婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜魁!!男塾異空伝 作:大岡 ひじき
緩いながらも1話に一万字使わない縛りを入れていますので(やむを得ない場合は超えることもあるけど)、思ったより字数を使ってしまった事で、要するにはみ出た部分です。
多少バランス悪いのはご了承下さい。
1・絵空事の理想などいらない
夜が更けるのを待って、今夜闘士達が過ごす簡易休憩所まで行くと、全員もう休んでいると思ったのに、何故か小屋の前に人影が見えた。
慌てて周囲の木の陰に身を隠す。
そうしながら様子を伺っていると、その人影が不意に、柔らかな声音を発した。
「どうぞ、出ていらして下さい。
…お待ちしていましたよ、光。」
「……飛燕!?え、待っていたって…どういう」
思わず声を返してしまい、慌てて口を噤む。
だがすぐに、存在を気付かれている以上無駄だとの結論に達し、人影にゆっくりと歩み寄った。
よもやこのひとが、私に危害を加えることはあるまい。
お互いの顔が認識できる距離まで近づくと、綺麗な顔がふわりと、けぶるように微笑む。
「今回は重傷者が多かったので、心配されているだろうと思っていたのですよ。
きっと来てくださると思っていました。」
それは完全に、あなたの善意を疑っていませんという笑顔。
雷電のような天然の
「…私がいる事に気づいていたんですね。」
「ええ、勿論。」
きっぱりと言い切られ、少しだけ悔しい思いをしながら、飛燕の長い睫毛に縁取られた瞳から微妙に視線を外す。
…直後に、それすら負けを認める行為である事に気付いて、もう諦めることにした。
多分私はこの男に、女としてのすべての要素で負けている…ってくっそやかましいわ。
「助けられた直後に声を聞きましたし、自分が満身創痍で失血死寸前の状態だった事も理解していますから。
それが助かっている状況を考えれば、それが可能なひとを、わたしは他に知りませんよ。
…わたしも武に生きる者のひとり、闘いの中でいつでも命を落とす覚悟はしているつもりですが、無念と思わなかったわけではありません。
助けていただいて、ありがとうございます。」
真摯に頭を下げられ、恐縮する。
軽く息を整えて、改めて飛燕と向き合い、一番気になる事を聞いてみた。
「…私がいる事、他の者には?」
邪鬼様には知られているけど、彼は誰にも伝えていないだろう。
私の問いに、飛燕は小さく肩をすくめてから答える。
「あなたの保護者である赤石先輩には、一応。」
誰が誰の保護者か!!
てゆーか、よりによって一番言っちゃいけないやつに!
「確実に人選を間違えとるわ!!」
「は?」
「…いえ、なんでもありません。」
「…よくは判りませんが、他の者には伏せておきました。
特に、桃の反応が、一番心配でしたし。
…あまり心配をかけてはかわいそうですよ。」
…それは赤石と桃、どちらに対してだろう。
けどなんかもう色々、諦めた方が楽な気がする。
まるで当たり前のように飛燕が私の肩を抱いて…というよりは軽く背中に手を当てて、簡易休憩所の扉を開けてくれる。
「あの…私がここに入っても大丈夫ですか?」
「ん?
治療に来てくださったのではないのですか?
入らなければ治療はできないでしょう?」
そう言って私の顔を覗き込んだ飛燕が、不意に何か、悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。
「…それとも、別な心配ですか?
