力が通り過ぎて静寂が訪れる。

 スターライトブレイカーをなんとかやり過ごせたことに気が付くと、力が抜けて膝を着いてしまう。そして遅れてくる頭痛に歯を食いしばって耐える。

 

「なのは、フェイト。二人で闇の書の主に投降と停止を呼びかけてくれ。こっちは僕が引き受ける」

「わかった。はやてちゃんにやめてくれるように言えばいいんだよね?」

「ああ、簡単に言えばそういうことだ。わがままを言うようなら、拳で止めて構わない」

「そんなことしないよ!」

「説明とかが終わったら僕もすぐに合流する。できるだけ話し合いの時間は引き延ばしてね」

「了解!」

 

 心配そうな顔をしていたけれど、僕のことを信頼してくれているのかな。思ったよりも素直に言うことを聞いてくれて助かった。

 限界寸前の魔法行使で毛細血管が切れたのか、口の中に広がる鉄の味を飲み込んでアリサとすずかの前に移動する。

 

「二人とも、怪我はない?」

「それを言うのは私たちのほうよ! それにこれはなんなの!? 人はいないし、なのはたちは空を飛ぶし!」

「アリサちゃん、少し落ち着こう。霧島さんが説明してくれるみたいだし」

「簡単に言うと、世界には魔法ってものが存在して、僕はその魔法行使を取り締まる警察みたいなもので、なのはたちは民間協力者ってとこだね」

 

 次元世界に関する説明とかを始めると、少し時間がかかりすぎる。できるだけ早くなのはたちに合流するために、簡単な説明だけにして、あとは終わってからにしてもらわなくては。

 

「本当はもっといろんな話があるんだけど、今はとにかくアレを止めなくちゃならないんだ。詳しい説明は全部終わってからでいいかな?」

「別にいいけど……大丈夫なんでしょうね?」

「もちろん。なのはちゃんたちは絶対に五体満足で返すよ」

「なのはたちもそうだけど、アンタもよ。さっきのを受け止めたときもキツそうだったし」

「霧島さんも私たちの友達なんですから、出来るだけ元気に帰ってきてくださいね」

「……約束はできないけど、善処するよ」

 

 エイミィさんにお願いして二人を戦闘に巻き込まれないであろう位置へと転送してもらう、そしてアルフとユーノには護衛として向こうに付いてもらう。

 さあ、体はかなり悲鳴をあげているけど、まだ事件が終わったわけじゃない。

 なのはたちが説得を試みているようだけど、どうにも闇の書も頑なになっているようだ。

 とりあえずは魔法生物に捕らわれている二人を解放しなくちゃ。指先にそれぞれ魔力を集中させて、いつかフェイトに見せた人形劇に使った糸を精製する。

 それを更に細く細く細く細く、目に見えないほどまで細くした糸は切断力を得る!

 

「風斬≪かぜきり≫」

 

 各指から放たれた糸は、寸分違わずなのはたちを捕らえていた生物を切断して、自由をとりもどさせる。

 腕を振るった勢いのままに、二人を背中にかばうような位置を取る。

 

「口でどれだけ言っても、そんな顔して涙流して、心はないなんて誰が信じると思ってるんだ」

「管理局員まで関わってきたか、あまり時間をとれないな」

 

 闇の書の前に対峙すると、結界内の地面から火柱が上がり始める。これは結界の安定性が失われている典型的な事象だ。

 まさか、もうコントロールを失いかけているのか!?

 

「もう崩壊が始まったか……私の意識があるうちに、主の望みを叶えたい」

 

 僕たちを排除するのが彼女の言う主の望みなのか、僕たちをそれぞれ囲むように魔法のダガーを配置し、射出される。

 その赤褐色に染まったダガーを潜ってかわし、爆風にまぎれて近接戦闘を仕掛ける!

 

「話を聞けよ! わからずやぁ!」

「この、駄々っ子……言うことを、聞けぇ!」

 

 その考えはフェイトと同じだったようで、先に動いていた僕と図らずも挟撃するような形になる。

 これなら、そう簡単に対処されることはない!

 

「お前たちも我が内で眠るがいい」

 

 僕が魔力で強化した拳で、フェイトがバルディッシュを攻撃を行ったが、惜しくも障壁で止められる。

 いや、これは普通の障壁じゃない!? 魔力を吸い取られる感覚と、頭に靄がかかったような酩酊感。

 相手の手の内がわからないまま突っ込んだのは失敗だったのかな。

 

「全ては、安らかな眠りの内に……」

 

 そして僕の意識は闇に飲まれ、全身の感覚が消えていった。




ヤスユキ君、また気絶っすか。

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