幸いというべきかどうなのか、僕たちが出動すると決めた範囲の次元世界には、守護騎士たちが現れることはなかった。
しかしそれはリンカーコアを奪われた人や動物たちがいることを事後報告されるのと同じで、何も対策が打てていないことを痛感する。
それはクロノさんも同じようで、報告書を厳しい顔で見つめているところを何度か見かけた。
現場指揮官としての責任もあるし、僕の感じている悔しさと同じに考えるようなことじゃないかもしれない。
だけど出動する機会がなかったおかげで、ノヴァのデバイスプログラムの移管は完了した。
今は待機状態にしているのだけど、その形状がシンプルなシルバーリング。
僕の指にはまだゆるかったので、チェーンを通して首から提げている。
普段アクセサリーなどをつける機会がないので違和感のほうが強いけど、これにもそのうち慣れるのだろうか。
日常での違和感はともかく、戦闘時にこれまでとは違う形状のデバイスを使うことでの違和感を残すわけにはいかない。
そのために移管が済んだときのテストをはじめ、空いた時間があれば訓練を繰り返してそちらのほうはかなり馴染んできたように思う。
形状の変化が大きいため、戦術も大きく変えざるをえなかったけれど、前よりも小回りが利くようになったのは大きい。
残念なことに砲撃系の威力向上とはならなかったけれど、そのあたりは今回のチームで補っていくのがいいと思う。
砲撃にかなりの適性を持っているなのはと、標準以上に扱えるフェイトがいてくれているのはありがたい。正規局員でない彼女たちに頼らなければならないというのは悔しいけれど、人には向き不向きがある。
逆に彼女たちに足りない経験や補助魔法といったところを、しっかりと固めることができれば早々に後れをとることはないはずだ。
それでも不安要素はいくつかある。いざというときには彼女たちだけでも離脱させられるように手配しておかないとね。
「デバイスを変えてからの調子はどうだい?」
「初めのころは違和感が強かったですけど、今はもう問題ないです。前以上のパフォーマンスは発揮できますよ」
「それを聞いて安心した。普通ならトラブルがない限りデバイスの変更なんてしないからな」
「僕の力不足をデバイスの所為にしているような気がして、決断するのに時間がかかりましたけどね」
「そこまで気にすることもないだろう。君の場合デバイスが親の形見だったから余計に悩んだだろうけど」
「まあそれはそれです。思い入れはありましたけど、使わなくなったからといって思い出とか、忘れてしまうわけではないですから」
それに思い出という点ではこのデバイスだって負けていない。こいつにだってノヴァに負けないくらいの思い出がある。
そういえば今更だけどこの場合ってデバイスの名前はどうなるのだろう。中身はノヴァのままだけど、本体自体は別のデバイスのものだから、どちらかに合わせたほうがいいのかな。
「それもそうだな。とりあえず今日も大きな動きは無さそうだし、ヤスユキも地球に戻っていてかまわないよ。あっちでは何かイベント事の時期なんだろ?」
「ええ、確かにクリスマスというイベントがありますけど、こんな状況で楽しむわけにもいかないじゃないですか」
「こんなときだからこそだよ。最近少し根をつめ過ぎだ。少し位息抜きをしてくるといい。こっちのことは僕に任せておけ」
どうやらその話はアースラ全体に伝わっていたようで、トレーニングルームを使おうとしたら止められ、書類仕事をこなそうと思ったら取り上げられてしまった。
休みがもらえるのはありがたいけど、他の人たちが仕事をしている中で僕だけが休むというのは気が引ける。
そのことをエイミィさんに伝えると、「お土産なんか買ってきてよ」と言われて、気が付けば地球の霧島邸に転送されてしまっていた。あの手際のよさはさすがとでも言ったらいいのかな。
「おかえりなさいませ恭之様」
「随分とタイミングがいいね。もしかして何か話をしたのかな?」
「いえ、私は何も。当主様が通信をしたいとおっしゃるので、そのお手伝いは致しましたが」
「まさかの婆様か……」
戻ってくることを事前に伝えていないのにポート前で待っている弘乃さん。それはつまり僕が帰ってくることを事前に知らされていたということだ。
しかもそれを画策したのは婆様だというのだから、僕がどう足掻いたところで帰ってくることは確定していたんだなあ。
「それで僕をわざわざ呼び戻すってことは、なんか話があるんでしょ?」
「はい。戻り次第当主様の部屋に来るようにとのことです」
「周りではクリスマスだなんだって浮かれてる中で、なんの話だろうね。弘乃さんは何か聞いてる?」