わたしが、あなたに無体を仕掛けるとでも?」
「あ、そこはまったく心配しておりません。」
三面拳は皆一様に紳士だ。
だがその私の言葉に、何故か飛燕が吹き出す。
「…いや、失礼。
そう言い切られるのも、男として複雑ではありますがね。
フフッ、まあ、信用して頂いていると、素直に解釈いたしましょう。」
肩をすくめて笑う飛燕に改めて案内され、私はその小屋の中に足を踏み入れた。
中は意外と広く、大人数が寝袋で雑魚寝している大きな部屋の他に、小さな部屋がひとつあるようで、入口からほど近いそこのドアを開けると、中に3台並んだ簡易ベッドの上に、それぞれ1人ずつ横になっている。
「重傷者はこちらにまとめて寝かせてあります。
以前、あなたに教えられた応急処置をひと通り施しており、食事を取った後で傷の様子を確認するふりをして、千本でこっそり針麻酔を施してあります。
何をしても朝まで目を覚ましませんよ。
御心配なく。」
つまり、私が治療に来る事を予想して、仕事がやりやすいよう下準備をしておいてくれたという事だ。
感謝の意を込めて小さく頷いてから、まずは、羅刹を診る事にする。
たく…腕一本斬り落とすとか、こいつもどんな脳筋だよ。
「……ハゲればいいのに。」
「えっ!?」
「…あ、いえ、何でも。
あ、これはいい状態に応急処置してくださいましたね。
このまま置いて自然治癒させても、恐らく切断の後遺症は残らないくらい。」
飛燕の手を借りて羅刹の上半身を少しだけ起こし、注意して包帯を外したところ、切り傷は未だ生々しいが、一度切断されたとは思えないような状態に、感嘆の声が思わず漏れる。
「以前、治療を見学した際に教えていただいた、肉体に欠損が生じた際の処置です。
初めて行ないましたが一時間後には、縫合したのと変わらないくらいにくっついている事に驚きましたよ。」
「それは、その際のあなたの施術が完璧だったのですよ。
例え事前に教えていたところで、普通はここまで綺麗には繋がりません。
…あなたが医者ではなく武術家である事は、ひょっとしたら医学界にとっては大変な損失なのかもしれませんね。」
まあ、人体の構造を理解しているのは、彼の修める武術の特性上、不可欠だからなのだろうけど。
私の言葉に、何故だか飛燕は、少し考え込むような表情を見せた。
だがそれもほんの数瞬のこと。
「…恐れ入ります。
あ…傷がなくなりましたね。お見事です。」
本来なら重傷なのだが、飛燕が処置をしていてくれたお陰で、ほんの僅かな氣の操作だけで治療が完了した。
だから飛燕の褒め言葉に、なんとも言えない感覚を覚える。
「これが橘流の本分ですから。」
その感覚を無理矢理わきに追いやって、隣のJの方へ移動すると、飛燕は、さらにもうひとつ先のベッドに寝かされている、銀髪の方を指し示して言った。
「赤石先輩を先にしては?
急所は外しているとはいえ、あの剣が身体を貫通したので、出血量が多かったのですよ。」
「いやいや、元々血の気が多過ぎるんで。
ちょっと抜いたくらいで丁度いいんですよ、あのバカ兄貴には。」
確かにあの技は、精神と生命の極限を知らなければ極められないと彼は言った。
だがその為に取った手段が切腹とか馬鹿か。
こいつもハゲればいいのに。
「保護者が、酷い扱いをされている…!」
小さな声でなんか呟いた飛燕を睨むと、彼は何事もなかったかのように、Jの包帯をはずし始めた。
「…Jは肋骨を全て骨折していました。
あの泊鳳とかいう少年、見た目の割にとてつもない腕で。」
「ええ。私も見ておりました。
Jをあそこまで追いつめるとは、年齢的な将来性も考えると、実に恐ろしい相手でしたね。」
彼はこの先の梁山泊を背負う事になる。
大変だろうが、プレッシャーに負けず真っ直ぐに成長してほしいものだ。
兄のひとりは生かして返してやったが、あの男は上に立つ者の器じゃない。
むしろこれまで同様、No.2の位置で実力を発揮するタイプに違いない。
彼がその分を弁えて弟を支え、導いてくれれば、そう長くない期間のうちに、組織の建て直しは叶うだろう。
それにしても、末っ子が一番の素質持ちって、本当に藤堂の家と被るなあ。
次期総帥を豪毅に決めたのは御前の判断で間違いないだろうが、彼の上の兄たちは、その決定に素直に従ったのだろうか?
上の3人とは会ったことがないから判断しようがないが、獅狼などはかなりゴネたんじゃないかと思うけど。
あの男、豪毅を未熟者のガキといつも見下した発言をしながらその実、御前に素質を見出されていた彼に対し、コンプレックスを抱いていたのは明らかだったから。
まあいい。それは今考えても仕方ない。
軽く指を触れて、骨のズレなどがないか確認してから、氣の針を撃ち込んで修復する。
「…はい、これで大丈夫。
Jの怪我も、あなたの手当てが適切でしたね。
肋骨の場合、下手を打てば肺に刺さる事もありますけど、そうならず位置もズレてはいませんでしたから、明日には痛みもなく普通に動き回れる筈です。
…ところで月光と伊達はここには居ないのですか?
彼らも結構な重傷だったように思いますが?」
月光は、急所は外れていたとはいえ胸に矢が刺さったし、伊達は拳銃の弾丸を二発食らっていた。
「ええ、彼らだけは、わたしの処置のみで済ませ、あちらに皆と共に休ませています。」
「何故?もう2人くらい増えたところで、治療に問題ありませんよ?」
私のその問いに、飛燕が何故か苦笑しながら答える。
「…恥を申しますと、あの2人はわたしの事をよく知っていますから、『こっそり』針麻酔を施す事ができなかったのです。
いつもと違う行動を取って気付かれれば、理由を説明しなければならない。
…特に月光は面倒というか、バレると後が厄介というか…説教が始まるとネチネチ長くなるし。
完璧主義といえば聞こえがいいのですが、あれで何事にも細かいんですよね。
いっそ意識を失っていてくれればそれも可能だったのでしょうが。」
「待って!
