魔法少女リリカルなのは〜雁字搦めの執務官〜   作:紅月玖日

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十二話目

 僕が目を覚ましたのはどこかの部屋で、医務室や病室といった場所ではなかった。

 おそらくは海鳴の拠点のどこかだとは思うけど、どこなのかを判断する材料はない。

 体を動かしてみるとそこかしこから鈍い痛みを伝えてくるが、そりゃああれだけぼこぼこにやられれば当たり前かと思う。

 しかしそれにしては軽傷で、少し無理をすればすぐに戦えるのではないかといったくらいなのが腑に落ちない。

 

「それにしても完敗だったな」

 

 呟くと悔しさがこみ上げる。

 砲撃魔法は完璧に防がれ、牽制の魔法は全ていなされた。

 近接戦闘の訓練も充分に行ってきたはずが、まともに反応することすら出来ず、一方的にやられてしまった。

 これまでの努力が無駄だったかのような気持ちにとらわれるが、何とか自制する。

 効率の問題はあったかもしれないけど、全ての努力に無駄なものなんてない。

 

「それに、まだ手立てはある」

 

 今回のように遮蔽物も何もない場所での戦闘は、実際のところあまり得意な分野ではない。

 それなりのレベルで戦える自負も経験もあったけれど、相手がそれ以上にやり手だっただけの話。

 幸いにも、もう戦えない程の後遺症を残すこともなかったのだから、次の機会には自由にはやらせない。

 

「気を失っていた割には元気そうだな。調子はどうだい、キリシマ」

「気分的には最悪ですけど、体調的にはぼちぼちです」

 

 話を聞いてみればここは海鳴に置いた拠点の中でも、クロノさんたちが駐留している場所らしい。

 僕が気を失った後、撃墜に気がついたフェイトが動揺し、彼女もリンカーコアを抜かれてしまった。

 もう完璧に僕が足を引っ張った形で、心底情けない。

 

「フェイトの容態はどうですか?」

「幸いリンカーコアの衰弱以外大きなダメージはなさそうだ。なのはといい、本当に運がいい」

「僕としては顔を合わせ辛いですよ。しばらくさっきの部屋にいてもいいですか?」

「別にかまわないが、フェイトも別の部屋で静養しているから時間の問題だぞ」

 

 時間の問題だといわれても、すぐに気にせず対処できるほど僕は図太い神経をしていない。

 とりあえず現状についての確認を済ませたら、また部屋に戻るとしよう。

 リビング兼会議室とでも言うのか、地球の一般的な家に空間ディスプレイが投射されている様子は、どうにもちぐはぐな印象を受ける。

 もっとも、和風建築の霧島邸で同じようなことをしていた僕が言えたことではないけどね。

 

「キリシマが今回遭遇した仮面の男だけど、今のところ闇の書の協力者であるということしかわかっていない」

「そうでしょうね。しかも実力は守護騎士たちに匹敵するレベルとなると、僕たちだけでは押さえ込むのは難しいのではないでしょうか?」

「ああ、今後相手がどのような動きをしてくるかにもよるが、できるかぎり各個撃破に持ち込みたいところだ」

 

 一対一でかなわないならば数で押し切る。なんとか一人で押さえ込みたいところだけれど、こればっかりは仕方がない。

 それに僕自身は支援型の魔導師。前衛とタッグを組めば早々やられることもなくなるはずだ。

 

「なんにしろ僕たちの動きは後手後手だ。管理外世界まで使って魔力を集められたら追いきれない」

「アースラの整備が終われば、もう少しマシになるんでしょうけど、そちらはどうですか?」

「はいはーい。アースラはあと一週間もすれば整備完了! 追加装備の組み込みとかをねじ込んだ割には早く終わるよ」

 

 そうなると結局アースラの復帰待ちという感じになりそうだ。

 なのははもう復帰しているが、それでも蒐集からそれほど日にちは経っていないし、フェイトに関しては言わずもがな。

 

「でも私としては、この静養期間を利用して。普通の子供としての生活をしてもらいたいわ」

「そういえばフェイトはこちらの教育機関に籍をおいているんでしたね。あまり同年代と遊んだこともないようですし、いいんじゃないでしょうか」

「だけどフェイトはあの通りの性格だ。なにかの拍子に無理をしないとはいいきれない」

 

 責任感の強いフェイトのことだ、自分の力不足のせいだとでも言って完治するまえから訓練などをやりかねない。

 僕もそうだけど彼女たちはまだ成長期だ。ここで無理をしたせいで後々まで引きずる怪我をするのもバカらしい。

 

「フェイトが無理をしないように監視すること、とかそういった任務でしょうか?