「私にも心当たりはありませんね。年末の集まりの打ち合わせか何かでしょうか」
「これまでまともに出席してないのに、今更出ろとは言われないと思うけどね。とりあえず行ってくる」
長い廊下を抜けて、婆様の部屋へと向かう。正直無駄なくらいに広い屋敷は、似たような部屋ばかりで未だに僕でも迷うことがある。
昔に聞いた話では、万が一襲撃があった際に少しでも相手を攪乱させるためだとのことだ。それが本当なのかはよくわからない。
もっとも婆様自身が広すぎて疲れるだとか、部屋が余っててもったいないだとか言っていたので、今ではあまり意味がなくなっているのかもしれない。
「婆様、恭之です」
「お入り」
襖を開けて部屋へ入ると、香を焚いているのか柔らかなかおりが鼻をくすぐる。その中で婆様はしっかりと背筋の伸びた正座で僕のことを待っていた。
その姿につられて、僕もしっかりとした正座で座布団の上に腰を下ろす。普段正座なんてしないので、少し窮屈だけど仕方がない。
「局のほうに連絡してまで、僕と話したいことっていったいなんでしょうか?」
「内容についてなんて、大体の見当は付いてるんだろう? あんたはそういうところではよく頭が回る。それこそ本当に小学生かって位にね」
「こちらの同年代と比較したらそうでしょうね。ミッドではもう一端の社会人ですよ」
「向こうでどうだろうがあたしからすりゃあ子供さね」
そりゃあそうだ。
「ま、こんなところで腹の探り合いをしたところで何も生まれやしないし、本題に入ろうかね」
「そうしましょう。せっかくの休みなので、僕も早く気を抜きたいです」
「率直に言おう。将来的にここの頭首に納まる気はないかい?」
「可能性としては考えていましたけど、本当に打診されるとは……正気ですか?」
確かに僕は本家の血を引いているけれど、そもそも拠点としている世界が地球ではない時点で問題だと思う。
それに技術の面でも習得していないものが多くあるので、今の状態じゃとてもじゃないけど当主ですなんていえない。
「技術のほうは今から腰を据えて鍛えれば十分だよ。むしろあんたの歳であれだけの技術が身についてるなんて稀さ。陳腐な言い方をするなら神童ってやつだよ」
「神童なんて恥ずかしいんで言わないでください。まあ、そのあたりの話は置いておくとして、どうしてまた急に当主の話を?」
「あたしがもういい歳になったのが一つ。それと分家のほうでなにやらキナ臭い動きがあるのが一つだね」
「霧島は見ている限り本家と分家の格差があるようには見えませんでしたけど、なにか問題が?」
「いや、表立った問題はない。ただ、形だけとはいえ権力を欲しがる輩は何時何処にでもいるってことだね」
そうして深いため息をつく婆様。これはやはり心労からきているのだろうか。超然としていて、僕なんかでは及びもつかないと思っていた存在なだけに。どうにかしてあげたいとは思う。
「やはり僕が管理局員を続ける限り、ミッドを離れることは出来ません。ですので、当主としてやっていくだけの余裕はありません」
「……母親に似て頑固だねえあんたも」
しょうがないといったように笑う婆様はどこか嬉しそうで、この結末になる事がわかっていたようにも見える。
そして傍らに置いてある古びた本を僕のほうへと差し出す。促されるままに手にとって見ると、見た目以上に傷んでいる事がわかる。ちょっとした衝撃でばらばらになってしまいそうだ。
「それは霧島に代々伝わってきた指南書だよ。そこに流派の全てが書かれている。向こうにいるうちはそれを読んで鍛錬するといい」
「そんな! こんな貴重なもの貰えません!」
「それなら貸し出しということにしておこう。十分身に着けたと思ったときに返してくれればいい」
「十分身に着けたらなんて、一生来るわけがないじゃないですか……」
「ほっほっほ、死ぬ気で鍛錬すればもしかするかもしれんよ」
この人には敵わない。これまで何度も思ったけれど、改めて今回思い知らされた。
僕のことを見込んで渡してくれた期待と信頼を裏切らないような使い手になることが、僕に出来る精一杯の恩返しになるのかもしれない。
「……いつか来るその日まで、この指南書、お借りいたします」
とても重たい指南書を受け取り、当主の部屋を後にする。
局員を続けるのか、地球に戻って当主に納まるのか、それとも他の道をとるのか。どの道を選んでも後悔が残りそうで嫌になる。
とりあえずは弘乃さんにも話をしてみよう。自分一人で考えているとドツボにはまったりするからね。
早速話をしにいこうと思った瞬間、アースラからの緊急連絡が入り、僕に命令が下された。
「海鳴のメンバーと通信途絶、至急現場に急行せよ!」
ちょっとオリジナルの話。
次はちゃんと原作沿いです。