微笑みの爽やかさと裏腹に発言がドス黒い!
私はいいけど女性ファンの夢を壊さないで!!」
「はい?」
「…な……なんでもないです。」
…何が怖いってこの一連の会話の中で、飛燕の微笑みがまったく崩れない事だ。
多分、これ以上触れちゃいけない。
「さあ、そんな事よりも、赤石先輩の方を。
何だかんだ言っても、一番心配だったのでしょう?」
それにしてもどうしてコイツは、私に赤石の治療を優先的にさせようとするのか。
いや、勿論やぶさかではないのだが、なにかが引っかかり、小さく抵抗を試みる。
「いや、こいつはマジで寝込んでるくらいの方が大人しくていいんじゃ…。」
「…なるほど。
心配過ぎてこれ以上彼を闘わせたくないと。」
どうしてそうくるかな!
ああ、もういいよ!認めるよ!
はい、私は赤石の事が心配でした──!!
「…以前赤石には氣を貰ってますし、ここらで返しとくのもいいかもしれませんね!!」
「フフフッ…!」
負けた。なんなんだこの腹黒美人。
ひと通り赤石の身体を診て、本当に命に関わる重要な血管だけを避けている事に改めて驚きながら、腹部と膝の傷を治す。
出血多量との事だが、造血の処置はしなくていいだろう。
あの後、飛燕の手当てだけで戻ってきて動き回ってたし。
「…馬鹿兄貴。あなたにはまだ、言ってやりたい事がたくさんあるんですよ。
こんなところで斃れるなんて許しませんから……この脳筋。」
ひとまず傷が塞がって安心したら、思わずそんな言葉が勝手に口から漏れた。
「………ほう。
ならば、聞かせてもらおうじゃねえか。
今度、二人きりで、じっくりとな…。」
「えっ!?」
返ってくると思わなかった返事に、赤石の顔をガン見する。
今まで閉じられていた目が開かれており、それはまっすぐ私を見ていた。
思わず飛燕を振り返ると、驚いたような表情で首を横に振る。
どうやら彼にも思いがけない事態らしい。
「てか、誰が脳筋だコラ。」
「……あなた以外の誰が居ると。」
答えながら、声が震えそうになるのを必死に抑えた。
この冥凰島に一緒に入り、ヘリポートで別れてから、まだ4日ほどしか経っていない。
にもかかわらず、ずいぶん久しぶりに会った気がする。
「……塾に戻ったら、覚えてろよ。」
だが赤石は、それだけを言って、また再び眠りに落ちた。
どうやら飛燕の針麻酔から、完全に脱したわけではなかったらしい。
安心すると同時に、それを寂しいと感じる気持ちもある事を、私は自覚していた。
・・・
入った時と同じように、飛燕に隠されるように小屋の外に出る。
「お疲れ様でした。
わざわざ来てくださって本当にありがとう。」
「いえ。
こちらこそ手引きしていただいたお陰で、仕事がすんなり運びましたので助かりました。」
お互いに礼を言い合って、飛燕の手が私から離れた。
その手が一瞬、空を彷徨う。
そして唇が、少しだけ辛そうに、言葉を紡いだ。
「あの…もしかして…」
「……雷電の事でしたら、彼は無事です。」
その言葉の先を聞く前に答えると、案の定揺らめいていた瞳に輝きが灯る。
「…本当ですか!?」
「ええ。
回復に少し時間がかかりそうですが、明日にはあなた達に合流できるかと。
男爵ディーノも無事ですが、彼は本人の希望で、こちらに協力していただいております。
…ですが、この件は、しばらくは」
まだ内密にしていてほしいと、私がすべてを口にする前に、飛燕は頷いた。
「わかってますよ。わたしは何も聞いてません。
そもそも誰かに喋ったところで、それをなぜ知ったと聞かれても説明できませんから。
本当のことを説明したら、なぜあなたを捕獲しなかったかと、全員から責められます。」
捕獲言うな!私は野生動物か!!
「道中、お気をつけて。
あと、『翔霍』殿にも、よろしくお伝えください。
助けていただいて、感謝していますと。」
そう言った飛燕は恐らく、『翔霍』の正体にも、薄々気付いているのだろう。
いやまあ、あれは飛燕でなくともバレバレだけど!