「任務というよりはお願いかしらね。ヤスユキ君にも休んで欲しいという理由もあるけれど」

「まあせっかくの機会だ、監察任務の練習とでも思えばいい」

「いまさらフェイトを観察対象と思うのも難しいですけどね」

「そう言うな。そういう建前の休暇だと思ってくれ」

「それじゃあヤスユキ君の転入手続きもしておくわね。きっとなのはちゃんたちも喜ぶわ」

 

 ノリノリになっているリンディ提督を見ていると、今更転入までしなければいけないのかと聞くタイミングを逃してしまった。

 学年の違いとかそういう問題もあるとは思うんだけど、上司が行けというならこれ以上文句をいったところで覆らないよね。

 むしろ僕がいろいろ言って簡単に変わってしまうような組織だったら、それはそれで大問題なんだけどさ。

 

「わかりました。こちらにある霧島の家のあたりから通えると思うので、そこから監察任務につくことにします」

「よろしく頼む。まあせっかくの機会だ、こっちの友人を作るのもいいかもしれないな」

「そうですね。仲良くしてくれる相手がいるのならいいんですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか次の日にはもう転入させられているなんて思いませんでしたよ」

 

 思わず呟いてしまった僕は悪くないと思う。

 授業の内容については基本的に問題がないけれど、この国特有の文化を学ぶ社会や国語という授業は追いつくのが少し大変そうだ。

 だけど知らない場所の文化を学ぶのは面白い。自分にとっても新しい考え方が生まれたりするしね。

 それにしたって今回の用意のよさは異常だ。まず間違いなくフェイトの転入の話と一緒に進められていたと思われる。

 フェイトに対してサプライズっていうのはわかるけれど、僕に対してまで秘密にしているなんて何を考えているのやら。

 まがりなりにも任務として送り込んでいるのだから、下調べもしておきたいところだったんだけどなあ。

 転入の挨拶、授業を終えて今は放課後。とりあえず同じ学校になったことをなのはたちにも知らせておかないといけない。

 事前にリンディ提督から教えられていたなのはたちの教室へ向かう。もちろんその際に残っていたクラスメイトへも声をかける。

 よかったら学校案内しようかというありがたい言葉もあったのだが、引っ越したばかりでまだ用事があると断った。時間があるときにでもお願いしよう。

 

 教室のドアを開けるとなのはとフェイト、それに友人であろう二人がグループを作って談笑していた。

 上級生がクラスにくるのは珍しいのか、遠巻きにしている子からの目線が痛い。

 物理的な圧力を伴っているんじゃないかという視線を気にしないように努め、なのはたちのグループへと近づく。

 それに気付いたのは金髪の女の子。目つきや物腰からなんとなく強気そうな雰囲気がある。

 

「私たちに何か用でしょうか?」

「いや、まあ用といえば用になるのかな。なのはとフェイトに会いにきたんだけど」

「え、なんでヤスユキ君がここにいるの!?」

「なんでって言われても、転入してきたからだけどさ」

 

 どうやらクロノさんたちは僕の転入を伝えていなかったようで、なのはの驚きように僕のほうが驚かされた。

 たぶんエイミィさんかリンディ提督のどちらか、あるいは両方によるドッキリといったところだろうか。

 先に教えていてくれれば、僕も僕で協力したのに残念だ。

 

「フェイトの体調も心配だったからね。様子見って感じかな」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。でも、ヤスユキが制服着てるのは違和感かも」

「言わないでくれ。僕が一番違和感を感じてるんだから」

「なのはちゃんとフェイトちゃんとは前からの知り合いなんですか?」

 

 紫がかったロングヘアーに白いカチューシャがよく似合う女の子からの質問。

 知り合いといえば知り合いだけど、馬鹿正直に魔法関係の知り合いなんていったら問題だ。

 とりあえず困ったときには自己紹介。うん、それがいい。

 

「どうも初めまして。霧島恭之、たまたま引っ越してきたときになのは達と知り合ったんだ。よろしくね」

「あ、そうなんですか。わたしは月村すずかといいます。なのはちゃんとフェイトちゃんのお友達です」

「あたしはアリサ・バニングス。同じくなのは達の友達よ」

「フェイトも転入したばかりって聞いてたけど、もういい友達が出来てるのか。すごいね」

 

 その言葉に照れたのだろう、バニングスさんは頬を染め、月村さんは嬉しそうにニコニコしている。

 たぶん元々三人グループだったところにフェイトが加わったのだろうが、先ほど教室の外から見た感じでも仲良くやっているようにみえた。

 この調子なら僕が気にかける必要なんかないじゃないか。

 リンディ提督たちにうまいこと乗せられてしまっただけのように感じるけど、まあしょうがない。

 和気藹々としているなのはたちに流され、気がつけば帰りをともにすることになっていたのだった。


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