別れの挨拶を告げて、ふと見上げた星空が、まるで手に取れそうな気さえした。
☆☆☆
「影慶。男爵ディーノ。ひとつ提案があります。」
休憩所から戻ったら、雷電の為に雨露をしのぐテントを立て終わっていた2人に向かって声をかけた。
「…言ってみろ。」
影慶に促されるその言葉に、また何かろくでもない事を考えているだろう、と言いたげなニュアンスを感じるのは敢えて無視する。
「ここで、二手に分かれませんか?
影慶は一旦ここに残り、雷電が目を覚ましたら彼と共に移動して、決勝会場で桃たちと合流。
私と男爵ディーノは、これまで通りの後方支援という事で。
この準決勝ですら、あれだけの負傷者が出たのです。
決勝戦での相手は、単純に考えれば、それ以上に強いという事ですから。
闘士としての影慶の戦力が、絶対に必要になると思います。
本来なら返すべきですが男爵ディーノだけは、置いてってもらわないと、私1人では何もできませんので…。」
しつこいようだが、私は救命はできても救助はできないのだ。
「…だとすればむしろ、ここから先の後方支援の方が不要ではないか?
というよりも、そんな余裕はあるまい。
決勝戦は我らの全戦闘力を結集してかからねばならぬだろう。
俺、雷電、男爵ディーノは闘士として登録されたメンバーだし、もとよりオブザーバー人員の同行はルール違反ではないのだから、光が一緒でもなんの問題もなかろう。」
…あ、影慶的にはそうなっちゃうのか。
まあそれも確かに、ひとつの案ではあるのだが…しかし。
私が言い淀んでいると、黙っていた男爵ディーノが、片手を上げて発言し始めた。
「…僭越ながら、影慶様。
我々の目的が、大武會の優勝そのものではなく、そこに必ずや姿を見せるであろう主催者の藤堂兵衛を、表彰式にて討つ事だという事を、お忘れではありますまい。」
…って今、『あ』みたいな顔したところ見ると、影慶。
あなた、もしかして本当に忘れてましたね?
……これだから天然は!!
「光君は元々藤堂側の人間で、今はそのかつての主人から、命を狙われているのです。
こうして男の姿をさせていたとしても、彼女を知る者には気付かれる恐れがあります。
光君を表に出して良いのであれば、塾長は最初からそうしていましょうし、そうであれば、わざわざ貴方様を一度殺してまで、後方支援に回らせる必要もなかった。
彼女の存在は、いわば隠し持ったジョーカーのようなもの。
隠せるうちは、隠し通すべきです。」
「しかし…!」
「貴方様が命令なさった事ですよ。
自分が居ない間、光君はわたしが守れと。」
雷電がこの会議に参加できない以上、ここは2対1。
影慶は最後まで渋っていたが、結局私の案が採用されて、私と男爵ディーノは一足先に、決勝会場のある中央塔へと、出発する事になった。
……表向きは。
☆☆☆
「さて…ようやく2人きりですね、男爵ディーノ。」
「…その台詞に、まったく色っぽいものを感じないところを見れば、やはりここで二手に分かれる提案をしたのは、なにか別の考えがあっての事ですね?」
「はい。あなたの協力が得られた時から朧げに考えていましたが、闘士たちの様子を改めて近くで見てきて、ようやく決心がつきました。
影慶に言えば反対されたでしょう。
…これから私がしようとしている事に、反対せずに協力してくれそうなのは、あなたを置いて他にはいません。
…どうか私と来てください。男爵ディーノ。」
「……具体的には、何を?」
「それは、今はまだ。
ですが私はこれから、私個人の独断で、懸念材料をひとつ、潰しに行こうと思っております。
状況によっては御前…藤堂兵衛本人と鉢合わせすることになるかもしれませんし、その場合は私の手で、あの方を討つ覚悟もあります。
勿論容易く行えることとは思っておりませんし、返り討ちにあう可能性の方が高いでしょう。
あなたならば、最悪の事態が起きた場合でも情に流されずに、最善の行動を取ってくれると、私は信じています。」
「…その言い方は、実に卑怯ですね。」
「知りませんでした?
プロの暗殺者はターゲットを確実に仕留める為なら、手段を選ばないんですよ?」
影慶は私に、この手を汚すなと言ってくれたけど、私の本分はやはり暗殺者としてのものなのだろう。
差し伸べられた温かい手を振り払っても、私には、為さねばならない事がある。
最初から、そのつもりでここに、足を踏み入れたんだもの。
ふと、先ほどの赤石の顔が頭に浮かんだ。
それと同時に、最後にかけられた言葉も。
“塾に戻ったら、覚えてろよ”
その約束が果たされることは、恐らくは、ない。
死ぬ死ぬ詐欺は、生存フラグ(爆